93 異世界の食糧事情
召喚食は、食ってみると、意外と旨かった。
本当に旨かったが、びっくりするくらい味が草の味だった。
この世界で初めての食事を完食してから、俺はしばらくショックにぼう然としていた。
俺、ひょっとして草食動物に転生したんじゃないか?
「ロコさん……なんすか、これ」
「だから、召喚食だよ……ちゃんとお前の故郷の味がしただろ? そういうもんだから」
「えっと……なんて言えばいいのか。故郷の味はしたんですけど、ものすごい草の味なんですけど……」
「草の味?」
召喚食……栄養価はないが、とりあえず胃袋を膨らませる事ができる、という白くてぶよぶよした謎の物体『召喚レーション』に、数種類のポーションを少量かけたものだ。
吸収されずに、時間が経つとお腹の中で消滅するらしいが、失われた体の組織や栄養素をちょっとだけ回復させるので、実質食事しているのと、ほとんど変わらない。
この謎の物体『召喚レーション』はアレルギーも特になく、どの世界からやってきた勇者の体にも無害な上、さらに舌や鼻を刺激すると、食欲を増進させ、召喚言語と似たような原理で、美味しさや、味覚や嗅覚といった感覚を召喚して味わえるらしい。
しめてクエスト・コイン2枚。
けれど、なんで俺のは草の味と匂いがしたんだろう……。
いや、旨かったけど……。
ロコさんに、この味付けの秘訣を聞いてみた。
「少し酸味があって、濃厚でクリーミーなミルクのこくがあって、アクセントに爽やかなハーブの味わいを加えたものだけど」
「アクセントの自己主張がキツすぎるんですが……ハーブですよね? 草じゃないですよね?」
「ああ、そりゃ、お前の世界から召喚された勇者の好みの味付けだから」
「どういう事!?」
俺はショックを受けた。俺の世界に、こんな草ばかりの味付けを好む勇者がいたとは。
「召喚食って実は、コックのジョブを持った勇者が独自開発しているものだから、召喚言語と違ってけっこう穴だらけなんだよね。
たぶん、お前の世界の味覚のライブラリが不完全なんだよ。ひょっとして、お前以外の人間がほとんど召喚されてないんじゃない?
味覚のライブラリをお前の好みに合わせるには、いちど召喚師に頼んで自分の世界の食糧を召喚してもらって、それを実際に食べてみるって方法しかないんだよね、今のところ」
納得した。
つまりこれは、俺の前に召喚された、俺に一番近いほ乳類であるところの牛か馬が、美味しいと感じた味付けになっている、ということだ。
そもそも、この世界の勇者は、基本的に食糧を召喚師に召喚して貰う事が前提になっている。
俺が昼食を頼めたのは、初心者のくせにクエスト・コインを大量に持っていて、2枚も使う余裕があったから。
なので、この世界に召喚されて一番最初に食べるのが召喚食、という状況そのものが、本来ならばありえない事故なのだ。
そのありえない状況がいくつも重なったからこその、この草の味なのである。
他の世界は、これまで勇者を沢山輩出している訳だから、たぶん、このシステムでもなんら不都合はなかったのだろう。
むしろこのシステムなら、今まで食ったことのない美味も味わえて、感動すらしていたかもしれない。
けれど、地球人にとってはまさに地獄。まだ草しか生えていない未開のフロンティアだ。
こんな細かいところでも他の勇者達との格差を見せつけられて、俺は絶望した。
これだったらわざわざ味をつけてくれなくても、無味無臭にしてくれた方がマシだったかも知れない……。草だぜ、草……。
勇者アリスの方も、あんまり好みの味はしていないみたいだ。
人間の食事の味がしているのかどうかさえ怪しい。
食欲だけはどうしようもなく刺激されるので、悔しそうに美味しい、美味しいと言っておかゆを食べている。
よし、これで勇者アリスもこの世界に絶望したはずだ。
……と思ったら、小さく手を挙げて、ロコさんに質問していた。
「あの……この世界の人達って、普段はどういう食事してるんですか? ここじゃ、そういうのは出してないんですか?」
「出してるよ。ふつーに肉とか魚とか野菜とかを、煮たり焼いたり刻んだりしたの。出しても良いけど、お前、他の宇宙の生き物から栄養素を吸収できる胃腸は持ってる?」
「ですよねー……」
もし食べられても、どんな味がするかは保証できない、と言われ、勇者アリスはしょんぼりしてしまった。
……考えてみると、俺は不思議な空間にいるものだ。色んな宇宙と繋がった場所にいるのに、こうやって普通に呼吸ができているのも不思議な気がする。
召喚食は、宇宙食みたいなものと割り切るしかないのか。
「だから、勇者の食糧事情ってのは結構深刻でねー。
昔の某国じゃ遠出のクエストをするときは胃の中が空っぽのまんま、ヒールばっかりかけて何ヶ月も繋いでたらしいよ。結果的に胃腸が細って、帰還後もまともに食べ物を受け付けなくなったりしたらしい。
それで元の世界でコックだった勇者たちが、この世界でもどうにかして安全に楽しく食事できるようなスキル開発を目指してるんだよ。
その成果のひとつがこの召喚食だね。この店で本当に旨い物を食べたかったら、お前もコックになる?」
「なります。ビヒーモス戦が終わったら、必ず」
口をおかゆでいっぱいにしながら、きりっとまなじりを吊り上げる勇者アリス。
……おいおい、ビヒーモス戦後も残る確約をしてしまったぞ。
「まだまだ、この世界はこういう小さな所から改善して行けるってことですよね……私、コックになって究極のメニューを作ります。そうすれば、召喚された人達の不幸も、ちょっとずつ減らすことが出来るはず。……俄然やる気が出て来ましたよ、先輩」
「こっち見んな」
なんで俺の方をライバル意識を燃やすような目で見ているのか。
俺は至高のメニューを作るつもりはないからな。
さっきまで師弟関係だったと思うんだが、その点では俺には譲れないって事なのか?
……ひょっとして、俺の存在が勇者アリスを余計にたきつけてしまったのかも知れないという可能性は、いまは考えたくもなかった。




