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善悪の彼岸を越えて -魔法少女異聞録-  作者: JohN∴DoE
【Prologue】魔法少女のすゝめ
2/5

第2話 「……ダッテ、先輩ノコトガ大好キデスカラ」

 八神亜莉子は太陽だった。

 初めて出逢ったその時から、彼女は太陽に他ならなかった。


 実のところ剣道を始めたのは、中学校に入学してから一念発起してのことだった。それまでは格闘技はおろか、スポーツ全般を苦手とするような運動音痴にもかかわらずだ。

 もちろん最初の内は、文化系部活動に所属することを考えていた。本を読むことが数少ない趣味の一つであったから、読書部などがまさに打って付けだろうと。

 ――けれどもその認識は、新入生歓迎会において覆されることになる。

 有り体に言えばそれは、一目惚れというものの内に含まれるのかもしれない。

 順繰りに行われる部活動紹介。その御鉢が剣道部に回ってきた時、彼女を――女子剣道部主将、八神亜莉子を知った。

 一目惚れだとは言いつつも、実際には、一目見たその瞬間から――というわけではなかった。ただ何となく、綺麗な人だな、とは直感的に思いはしたが。

 金髪碧眼に彩られた白皙が印象的だったことはむろん、何よりも目を引いたのは、その西洋的な容貌が日本風の典型である剣道着と違和感なく結び付いていたことだ。

 そして亜莉子が竹刀を構えた時――どきり、と胸が震えた。何かが起こる、と胸が弾んだ。

 激しく胸を打つ鼓動は、きっと運命の扉を叩く音に他ならない。

 すらりと伸びた背筋から、その身の丈を上回る覇気が噴き上がる光景を幻視した。一振り、二振りと空気が裂かれる気配に体の内側が震撼する。

 彼女の魅せる演武は、確かに消えることのない感銘を刻み付けてきた。

 ――太陽を、見つけた瞬間だった。


 その輝きに灼かれることができるならば、喜んで月に甘んじよう。

 剣道部に入部したのは、ただひとえに亜莉子に近付きたかったからだ。彼女の放つ光を浴びていたかったからだ。

 それができると、信じていた。それで満足だと、ずっと思っていた。

 嗚呼、けれども、人間は何と欲深いことか。

 所詮は月に過ぎないことを弁えずに、分不相応にも願ってしまったのだ――あの太陽を手にしたいと。


 ――そして月は墜ちた。

 太陽の慈しみは遠いからこそ。近付けば、その輝きはあまりにも苛烈過ぎる。


(……もう、手に入らない)


 分不相応な願いの結末は――決定的な断絶を突き付けた、柔らかな微笑み。

 さながらイカロスのようで――しかし彼が背負えた蝋の翼さえも、実は持ち合わせていなかったことを後になって自覚する。

 それでも。

 届かないと知ってもなお、焦がれて止まない。

 地上に打ち付けられて絶命できれば、どれほど幸せだったろうか。

 しかし翼持たぬ我が身は、ただ大地を踏みしめて空を仰ぐことしかできなかった。


 ならば――、と囁く声が聞こえた。


 手が届かないならば、撃ち落としてしまえばいい。

 太陽を、地星へと引きずり下ろせ。

 然すれば、かの輝きは己れが掌中に。

 撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。

 撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。

 撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。撃チ落トセ、引キズリ下ロセ。

 撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ撃チ落トセ引キズリ下ロセ―――


「……ダッテ、先輩ノコトガ大好キデスカラ」


 ―――――この時、一つの魂が堕ちたことを、まだ誰も知らない。



       †       †       †



「八神亜莉子――あなたには、魔法少女になって貰いたいのです」

 そう言って、黒衣の少女――ヴェストリーは表情を歪めた。まるで口端を鉤針で吊り上げたかのような、酷く不気味な嗤い顔だった。

「……え、えと――」

「とはいえ、いきなりでは何のことだか解るはずもないと思うのです」

 しかし次の瞬間には、それまでと同様に鉄仮面の如き無表情に戻っていた。なので強硬手段に出ようと思うのです、などという物騒な台詞を携えて。

「な、なに……?」

 何せ獣姫の猛襲に晒された直後だ。再びの理不尽な暴力を予見して、及び腰になってしまうことも無理からぬことだと言えよう。

「…………」

 加えて、内心の全く読めない無表情である。有り体に言って――怖い。

 その物言わぬ人形然とした容貌が異様な迫力を生みながら、ヴェストリーはゆっくりと近付いてくる。亜莉子も思わず後退るが、緩慢とも思えたヴェストリーの動きは、思いの外素早く亜莉子の体を捉えた。

「……っ!」

 だが予想に反して無遠慮に伸ばされた手が亜莉子を蹂躙することはなく、ただその薄味の胸をまさぐるばかりだった。

「おや、年の割に小さい胸なのです」

 どうしてか、つまらなさそうな声音を発したヴェストリー。なぜこのような台詞に限って、感情が籠もっているのだろうか。

「悪かったわね!? てゆーか痴漢!?」

 いきなり何を、と更に続けようとした言葉は、しかし不意なる感触と共に呑み込まれる。

 ――すとん、と〝何か〟が入り込んだ。まるでそれは、最初からそうあるべきだったかのように胸の内に収まった。肉体にではなく、それに囚われないより奥深い領域――強いて言うなれば〝魂〟というものに、だろうか。

