やめさせないと
淳也の言葉を聞いた麟太郎は焦った。そんなことをすれば理恵が悲しむに決まっている。しかし、淳也さんの性格からして多分、言うことを聞いてくれるはずもない。だいたい香の奴、どうしてあんなことに・・・って理恵は知っているのだろうか?不安を覚えた俺は、携帯を手にしたが、かけることは出来なかった。香とのことを思い出していた。
あれは数ヶ月前のこと、俺がたまたま淳也さん達が練習している横を通り過ぎていた時のことだった。
「何度言ったら分かるんだ!!」
「すみません!!」
いつも冷静な淳也さんがあれだけ怒るのを見たのははじめてだった。しかも、怒っている相手は、女の子、そう同じクラスの香だった。彼女はなんども頭を下げ、すみません。がんばります。そう言っていた。そして、練習が再開されるとあるところが終ると淳也さんは、演奏を止め、また、怒り出した。俺が聞いても、何も間違っていないのに一体どういうことだ?
「香~!!もうやめて帰れ!! 何度言ったら分かるんだ!!」
「すみません!!がんばりますから、もう一度お願いします。」
目の前の光景に思わず声を出しそうになったその時だった。淳也さんは立ち上がると
「香、明日までに何とかしろよ。」
香を一人残して、その場から離れていった。一人練習をする香、時々、悔しいのか手で目を拭っては再び練習を再開し、怒られたパートを何度も何度も練習してた。そして、溜息をついて、また、目を拭ったかと思うと俺の携帯が鳴り響き、そして、視線が合った。
「あ・・・」
言葉にならない言葉を発したかと思うと香は、俺から顔をそむけた。
「ご・・ごめん・・・」
「な・・何故謝るの?まさか・・」
「ずっと見てたんだ。」
「うそ・・」
顔を真っ赤にして俯く香に俺は何時になく優しい言葉をかけた。
「大丈夫か?」
「うん・・」
「本当か?淳也の奴、音楽となるとああなるんだよ」
「知ってます。私がうまく演奏できないから・・・」
「そうじゃないと思うよ。」
「えっ?」
「だから・・演奏じゃなくて、その曲のことをもっと考えた方がいいんじゃない?」
「曲のこと?」
「あ・・余計なこと言ったかも・・じゃぁ・・」
そんな話をしてから数日後、一人で練習している香の横を通った時のことだった。俺を見つけた香は、立ち上がって俺の名前を呼びながら走ってきた。そして、息を切らせながら頭を下げ
「ありがとうございました。」
そう言うと俺に笑顔を見せた。
「よかったな。」
「はい。」
こうして、俺は、香と気兼ねなく話をするようになった。この学校の女子の中で理恵を除くとコイツだけ何故か
おっといかん
そうだ明日、香にやめさせるように言わないと。