バースデー
俺を振り切って行ってしまった香、彼女の後姿を目で追っていた。
理由が知りたい
けど、追いかけることが出来なかった。何度か電話をしてみたが結局、無視され、俺には、いつもの週末がやってきた。
ただ、違うのは香のことが頭から離れなれない。しかも、気晴らしにとモーニングを食べに行ったのが間違いだった。喫茶店に着くとあの日、香と座った席しか開いてなかったのだった。しかたなく、その席について、窓の外をじっと見ていた。そんな時だった一通のメールが届いた。
ハッピーバースデー 麟太郎
よく見ると理恵からだった。そして、理恵のことでむしゃくしゃしていると急に咳き込み苦しんだ表情の香を思い出していると、独り言がこぼれた。
「誕生日・・・か・・」
俺は携帯をおいて、コーヒーを一口含んでから、椅子にもたれかかり天井を見ていると横から淳也の声がしてきた。
「ここにいたのか?」
「えっ?・・あ・・・ああ・・なぜここに?」
ここに来るはずもない淳也が現れたことに驚いた。けど、更に俺を驚かせたのは、彼が話した内容だった。
「理恵にはっきり言おうと思う」
「えっ・・・はっきりって・・」
すると淳也は頷いて
「俺にとって理恵は、妹でしかないんだ。」
「わかってるよ」
かつて淳也には妹がいた。しかし、幼くして彼女は亡くなった。そんな時に現れたのが理恵だった。彼女は幼かった淳也の心を和ませたのだが、彼にとって、理恵は、妹の分身でしかなかった。だが、理恵の気持ちを知っている麟太郎にとっては、複雑なものだった。
「けど・・・」
「けど?」
「あいつは、本気で淳也さんのことを」
「わかっている。」
「じゃぁ・・・」
「わかっているからこそ、俺がはっきりしないといけないんだ。ここまで言ったらわかるだろう。」
「えっ?」
「後は頼んだぞ」
そういい残して、淳也は、お店から出て行った。しばらく、俺は、理恵のことを考えていると携帯がなった。しかも、相手は、淳也だった。
「今、香と一緒なのか?」
「どういう意味だ?」
「一緒にいるのかいないのか?」
「いないけど?」
「香が練習に来ていないんだ!!」
「は?」
「わかったら連絡をくれ」
淳也らしくない焦りの声と共に携帯を切った。俺は香に連絡を取った。
麟太郎に別れようと言った翌日、私は、はじめて、無断でクラブを休んだ。と言うより何も手につかないと言うのが本音だった。自分の衝動的な行動への後悔と麟太郎とは元通りに戻れないだろうと言う身勝手な憶測が私を支配していた。だから、時折、掛かってくる電話すら機能のマナーモードのままで、気付くことなく、ただ、ベットの上で、ぼーっとうな垂れていた。
しかし、人間と言うものはこんな時でも生命力はすさまじく、おなかからの悲鳴にとうとう負け、部屋を抜け出し、ダイニングへと気付くとその辺に何か食料がないか探していたのだった。
すると後ろに何か気配が・・・って・・そこには怖い顔をしたお母さんが
ゴツン!!
「この不良娘が!!」
「痛い!!」
い・・・いきなり拳骨ですか?・・・脳天を直撃した母の拳骨によって、私はしばらく患部を押さえしゃがみ込んで身動きが取れないでいた。そんな私の状態を見ても彼女は、決して容赦しなかった。
「うわ~!!」
そう叫んだ私は母に背中を蹴られ前のめりにつんのめって、床に強打した。そして、母の右足は何故か私の背中の上に・・・って・・・押さえつけられた私は身動きが取れなくなっていた。
「いいわね!!早く行きなさい!!」
ドスの効いた声で私を脅すと”はい”と弁当を渡して、何事もなかったかのように、玄関へって・・・
バタン!!
閉じられたドア・・・ってこんな格好で学校に行くわけにいかない!!