 しかしそう思えたのも束の間、馴染みを覚えた途端に強烈な違和感を発して居座る。

「な、何なのよこれ……!?」

「聖遺物を埋め込んだだけなのです」

 ヴェストリーは亜莉子から手を放すなり、事も無げに言った。

「正式な契約はまだですが、〝Alice(あなた)〟ならば多少の無理は利かせることができるのです」

「せ、せーいぶつ? 契約? ……もう! さっきから何を訳解んないことを言ってるのよ!!」

「いずれ解るようになるのです。あなたは〝こちら側〟に巻き込まれる――それはきっと、避けようのない宿命なのでしょうから」

 言って、ヴェストリーは身を翻す。ふわりと黒衣が緩やかに靡いた。

「え? ……えぇ!? ま、待ちなさいよ! 何よこの展開!! 視聴者置いてきぼり!?」

「本当にキーキーと煩い牝猿なのですね……。

 聖遺物を持った以上は、後はなるようになるのです。このヴェストリーめに教えられるまでもなく、あなたは己れが何者であるかを自覚する。――そういう仕組みになっているのです」

「……ますます意味が解らないわよ」

 暖簾に腕押し、という言葉が脳裏を過ぎった。

 この少女にもまた、言葉が通じないのだと諦観する。知的であるか狂的であるか――その違いの、何と瑣末なことか。

「今に解るのです。その時が来るのは、きっとそう遠くないでしょうから」

 つと何かを見つけたかのように、ヴェストリーは遠くへと視線を投げかけた。

 黒衣の少女は小さく頭を振ると、今度こそ、振り返ることなく立ち去った。その衣装諸共に、闇の中へと紛れ込んでいったのだった――。

 そして亜莉子は、公園にただ一人残される。やがて思い出したかのように聞こえてくる、虫の鳴き声や車の走り去る音。

 実際、亜莉子もまた思い出していた。普段は気にも留めないような背景音であるが、これらがあってこその日常感――彼女が生きてきた世界なのだと。

「もう、何なのよ……魔法少女って」

 口で悪態を吐いてみるが、それを発した声は未だ僅かに震えていた。

 どんなに良かっただろうか――子供向けアニメの見過ぎだ、などと笑い飛ばせれば。


       ◇       ◇       ◇


 六限目の終了を知らせるチャイムが鳴ると、教師もまたLHRの終了を告げた。

 LHRとはいえ、実質的には何もすることがない空き時間だ。公立高、私立高共に入試の結果発表は済まされていて、後は卒業式までの短い日数を数えるばかりの日々である。

 何はともあれ、かくして今日の学校生活も平穏無事なままに終わりを迎えたのだった。

「平和、だなぁ……」

 しみじみとした様子で、亜莉子は呟いた。

 ――かの悪夢のような夜から、既に一週間が経とうとしていた。

 最初の頃こそ、次は何が待ち受けているのかと戦々恐々とした心持ちで過ごしていた。

 しかし三日ばかりも無事な日々が続けば、今度はむしろあの襲撃の方こそ、何か悪い夢でも観ていただけなのではと思えてきてしまう。

 もちろんそれが希望的観測や現実逃避の類に過ぎないことは、胸の奥に宿る凝りのような異物感が教えてくる。

 とはいえ慣れというものは恐ろしいもので、この状態で更に三日を重ねると、それが平常であるというように思えてきてしまった。或いはこの感覚が、聖遺物が体に馴染んできている証であるのかもしれない。

「……むぅ」

 そのようなこと思ったところで、また別の違和感に囚われてしまうことが最近の悩みである。

 聖遺物、という言葉。

 ヴェストリーが口にするまでは、知りもしなかった用語だ。しかし今や、誰に教えられるわけでもなく、その意味を理解している。


〝聖遺物〟――それは人々の信仰を糧として、魔力を獲得するに至った器物。

 蓄積される信仰に質の好悪は問われず、崇敬から憎悪に至るまで、ありとあらゆる感情を貪り喰らって聖遺物は誕生する。

 日本における付喪神の概念は、この聖遺物の亜種と言えるかも知れない。

 歴史を積み重ねた長きに亘る不変性に、人は信仰の対象を見出す。

 人の信仰を糧に育つ聖遺物は、経年劣化に抗う不変性を獲得する。

 それは鶏が先か卵が先か――しかしその因果がどうであれ、現実として聖遺物はこの世界に在る。魔力などという現代科学には定義されないあやふやで不確かなものが、確かに存在しているのだ。


 理解してはいる、のだが。

(正直な話、眉唾物よねぇ……)

 知識としては実感が湧いている。そうであるものだと、心象に深く刻み込まれている。なるほど、ヴェストリーの口にした〝今に解る〟とは、文字通りの意味であったのかもしれない。

