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96 絶望の底からの接触

「ウソだ……」


 ウソだ。

 待て、なんだその筋書き。

 なんだその絶望的な選択肢。

 俺でさえ足が震えるじゃないか。

 もしそうだったとしたら……最悪の結末じゃないか?


「どうしたよ、なにか変な物食べたみたいな顔してるぞ」


「あ……いや……変な物は食べたんですけど……」


 草の味がするおかゆの事を頭から振り払いながら、俺はロコさんに尋ねた。


「……ロコさん、俺の知り合いに、異世界から妹が召喚されたって言ってる奴がいるんですけど……そいつがその子の名前を呼ぶときに、勇者って頭につかないんですが、その場合って、どんな場合が考えられます?」


「どんな? 帰化したんじゃなくて?……」


 俺は、暗にメリッサについての事を尋ねていた。

 たとえ偽名を使って呼んだとしても、勇者アリスのように、頭に勇者と名がついてしまう。

 勇者クレゾールがどうやったら異世界からやってきた妹の事をメリッサと呼べるのか。

 他に可能性はないのか。

 ロコさんは、謎かけでもされたかのように、しばらく頭をひねっていた。


「人間じゃなくて、船の名前だとか……家畜とか資材だったら、召喚しても勇者って呼ばないけどね……その女の子って、人間なんだろ?」


「あ……はい」


「だったら賓客があるね。公爵さまがパーティかなんかに呼ぶために異世界から王族を召喚するとか。あと、軍法会議でちょっと意見を聞くためだけに召集するとか……そういう人は戦わずにそのまま帰って貰うから、勇者って呼ばないらしいけど、王宮から出てこられないから、私はよく分からないよ」


「……そう、ですよね。分かりました」


 ……。

 ……選択肢が、増えた。


1.メリッサがこの世界に帰化した。

2.メリッサは家畜か資材である。

3.メリッサは王宮から出てこない。

4.メリッサはそもそも召喚されていない。


 2と3は、勇者クレゾールが妹と戦場で一緒に戦ったという話と矛盾する。

 なので真っ先に考えられるのは、1か4、どちらかだろう。


 4の場合、勇者クレゾールは完全に俺や他の勇者達を騙して、《評議会》の利益になるように誘導していた、という事になる。

 だったら、彼と通話していた謎の人物は、完全にグルだ。どちらも『飛竜』が裏に居る、《評議会》の回し者という事になる。

 あの通話の直後に、勇者クレゾールが暴走した事を考えると、通話の内容は「評議会の思惑がバレそうだ」あるいは「提案が通らなかった」という一報だった可能性がある。

 つまり、謎の人物は、軍の内部に通じている人間という事も考えられる。その線で考えるなら、3もあり得るだろうが、いずれにしろ、俺たちを騙していた事には変わりない。

 筋書きとして、考えられない事は無い。

 今まで、そんな感じの真相なんじゃないかという風に考えていた。


 けれど、1の場合。勇者クレゾールの話が、すべて真実だったとしてもおかしくない。

 勇者クレゾールがメリッサから受けた連絡は、ロコさんみたいに召喚師に頼み込まれたかなにかして、メリッサがこの絶望の世界に帰化してしまったという、そういう事だったんじゃなかろうか。

 一体何があればそんなタイミングの悪い事が起こりうるのか分からないが、そうなれば、勇者クレゾールには彼女を救う手立てがなくなる。

『提案』が通れば、少なくとも戦争中の惑星ミルフを助けるという目標は達成するが、もう一つ、自分が帰還する前に、メリッサの国籍をなんとか元に戻して、元の世界に連れ戻さなければならなくなる。

 しかし、その『提案』は通らなかった。さらに立てこもり勇者と軍が衝突してしまいそうな気配だった。そうなれば、彼はメリッサの問題を残したまま、元の世界に強制帰還させられる。この世界に再召喚される可能性も絶望的だ。

