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第百三章:新学期

「おはよう、裕海ちゃん」


 新学期の朝玄関を出ると。昨日と同じく可愛らしく制服を着こなした姫華が、嬉しそうにカバンを持って立っている。

 大抵初めての制服を着ると、何か合わなかったり“着られてる感”が出るものなのだが。姫華の場合はまるで前から普通に着てましたとでも言うように、違和感を全く感じさせない。

 髪型も綺麗なポニテにして、濃い青色のヘアゴムでぱぱっとまとめてある。

 朝は時間が無いからと自然体のままで登校する私と大違いであり、私みたいなこんな格好で隣を歩いて良いのかと無駄な心配をしてしまう。


「どうしたの? ジロジロ見て」

「ううん。それじゃ、行こうか?」


 手を繋ぐなどといったこともせず。二人並んで碧町駅までの道のりを歩く。

 たった数分間だけど、今までは一人で歩いていた。でも今日からは二人。

 姿勢良く歩く姫華の肩と私の肩とが触れ合いそうな距離。触れ合っているわけでも無いのに、何となく温もりを感じて心地良い。

 一人で歩くよりも楽しいし、もうこれからは一人で登下校とか絶対無理。

 一度上げた生活水準を下げるのは難しいとか聞いた事があるけど、まさにそれかもしれない。

 これでもし、中央街駅で梨花と出会えたりでもしたら――もうそれは運命としか言い様が無いよね。






 氷室梨花はいつも通り朝日を浴びると、朝からシャキッとした表情で準備を整え、特に慌てることも何も無く玄関を出る。

 駅までバスで数分間だが、時間に余裕のある梨花はバスを使わず、朝の澄んだ空気を味わいながら静かに徒歩で駅まで向かう。

 長い黒髪をバサリと流し、冬の日差しに当てられ煌びやかに輝く。


「ん――この時間ならいつもの電車で、」


 行ける。とまで考えたところでふと立ち止まる。

 梨花にしてはビックバンが再度起こる以上に珍しい事。新学期早々忘れ物をしたことに気がついた。

 電車に乗る前に気がついて良かったが、ここから悠長に歩いて戻っては、いつもの電車に間に合わない。

 だが忘れ物をするわけにはいかない。梨花は普段から行動が早いので、電車を一本や二本遅らせようが、遅刻は絶対に無い。

 梨花が遅刻したことは、今までの学校生活で“通院”と“体調不良”以外では一度も無いのだ。

 梨花は姿勢良く実に自然にクルッと回れ右をすると、表情一つ変えず急ぐ様子も無く、平然と今来た道を戻って行った。






「あれ? 梨花ー!」


 改札を出ると、ちょうど梨花も電車から降りたところだった。

 いつもは梨花の方が絶対早いし、新学期とかの大切な日には余裕を持って登校する性格だと思っていたので、まさか本当に駅で会えるとは思ってもみなかった。


「裕海、おはよう」

「私もいるわよ」


 私の後ろから姫華がひょこっと顔を出し、「えへ」とちょっぴり舌を出して笑顔を見せる。

 同じ高校の制服を着た男の子たちが「可愛いー」とか「あんな娘いたっけ」とか話す声が聞こえる。

 これで軽い化粧さえしていないというから流石だ。

 愛理ちゃんも可愛くてヤバイけど。失礼だが、姫華の両親は別に飛び抜けて綺麗というわけでも無い。

 どちらかと言えば梨花の両親の方が――

 チラリと梨花を見た。

 梨花はいつも通り、無感情な目つきで同じ学び舎を目指す制服姿を一瞥しては、流れるような動きで目を逸している。

 私は姫華と梨花に挟まれるようにした学校までの道のりを歩く。

 今までは大抵一人か灯とだけだったから凄く新鮮だ。可愛い幼馴染さんと大好きな恋人さんの体温を感じながらの登校は、普段と違って楽しかった。


「そういえば、宮咲さんはクラス分かってるの?」


 最初に口を開いたのは意外にも梨花だった。

 姫華の身体がちょっぴりこちらに近づき、肩と肩とが触れ合う。


「分からないよ。だから実は結構ドキドキしてたりする」


 姫華は「にへ」と笑うと、自身の胸の辺りをサスサスと撫でる。

 その気持ちは分からないでも無い。私もクラス替えの日は、登校中ずっと胸の辺りがモヤモヤしている。

 でも前に灯にその話をしたら『裕海が一番ドキドキするのは、テストの返却日でしょ?』って言われた。

 まぁ、確かにそうですけど。


