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94 ストーム・ブリンガー

 どうにか召喚食をやっつけた勇者アリスは、カウンターで食器を拭いているロコさんに呼びかけた。


「そういえば、第三形態ってどういう風に戦ったらいいんですか? 私たち、近づくだけで死にそうになるんですけど」


「ん? ああ……デバフ魔法で炎耐性をあげながらとか、回復魔法で体力を回復しながらとか、近づく方法だけなら色々あるよ」


「あの……できたら、魔法と特殊能力を使わない方向で教えて貰いたいんですけど……」


 恥ずかしいのか、恐縮しながら注文していた。

 HPが低い上に、特殊能力も使えない勇者でも戦える方法。

 常識的に考えて、そんなレベルの低い勇者が戦える相手じゃない。

 まだまだスライム狩りをしているレベルの勇者が、ラスボスと戦う方法。

 そんな無茶な注文にたいして、ロコさんは、うーんと頭を悩ませていた。


「確か、魔法勇者部隊が氷をぶちまけるから、温度が下がっている隙に叩くとか。……あと、飛竜のツメになんかデバフ用のスキルがあったって聞いた事があるね。それは持ってない?」


 そんな機能まであったのか……俺は初耳すぎる。

 まあ、飛竜がビヒーモス戦に大量の勇者を投入する事を見越して開発した武器だとしたら、そういう機能がついていても当然か。

 より少ない予算で、大量の勇者を召喚するために特化した武器。それは、勇者アリスみたいな弱い勇者の無茶な注文を可能にする武器でもある。

 ……なんだか複雑な気分になるな。

 と思ってると、勇者アリスが手を挙げた。


「あ……ひょっとして、『エア』っていうのですか?」


「ああ、大体そんな感じの奴。持ってるの?」


「はい。けどこれ使うとダッシュ機能が使えないから、ずっと使ってないんですけど……」


 ……勇者アリス、お前はどれだけ飛竜のツメのスキルを極めているんだ?

 ツメ三段階レベルアップに、ゲージ二本増加に、確かブリーズも持ってたよな。

 鱗五枚ってそんなにスキルレベル上がるのか。


「確か、チャージしたら『アトモスフィア』ってのになったと思う。周囲一帯にデバフ効果が広がって、その範囲内だと熱とか冷気のダメージが減るの。けっこう長い間効果が持続するから、それを使いながら少しずつ近づいて行ってたと思うけど」


「なるほど……あ、けど、それだとドバリングとは一緒に使えませんね……」


「ドバリングって?」


「はい、なんでも先輩が開発に携わった、軍の秘密兵器だそうで……忍者みたいにこう、ぴゅーっと、ぴゅーっと飛んでいくんですよ」


「………………」


 身振り手振りを交えた勇者アリスの解説に、ロコさんは眉をしかめていた。

 代わりに俺が翻訳してやる。


「ダッシュを使って高台の付近からビヒーモスまで一度も地面に降りずに飛んでくんですよ」


「なるほど、たしかにそりゃ無理だ」


 勇者アリスが顔を赤くして俺を睨んでいたので、顔を向けたら視線を逸らされた。

 ……まあ、どんな武器があったところで、こいつがこの世界で活躍するなんて可能性はほぼゼロに近いだろうな。

 翻せば、勇者アリスがこの世界でまともに戦えるようになれば、他の地球人でもなんとかやっていけそうな『希望』が見えてくる。


 けれど、こうして勇者アリスとロコさんが話し合っている姿を見ると、物語の異世界トリッパーって、こんな感じだよな、という雰囲気が見えてくる。

 なんとか強い敵と戦う方法を模索する、普通の勇者。俺みたいに戦う事から逃げる方法をひとりで考えているような勇者はあんまりいないだろう。


「うーん、そればっかりはちょっと分かんないね。そこんとこどうなの、飛竜のツメインストラクターとしては」


「人の話盗み聞きしないでくださいよ!」


「お前、店の中見えないの? 実質お前達しか喋ってないんだから丸聞こえだよ。戦った後の事なんてうだうだ考えながら戦ってどうするんだよ、この世界終わっちゃったら元も子もないだろ、今は全力で戦えよ、で、どうなの」


「えーと……」


 ロコさんって、現役勇者より勇者らしい。

 そうだよな、実際にビヒーモスの被害に遭ってる村人からすれば、勇者の事情よりまず目の前の危機の回避に全力を尽くしてもらいたい、か。……そりゃごもっともだ。

 命預けてるんだから、中途半端にやって貰いたくないよな。

 手を抜くのだけは止めておこう。どうせ俺が全力を尽くした所で、結果的にうまくいく筈がないし。勇者アリスを活躍させる事には繋がらないだろう。

 俺は腕を組んで、うーむと唸る。

『エア』を使うと熱は防げる、けれど『ダッシュ』が使えなければ接近ができない。

 どちらも同時に使えなければ意味が無い。この二つのスキルを一緒に使うなんて……そんな都合の良い方法が、あるんだろうか?


「あ……」


 実は、勇者ドバルと開発した中に、【ストーム・ブリンガー】と名付けたマクロがあった。


 ブリーズ機能を切った後も、微弱ながら風の流れがツメのまわりに残る。

 ダッシュ機能を切った後も、推進力が残って体が少しばかり前に進む。

 ならば、高速でダッシュとブリーズを切り替え続ければ、両方の機能を同時に使えるのではないか……という、欲の皮の張った浅はかな思いつきで開発されたマクロだ。


 結果として、できなかった。スキルを連続で切り替える方法がよく分からなかったし、いずれにしろ、ビヒーモス戦では役に立たないので、開発は見送られたのだが……。

 俺と別れた後、それがどうなったかは、まだ聞いていない。

 チャットで文章を飛ばしてみる事にした。


【チャット 勇者ドバル】「【ストーム・ブリンガー】はどうなった?」


 ……ひょっとすると、もしこれが完成していたら、俺も第三形態と真面目に戦わなくちゃならないかもしれない。

 いやいや、さすがにそれはないだろう。俺はまだ『エア』を習得していないし、不器用な勇者アリスが、ドバリングを習得するのは、まだ大分先になるはずだ。

 世の中そんなに甘くはないはずだ……という『希望』を胸に抱いていたのだが。

 しばらくして、勇者ドバルから文章の羅列が帰ってきた。



通話ログ

勇者ドバル:出来たよー


【ストーム・ブリンガー】

 意味1:新スキル名。ブリーズとダッシュを高速で切り替え、同時に使う事が出来る。解除コードは【ストーム・ブリンガー・オフ】。

 意味2:【スキル高速切り替え(0.5秒)】、【ブリーズ】、【ダッシュ】。


 ……………………………………。


 俺はしばし硬直して、それからずらずらっと10行ほど並ぶ文字列をじっくりと眺めた。

 ……あ、あいつ、やりやがった。

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