「お母さん!!開けてよ!!」
私は必死に玄関を叩いた。なにせ・・・私はパジャマのままだったのだ!!こんな格好見られたら・・・
「何よ!!」
ようや扉をく空けてくれた母、私のカッコウを見て、鼻息をフン!!と噴出したかと思うと、再びドアを閉めようとした。
「待ってよ!!」
「だから!!なんなのよ!!」
「こんな格好で行かせる気?」
私の言葉を聞いて、ようやく服装を見てくれているんだけど・・・その後の言葉が・・
「早く着替えなさいよ!!」
って・・・なんで私がおこられなきゃいけないのよ!!としぶしぶ着替え弁当を持って外へ出た。こんな時は悪いことが続くなんて思ったら・・・バカ・・・やっぱり・・・知代と会ってしまった・・・最悪・・・仕方がない・・学校へ向おう・・・そう思っても足取りは重い。そんな私に知代も何か言いたいみたいだけど、目を逸らしてくれた。
た・・・助かった・・・
これが本音だった。結局、何をするわけでもなく、近くをぶらぶらと散歩をしている時だった。暇な私は何気なく携帯を手にした瞬間だった。
「着信?わっ!!」
急に手の中でバイブした携帯に驚いて思わず取ってしまった。
「も・・・もしもし?」
「香!!今、どこにいるんだ!!」
麟太郎の声が耳に入って来た。向こうから携帯が鳴るなんて、力なく携帯が耳から離れていった。今、話したくない・・・そう思って握り締めた携帯からは、かすかな麟太郎の声と手の中で微妙な振動が伝わってきていた。しばらく俯いていた・・・そして、横を見ると喫茶店のガラスの中に麟太郎の姿を見つけた。
俺が香に連絡を取るとすぐにつながった。
「も・・・もしもし?」
「香!!今どこにいるんだ!!」
すると香は反応しなくなった。どうしたんだ?俺は声を上げて香を呼んだ
「もしもし!!香!!どうしたんだ?もしもし!!?」
あいつ俺のこと無視か?反応がない携帯を見つめていた。表示はまだ通話になっている・・
「もしもし?」
やはり反応がない
「くそ!!」
俺があきらめて、椅子にもたれかかった時だった。目線に香の顔が入って来たと俺が窓の外を見ると香が立っていた。
麟太郎を見つけた私は金縛りにあっていた。手の中でかすかに聞こえる麟太郎の声、そして、目の前で私を一生懸命に呼んでいる姿・・・そんな彼の姿に釘付けになっていた。
やがて、彼は呼ぶのをあきらめて椅子にもたれかかった。心のどこかで、”振り向いて・・”そう叫んでいる私と”振り向かないで”という思いが交錯し、動くことすら出来なかった。
そんな時だった・・・彼は、私のほうを振り向いた。そして、携帯を置いてすぐに私のところに駆け寄ってきた。
「どこにいたんだ?」
「えっ?」
麟太郎の一言目に驚いたんだけど、次の瞬間、私の手を掴んだ・・・私は引かれるまま彼の後をついて行った。その途中、彼の声が聞こえてきた。
「何が嫌なのか、わからないけど・・・俺はまだやめねぇから・・」
「えっ?」
「今日は、俺が無理矢理、連れ出したことにしといてやる。」
「え?」
やがて、着いたところは学校だったんだけど、既に練習は終っていて、そこには、桜川先輩が待っていて、その表情は完全に怒っていた。今日の練習をすっぽかした私が悪いんだから・・・
「何やっているんだ!!やる気はあるのか!!」
そういうと私の手を麟太郎から引き離した。すると麟太郎は先輩の手を止めて
「すまない。俺が無理矢理誘ったんだ!!」
麟太郎の言葉に眉をひそめる先輩・・・
「麟太郎!!お前、さっき一緒にいないって言ったろう!!」
そう言うと先輩は麟太郎の胸倉を掴んだ。
「どういうことだ!!」
「あ・・・今日・・・俺の誕生日だろう・・・」
すると先輩はしばらく考えていた。―――って!!麟太郎の誕生日なの?と驚いていると先輩は麟太郎を掴んでいた手を離した。
「ま・・・わかったが・・・」
そして、私のほうを向いた先輩・・・
「準備しろ・・」
「えっ?」
「何をしているんだ!!早く練習の準備をしろ!!」
「は・・はいっ!!」
大慌てで準備をした私、しかも、先輩と麟太郎は私のほうをじっと見ている・・・やがて、練習パートを演奏しだすと、緊張のあまり、うまく演奏ができない・・・そんな私に先輩の檄が飛んだ
「誰がそんな演奏をしろといった!!やり直し!!」
「は・・はいっ!!」
私は心を落ち着け再び演奏をしたが、また、ダメだしを食らった。何がいけないんだろう・・・何度目かの先輩の檄が飛んできた時、あの時の麟太郎の言葉を思い出した。音楽のことを考えて・・・そうだ・・・そして、必死に演奏した。
演奏が終って、十秒くらいたったころ、先輩は私のほうを睨んで近づいてきた。
「何度言ったら分かるんだ!!誰がそれを演奏をしろといった!!やり直し!!」
また・・・もうだめかな・・・
そう思った時だった。先輩が耳打ちをした。
「今のでハッピィバースデーを演奏しろ・・麟太郎の為にな・・」
ええ―――っ!!驚いてしまっていると先輩は容赦しなかった。
「早くしないか!!」
「は・・はいっ!!」
そして、私はハッピィバースデーを演奏した。麟太郎の為に・・・
香が演奏を開始して、しばらくして、淳也はその場所を出て行った。ここには俺と香だけ、ただ、いつもと違う香の姿がそこにあった。そして、俺はじっと香を見つめ、その演奏を聴いていた。時折、あの楽しかった光景、そして、香の涙が脳裏をよぎった。やがて、演奏が終った時、無意識の内に拍手を送っていた。
演奏が終ると拍手が聞こえてきた。それは麟太郎からだった。そうそこには麟太郎だけしかいなかった。彼は拍手をしたまま、近づいてきて、そっと抱きしめてくれた。そして、耳元で
「香・・・ありがとう」
そう呟いたてくれた。
あれから私たちは校舎を後に、気がつくと既に18時だった。すると麟太郎は思い出したかのように
「あ!!」
大声を上げた。
「どうしたの?」
「喫茶店に携帯を・・・って・・・支払いもしてなかった!!」
大慌てで喫茶店戻った私達、彼が座っていた席は、気さくな店長の機転でそのままになっていた。こうして私たちは、ここでしばし時間を潰した。