「裕海ちゃんと一緒が良いな~」


 姫華はそう言うと、私の肩に手を乗せてニコッと天使のような笑顔を見せる。

 ドキッとした。

 思わず見とれてしまうと、反対側の肩にも温かな手が乗せられる。


「そううまくいくかしらね?」

「えー! そこは『そうなると良いよね~』とか言うところじゃ無い?」


 姫華は「ぷくぅ」と頬を膨らました。

 本人は冗談でやってるんだろうけど、うん。まさに今、前を歩いていた男の子が一人、姫華の顔ガン見してたし。

 どちらかと言えば梨花もそうだ。

 普段の冷徹な感情を見せなければ、きっと道行く男の子は目を奪われるだろう――と、ここまで褒めるのは流石に恋人さん補正入っちゃってるかな。




「じゃ、裕海ちゃん。また後でね」


 姫華はそう言って顔の横で小さく手を振ると、カバンを身体の前に持って姿勢良く職員室へと向かっていった。

 私と梨花は姫華が職員室に無事入るところを見届けてから、教室に行くのかと思いきや――梨花は何故か教室とは反対側に向かって歩いて行く。

 しかも、私の腕をしっかりと握るというオプション付きで。



 黙ったまま廊下を歩く。ぐいぐい引っ張られる感覚は別に嫌では無いけど、他人には委員長さんに連行されているように見えるようだ。

 廊下ですれ違う人たちに奇異の視線を向けられるのは勘弁してほしい。

 梨花はそのまま私を連行すると、懐かしい教室へと私を連れ込んだ。


「ああ、ここって」

「これから放課後とか会えないかもしれないから、今日は朝からで良いかな? って」


 ほんのり頬を染める梨花。

 忘れていた。よく梨花とこっそりキスをしに来た空き教室。

 休み中も誰も入っていないらしく、憶えている限りではとくに変わった様子は無かった。

 梨花は後ろ手でドアを閉めると、一瞬身体をゾクッと震わせ。極上の幸せを手にしたように嬉しそうな顔をして飛びついてきた。

 温かく柔らかい感覚。

 制服同士がこすれ合い、シュルシュルと衣擦れの音がする。

 梨花の腕が背中まで回されると、可愛らしく頬を染めた梨花が私の胸に顔をうずめ、チラリと上目遣いをして顔を覗き込んだ。


「裕海ぃ。今日は裕海からして?」


 甘えた声が柔らかく耳に絡みつく。

 顔が熱くなるのを実感し、ドキドキと鼓動が速まる。

 耳に絡みつく髪を手で払い、期待の眼差しを向ける梨花の顔へと近づく。

 梨花の鼓動も速まり、お互いの鼓動が温かなハーモニーを生み出した。


「んっ……」


 柔らかい感触。


「ぺろ……んはぁ……」


 温かい吐息が絡み合い、ねっとりとする甘い舌がまとわりつく。

 口内を甘ったるい吐息が行き来して、腰が砕けないようお互いの身体を支え合う。

 至福の時だ。愛する恋人さんと思う存分愛を確かめ合う。

 ここが学校であることを忘れてしまいそうな――


 ――チャイムが鳴った。


 梨花と顔を離し合い、舌同士を艶めかしい糸が柔らかく繋ぐ。

 あと5分。冬場の目覚ましに宣言するかのように、お互いの身体をモゾモゾと撫で合う。

 だが不意に梨花は撫でる手を止めると、私の唇に「しっ!」とでも言うように人差し指を当てる。


「もうおしまい。また後で、ね?」

「うん。あ、そうだ一つ言いたいことが――」

「ごめん! 後にしよ、ここからだと――。あと3分しかない!」


 梨花の言葉に驚愕し時計を見ると、確かにあと三分でホームルームが開始される。


「ヤバっ!」

「急がないと」


 カバンも持たずに教室を飛び出す梨花。廊下から顔を出して梨花を呼ぼうとしたが、早歩きが異常に速い梨花はもう既にいなくなっていた。


 ――仕方が無い。前にもこんなことあったような気がするけど。


 私は二人分のカバンを背負い、ドアを足で開けて廊下へと飛び出した。


「新学期早々遅刻とか勘弁だよ~!」




 ---




 何とか時間には間に合った。

 カバン二つは目立つな――などと考えていると。教室のドアから梨花の腕だけがニュっと伸びて、カバンは無事梨花に渡すことができたけど。

 でも、息は荒く。灯含め久しぶりに会った数人の友人に「ギリギリ~」と言われてしまった。

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