 最悪の手段があるとすれば、力尽くでも妹を軍から取り返す事だ、そう考えていたんじゃないか。

 あいつ、ぼっちだから、肝心な所で仲間に頼らないんだ。考えられなくもない。


 けれど、この世界に帰化するなんて、そんな事、あるはずが……もし本当だとすれば、一体どうしてそんなタイミングの悪い事が起こりうるんだ……。


「先輩、ひょっとして何か分かったんですか?」


 ロコさんが仕事に戻っていったあと、勇者アリスが訊ねてきた。

 ……分かるかよ。分からない事だらけだ。俺には何一つ分からない。

 分かるのは、この世界に希望なんて、かけらも抱いちゃだめだって事だ。

 この世界はそいつを、ことごとく、絶望に塗りかえてくれる。


「いや、なんでもないよ。それより、ビヒーモスに近づく方法だけど……」


「えっ……もう分かっちゃったんですか! さすが先輩です」


「いや……」


 俺は、勇者アリスの瞳を見つめて、真っ直ぐに首を振った。


「絶望的だ」


 ……多少誇張したが、嘘ではなかった。

 問題なのは、『エア』と『ダッシュ』の切り替えでも、上手く作用するかどうかだ。

 そればっかりは、俺も実験してみないと分からない。

 ひょっとしたら【ストーム・ブリンガー】のようには、うまく機能してくれないかもしれない。

 何よりも、俺が勇者ドバルに開発をさせてやらない。


 勇者アリスは、しゅんとして肩を落としたみたいだが、不意に眉をつり上げて、言った。


「分かりました、けれどまずは、ドバリングで宙に浮かぶ練習をしなくちゃなりませんね。いつか別の方法が見つかるかも分からないし、まずはそこからはじめないと」


「……ポジティブだなー」


「早速練習をしてきます! ……ロコさん、お代ここに置いていきますー!」


 勇者アリスは、勢いよく椅子から立ち上がると、クエスト・コインを二枚、テーブルの上にばしっと置いていった。

 俺はそのロコの宿屋特性コインを見下ろして、ぼんやりとつぶやいた。

 ……やはり、勇者アリスも俺と同じく、ロコさんの毒牙から逃れられなかったか。


 ロコさんを見ると、彼女にしては珍しく、にやにや笑っていた。


「なんだお前、見ないうちに頼もしい仲間が出来たじゃないか」


「……いや、あいつは。どっちかというと俺のライバル的な存在なんですが」


 ライバルというか、対極的な存在なんだが。

 この世界でMPゼロ勇者を戦わせようとする勇者と、MPゼロ勇者を戦わせたくない勇者。

 どっちが正しいか分からない、なんて中間で思考停止するのは、ほんの気の迷いだ。

 ……この世界の絶望を数多く見てきている俺は、少なくとも、自分のスタンスを彼女に譲るつもりはない。


「けど、なんだかんだ言って助けちゃうんだろ? 頼られたら嬉しいんだろ?」


「あのですね……端から見てると、俺ってそういうキャラに見えるのは否定しませんけど」


「裏ではどんなの?」


「………………」


 ……表向きは、嫌々ながら彼女の手助けをしているツンデレに見えて、裏ではどうにか全力で彼女の芽を潰そうと画策している。

 ……ふむ、悪くはない立場だ。


「裏というか、俺も本当にそんな能力ないのに、そのくせ他の勇者と約束しちゃったせいで、変な責任を負っちゃって、逃れられないだけなんですよ。……だから板挟みなんです」


「じゃあ私とも約束しろよ、彼女を助けてやんな」


「なんで余計に約束を増やして俺をがんじがらめにするんですか! 今の会話の流れでおかしくないですか!」


「お前も弱いんだからさ、自分に出来る事をやれって言ってんだよ。あの子はお前より弱いんだろ? だったらあの子を助けてやる事ぐらいは、お前がやるべきだろ?」


「………………」


 ロコさんに言われて、俺はまともな返事ができなかった。

 俺はそうやって、不幸になっていった兄妹を知っている。

 ロコさんだって、それで不幸になったはずだ。


「ロコさん、ロコさんはそうやって自分に出来る事をやり続けていった結果、最後に責任から逃れられなくなって、この世界に帰化した訳ですけど、それで何かいい事とかありました?」


「んー。無いね、特に何も無かった」


 ロコさんは、赤い髪を振って笑った。


「けど、いいんじゃないの? 人生って結局そういうもんだろ。悪い面を見て気分盛り下げるより、良い面だけ見て、気分盛り上げて生きた方が得じゃないか」


「……そうすか」


 そうやって新しい『希望』を生み出し続けて居る限り、彼女は不幸を誤魔化しながら生きていく事が出来る、そういう事だろう。

 社会は他人に『希望』を与えて、他人の犠牲の上に、このすでに死んだ世界で国家を存続させ、その恩恵を得ながら生きている、彼女もその社会の一員なのだ。


 そんな社会で生きられるのは、ロコさんのように、不幸になったのを誤魔化しながら生きていられる、そういう強い人ばかりだ。

 俺は弱い。あらゆる面で、どうしようもなく劣っている。勇者アリスも、本当は弱い。今は『希望』で目が眩んでいるだけに過ぎないが、それが将来的にどうなっていくかは、押して計るべきだ。


 ……なるべく早く、この世界から去ろう。

 俺はその考えを、ますます硬くした。


 俺たちはこの絶望の世界で、誰もが不幸になろうとしていた。

 その瞬間からは、誰ひとりとして、逃れる事はできない。


 ……そして俺も、その運命から逃れる事など、やはり出来なかったのだ。

 あるとき、本当に突然、それはやってきた。


 目標もなく、なるべく活躍しないように。

 勇者ドバルに次々と意味の無いスキルの注文をして、開発を遅らせつつ。

 市街地をぶらぶらと散策し、店を眺めながら。

 残された休憩時間を、ただダラダラと過ごしていた俺の元に、チャットによる文章が送られてきた。


 少なくとも、勇者ドバルから返事が来たのではなかった。

 視界の隅に表示された文章の差出人を見て、最初俺は、誰だろう、と訝った。

 チャットの方法を知っている人間は、まだこの世界でも限られているので、フィースワールド研究部の誰かかと思ったが……。

 どこか記憶の片隅に残っていたその番号を見ているうちに、唐突に、ある相手に思い当たった。


 RYU-08920


 ……メリッサから、返事が来た。

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