 とはいえ、それが本来の語義に非ざるものであることも亜莉子は理解していた。

〝聖遺物〟という言葉を自覚した時、その意味を辞書で引いてみたのだ。記されていた内容は、聖人にまつわる遺物である、ということ。少なくとも魔力の〝魔〟の字一つすら見受けられなかった。

 ――それはさておき。

 思考の淵へと沈んでいく亜莉子は、さぞや隙だらけだったことだろう。

 音も無く接近してくる〝敵〟の気配に、しかし彼女は最後まで気付くことができなかった。

「八ー神っ」

 背後からポニーテールを引っ張られる不意討ち。

「ぐえっ」

 為す術もなく、がくりと頭が天井を仰いだ。その顔を覗き込んできたのは、茶縁の眼鏡を掛けたボブカットの少女だ。

「いや『ぐえっ』はどうよ。さすがに色気無さ過ぎっしょ」

「誰の所為よ、誰の」

 そりゃあたしだなぁ、と悪びれた様子もなく笑う彼女の名は氷ノ原(ひのはら)樹里(きさと)。一年生の時にクラスを同じくしてから馬が合った悪友であり、共に私立朋央学園高等部への入学を決めている未来の学友でもある。

「……で、どーしたんだ?」

 氷ノ原はポニーテールを引っ張っていた手を放すと、そのまま亜莉子の後ろの席に腰を下ろした。

「どうしたって、何が?」

「此処んとこ、あんたの様子が変だったからさ。馳川とは〝あの日〟じゃねえかなぁとか話してたんけど」

「あなたねぇ……」

 年頃の男子と一体何を話しているのだ、この女子中学生は。

 尤も表面的な軽薄さとは裏腹に、思いの外身持ちが堅いということは短くない付き合いの中で既に知っていることだが。

「で、真相のところはどうなんだ?」

 口元はにやにやと嫌らしく歪んでいるが、しかしレンズの奥の双眸は鋭い。態度はともかく、この友人なりに本気で気遣ってくれているようだ。

「自分でも何て言えば良いのかよく解んないんだけど……ちょっと厄介事に巻き込まれちゃった、って感じかな」

「厄介事?」

「そ。厄介事」

 敢えて不鮮明な言い方をすることで、それ以上は入ってくるなとラインを引く。

 嘘を吐いて誤魔化すような真似はしたくないが、しかし徒に他人を巻き込めるような事態でもない。

「心配してくれてありがとう、ヒノ。相談できる時は、なるべく相談してみるから」

「そうか? なら、良いんだけどさ」

 氷ノ原は力なく笑ったが、それ以上は特に追及してこなかった。

 クラスが違うとはいえ蓮人が何も言ってこないのも、亜莉子をどう気遣うべきかを氷ノ原と相談していたのだろう。

 本当に、自分は良い友人たちに恵まれていると実感できる。

「ねぇヒノ、この後は何か用事とかある?」

「いや? 何だ、遊びに行きてぇのか?」

 亜莉子は大きく頷こうとしたが、がお~ん、という可愛らしい咆声がそれを遮った。アニメ『レオたんの冒険』が主人公〝白ライオンのレオたん〟の声を転用した、携帯の着信音である。

「メール。わたし」

 ポケットから携帯端末を取り出すと、差出人の名前に思わず「あっ」となる。

 用件は簡潔で、話がしたいから屋上で待っている、とのことだった。

「…………」

 彼女のことを覚えていたかと問われれば、即答は難しいかもしれない。忘れてはいなかったつもりだが、しかし今この瞬間を迎えるまで強く意識したことも無かった。

「ごめん、ヒノ。ちょっと急用が入っちゃったみたい。いつ戻れるか解んないかも……」

 亜梨子の方から誘っておいて申し訳ないとは思ったのだが、氷ノ原は特に気にした風もなく軽く手を振った。

「いいって。でも折角だし、本でも読んで待ってるわ」

 一緒に帰るくらいはできるだろ、と快活に笑う悪友。確かに氷ノ原が教室で待っていてくれると思うと、少し心強いかもしれない。

 だからその好意に、素直に甘えさせて貰うことにした。

「ありがと。じゃ、行ってきます」

「ほいさ」

 亜莉子は教室を出ると、真っ直ぐ屋上へと向かった。

(……そういえば)

 三階から屋上の出入り口に至る階段の段数は、確か合計して十三段では無かっただろうか。

 ふと思い出した事実が、まるで冷たい手のように亜莉子の首筋を撫でたのだった。


 ――ちなみに。

 携帯を操作した際に、見知らぬアプリが目に留まったような気もしたが、今の亜莉子にそれを気にするだけの余裕は残されていなかった。



       †       †       †



 ――さて、お伽話を始めよう。

 それは恋に溺れた少女の末路。


「……ダッテ、先輩ノコトガ大好キデスカラ」

Now Loading...あと1話だ、あと1話で序章は終わる……!

なおキリの良さという都合上、前回よりも少し短めです。

……あと某作に設定が似ているというツッコミは否定しませんので。


そうそう、次話でようやくまともに〝魔法少女〟が登場しますので。

せめてそれくらいまではお付き合い頂けると嬉しいです<(_ _)>

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