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第百二章:背後霊2

 見るからに怪しげな着物を頭まで被った霊能者が、高校の制服を着た少女の頬を撫でる。

 妖艶な煙が焚かれ、いかにもな雰囲気を醸し出す狭苦しい部屋で、彼女と霊能者は向かい合って座っていた。

 霊能者はしばらく水晶を眺め、ピタリと手を止めて口を開く。



「それは背後霊でしょう」


 霊能者に言われ、彼女の口から「まさか……」と声が発せられる。

 動揺した様子で口を覆い、身体をカクカクと震わせた。


「かなり強い霊なので、私どもの力ではどうにもなりません……」

「そんなに強い霊が……?」

「はっきり言って、よくここまでたどり着けましたね――というくらいヤバイです」


 確かに彼女はここまで来る途中、自転車と十回ほど接触していた。

 電車でも人身事故があり、かなり足止めを食ったのだ。

 それが自分のせいだと思うと、彼女の心はズキズキと痛む。


「とりあえず、霊の力を弱めることから始めましょう」


 霊能者は経文の書かれた壺を持って来た。


「弱めればここに閉じ込め、霊能協会の強い方に浄化してもらえます」

「どうすれば弱まるんですか?」


 霊能者は少し言いにくそうに顔を赤らめた。


「女性と毎日……最低一回はキスをするんです――」

「……マジっすか」

「はい」


 気まずい空気が流れる。


「とっ……とりあえず今日は私めが浄化の相手をしますので……」

「はい、遠慮無く」

「んぇっ!? むぐぅ……」


 彼女は何の躊躇いもなく、戸惑う霊能者の唇を奪った。


「んっ……んぅ……」


 深いキス。

 彼女が一方的に入れているだけだが、舌が口内を踊り、温かく舐めまわす。


「んぅ……はぅ……」


 吸い付くように無心に触れ合う。

 柔らかな吐息が口の中を行き来し、耐え切れず霊能者は強引に口を離した。


「ぷはぁっ……!」


 霊能者はトロンとした目で彼女を見つめ、やがて思い出したようにハッとした表情をする。


「同じような症例の()に会ったことがあるけど、ここまで大胆じゃ無かったわ」


 まだ息の荒い霊能者に、帰り支度を済ませ立ち上がった彼女が一言だけ呟く。


「ありがとうございました」

「待って、お名前は――」


 霊能者の声も聞かず、彼女は嬉しそうに鼻歌を歌いながら霊能者の仕事場を悠々と出て行った。



 ---



「ぷはっ……」


 霊能者さんとのキスももう四回目。

 初めてされた時はどうなることかと思ったけど、意外と慣れてしまうもので、今では普通に梨花とかとしてる。

 今更だけど習慣とは恐ろしいものだ。


「蒔菜さん、あなたに朗報があるわよ」

「何ですか?」


 霊能者さんは嬉しそうに目を細め、部屋の奥からあの懐かしい経文の書かれた壺を持ち出してきた。


「ああ、あの時の!」

「そろそろ大丈夫かなって」


 霊能者さんは壺のフタを開けると、深く深呼吸をしてから自身の胸を片手

押さえる。


「それでは、最後の除霊儀式を行います」

「はい。お願いします」


 目をつぶるよう促され、私はそっと目を閉じる。

 温かくて柔らかい感覚が唇に触れ、そっと離れた。

 おどろおどろしい除霊の言葉が耳に入り、やがてそれがおさまると霊能者さんが「目を開けていいわ」と言い、私はゆっくりと目を開けた。


「ウギィィィィィ!」


 壺の中ではグロテスクかつ醜い声が何やらうめいている。

 ガタガタと震えている壺を霊能者さんはしっかりと押さえ込み、わけの分からない呪詛の書かれた呪符を壺にかぶせると、壺は静かになった。

 こんな気色の悪いやつがずっと背中に憑いていたと思うと恐ろしくゾッとするけど、とりあえず背後霊が無くなったと思うと肩から背中にかけてが凄く軽くなったような気がする。

 背中を撫でてみたけどあまり実感は湧かない。

 まぁ……元々背後霊がいることに気がつかなかったんだしね。


「そういえば蒔菜さん」

「はい?」


 いつになく落ち着いた言葉にちょっぴり動揺し、霊能者さんの目を見る。


「蒔菜さんが前に着てた制服なんだけど」

「制服がどうかしましたか?」


 霊能者さんにジロジロと身体を眺められ、何となくくすぐったいような感覚を覚える。


「蒔菜さんと同じ制服を着た()が、この間ここに相談に来たのよ」

「そうなんですか?」


 何故そんな話を私にするのだろうか。

 現実問題、今は人権とかプライバシー保護だとかで、そういうことを無闇やたらに喋ってはいけないのでは無いか。

 私が対応に困っていると、霊能者さんは声を潜め。


「あなたと同じような症例で――背後霊にとり憑かれていたの」

「ええっ!?」


 霊能者さんは無言で頷く。

 ――ってことはあれか。私と同じで、女の子と毎日キスしなきゃいけない娘がいるんだ……へー。

 何だか妙な親近感が湧いてしまう。

 ちょっとした探究心もあって、私はこっそりと霊能者さんに顔を近づけて耳を澄ます。


「もし良かったら、誰か教えてもらえませんか?」

「それは無理よ……」


 霊能者さんはさも残念そうに首を横に振る。

 ――ん、まぁそうだよね。ここまで話しただけでもまずいのに、あれでしょ個人情報の流出を止めるためってやつ――


「名乗ってくれなかったの」


 心の中で時が止まった。

 名乗らない? それでどうやって霊の浄化をしようと言うのだろう。

 まさか男の子なんだろうか。

 男の子がもし毎日女の子とキスしなくちゃいけなくなったらヤバイよね。

 もし彼女さんが出来たとしても、毎日は流石に難しいだろうし、背後霊だとか言われたら関係悪化しそうだし。


 ――私との関係は背後霊のためなの! とか言ったりして。


 体感したことの無い、高校生同士の修羅場というか騒動というか――を頭の中で勝手に妄想してクスリと笑う。


「それでね蒔菜さん」


 霊能者さんの温かい手に両手を包まれる。


「もし迷惑で無かったら、その娘が誰なのか調べて欲しいのよ」

「探偵ごっこですか?」


 嫌ですよ。そんな、コソコソ嗅ぎ回って毎日キスしてる人を探すんですか?

 それに私は来年から三年生なんで忙しくなるんです。

 今年度の内に、梨花と甘い毎日を送るって決めたんだから。


「いえ、別に探してもらおうとは思ってないわ。もし気がついたら知らせてね? ってレベルだから」

「分かりました。もし気づいたら伝達に来ます。――あの……」


 私はずっと引っかかっていた疑問を口にした。


「その人って男の子ですか?」




 ---



 ――という会話のあった翌日。


 梨花とスマホを買いにった日から数日経ち、明日から新学期である。

 背後霊が消え去ったので毎日行う義務的なキスは一先ずおしまい。

 何より霊的な物が無くなったってだけで、自分的には凄く気が楽なのだ。


「明日から新学期かぁ……。楽しみなようなもっと休みたいような、凄く複雑な気分だなぁ」


 ベッドの上に華麗にダイブして、マクラに顔を乗せて「にへ~」と笑う。

 灯と文田君はどこまで進展したんだろう。遠川さんと倉橋君もどこまでいったかな。

 ――と。

 今まで自分のことで手一杯だった私は、人並みの高校生っぽく他人の恋愛事情に突っ込むだけの心の余裕が出来た。

 梨花にはまだ背後霊がいなくなたことは言ってない。

 新学期に最初のキスして――その時に話そうかな。

 どんな反応するだろう。喜んでくれるかな? それともキスする回数が減っちゃうから、残念そうな顔するかな?

 そういう点では凄く明日が楽しみだ。

 とくに灯とは最近メールもしてないし、遠川さんとかはそこまで深い関係じゃ無いから、元々詳しい事は知らないし。

 明日会えばなぁ……。

 と考えていると、階下から母親の呼び声が聞こえた。

 何を言っているのかは聞き取れなかったけど、とりあえず階段を上ってく

る音がする。

 そんなに急ぎの用なんだろうか。




 ドアをノックする音が部屋に響き、私は若干びっくりする。

 母が部屋に入るときにノックをするなんて、テスト前か受験生時代だけだ。


「はーい」


 驚きを隠し、一応精一杯明るい声で返事をする。

 もしこれでゲキ(オコ)してたり、進路系の真面目な話だったら嫌だなぁ。とも思いつつベッドから身体を起こすと、そこには見慣れた制服を着た可愛らしい女の子が静かに佇んでいた。


「裕海ちゃん……」

「ひ、姫華っ? うわ、凄い大分印象違う」


 私と同じ高校の制服を着た姫華が、ちょっぴり顔を赤らめて廊下に佇んでいる。

 はっきり言って可愛い。

 恋愛感情があるかと聞かれれば、梨花の顔に誓ってNOと答えるけど、こんな娘が学校の廊下歩いてたら真っ先に声をかけそうだ。

 今まで私服姿か普段着しか見たこと無かったけど、よく目にする人たちと同じ服装をしていると、素の違いがよく分かる。

 姫華は照れたように顔を赤らめ、スカートの端を押さえながらクルッとターンする。


「どうかな……?」

「似合ってる。凄く可愛いよ」


 姫華の表情が嬉しそうに明るくなり、真新しい制服姿のまま私に向かってハリウッドダイブしてきた。


「裕海ちゃん!明日から一緒だよ」

「クラスまで一緒か分かんないでしょうが……」

「だったら来年は絶対一緒ね!」


 私は猫のように甘える姫華の頭をよしよしと撫で、明日のことをもう一度

考える。


 ――そっか、これで姫華と一緒に毎日登校できるんだ。


 幼稚園にさえ行く前に引っ越してしまった姫華。

 そんな姫華と一緒に登校なんて明日が初めてだ。

 私は心から幸せを感じて思わず微笑む。姫華はそんな私の顔を覗き込み、

少し不思議そうに首を傾げた。


「裕海ちゃん、凄く嬉しそう。どうしたの?」

「ん~? 別にぃ~」


 必要以上に甘えるような真似はしない。

 制服越しに密着する姫華の肩に指を絡め、上着のエリの部分に頭を乗せてチラリと顔を覗き込む。

 幸せそうに微笑む姫華の温かな顔が目に入り、私はその笑顔に微笑み返す。


 ――明日から、ずっと一緒だよ。

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