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92 召喚食

 ともかく、俺も勇者アリスももうボロボロの体で、これ以上戦闘を続行するのは不可能だった。

 この世界にやってきて、ようやく初めての休憩を取る事にする。


 メニューを呼び出し、休憩申請を選択する。


 休憩申請:現在、最大で4時間15分の休憩ができます。

 休憩しますか? Yes/No


 すげぇ、4時間15分も休憩できるのか。

 仮眠ぐらいだったら取れるかもしれない。

 というか、もう17時間も戦ってるんだな、俺。

 ネトゲだったら日常茶飯事だったけど、改めて体壊す生き方してんな、俺。


 いまだにふらふら危なっかしい勇者アリスに肩を貸しながら、俺は戦場の洞窟にいったん引き返した。

 壁際に鍾乳石の柱で囲われた小道のような物があったので、別の勇者連隊の邪魔にならないよう、そっちを通りながら市街地中央へ。


 とりあえず、転移門の真正面にある行きつけの店に顔を出すと、相変わらず前髪で表情の窺えないロコさんがいた。

 店は相変わらず閑古鳥が鳴いていて、時折、棚のガラス瓶がビヒーモスの足踏みにあわせ、かちゃかちゃと音を立てている。


「おう、景気よくライフゲージ削れてるじゃないか。とうとうビヒーモスが第三形態になった感じ?」


「そのものずばりですけど、ロコさんって元勇者かなんかですか? やたらと詳しい気がする」


「うん、5年前にちょっとねー。生産職だったから、戦場はあんまり詳しくないけど、この世界に絶望すんのはどこに居ても変わらないから。休憩するんだったら、なんか食ってく?」


「あー、そういや、何も食べてないな……じゃあ、俺とこいつの分、お願いします」


 果たして、勇者アリスは食欲があるのだろうか。分からないが、どうせ俺のおごりなので構わないだろう。

 窓の近くのテーブルを選んだが、外もまさに戦時中といった町並みなので、雰囲気を楽しむどころではなかった。どこか落ち着かない。俺と勇者アリスは防空壕にいるみたいに、背中を丸めて小声で会話をしていた。


「……つまり、あいつらはあいつらで、軍の特殊クエスト受けてて、データ集めてんだよ。だからお前の訓練とは全然関係ないんだ。分かった?」


「そうですか……やっぱり先輩、軍の関係者って言うのは、本当だったんですね」


「いや、だから違うって……あ、けど、もうあながち間違いでも無いのか……」


 エモンド曰く、ここまで事件に関わったらもう軍の関係者だそうだ。

 まさに嘘から出た真、という感じである。どうやって説明すべきか。


「えーと、話すと長いんだけどさ……軍の特殊クエスト受けてる連中って、ちょっと訳ありで、お前の訓練中に……あー、勝手に言っていい話じゃないよな? これって」


「もう私は仲間はずれですか……? わ、私が、ホバリングを習得するのが遅いから……ですか? ぐすっ、うううぅ……」


「だ、だから、そうじゃねーよ! 泣くな! とにかく、俺がお前を鍛えるって約束とは、完全に別件だから気にすることじゃない。そ、そうだ。ついでに言うと、あの戦術を開発したのが、勇者ドバルって奴でさー」


 俺は勇者ドバルのお陰、というのを強調して、これまでの経緯を説明した。

 せっかく開発に関わっていたのに、俺は攻略法に気づかなかった、惜しいことをした、という風に。


 ……何のために?


 俺は、勇者アリスの真っ直ぐな眼差しを受けて、ようやく我に返った。

 目の真っ直ぐさだけは、補正もなにも要らない。


 俺は一体、こいつに対して何を隠したかったんだろう。

 彼女も、知るべきなのだ。

 こいつもこの世界で唯一、故郷の運命を背負った、MPゼロ勇者なのに。


「……わかった、これからお前にはぜんぶ本当の事を、言うから」


 金儲けを企む『飛竜』の陰謀が、大勢の勇者達を巻き込んだ事。

 俺もこれまでそいつの陰謀に巻き込まれて、ステータスをいじくられていた事も、すべて伝えた。

 飛竜のツメインストラクターという称号も、あれも飛竜が勝手につけたものだ。


 偶然攻略法を発見してしまったから、封印していた事については、さすがに言い淀んだが……もう隠し立てしている意味は無いだろう。

 全ては、地球を救うためだった。

 MPゼロ勇者が活躍すると、今まで安全圏にあった筈の、元の世界の人間がこの世界で戦わされる恐れがある。

 強い勇者が戦わず、弱い勇者が戦わされる、高性能兵器、飛竜のツメを中心とした、そういう不平等な未来がやってくる。

 その考えに、勇者アリスは少し青ざめた表情を浮かべた。


「そうですね、もし家族や友達が、こんな世界で戦う事になったら……そう考えると……」


 そう言って、彼女は俯いた。

 彼女には、俺とは違って、元の世界に大勢の知り合いが居る。

 しかし、次の瞬間には、真っ直ぐ俺の方を向いて。


「けど、奇跡を起こす為なら、あえてどんな苦痛だって受け入れられると思う人だって、中には居ると思います。その人達から選択の機会を奪うことは、私は間違っていると思います」


 ……そうか。

 ……そうだよな。

 たぶん、俺は恐かったんだろう。勇者アリスが、この答えを返す事が。

 勇者アリスなら、こういう正論を言ってくるだろうと思っていた。


 きゅっと眉をつり上げ、じっと俺を見ている勇者アリス。

 俺はその視線を受けながら、いつの間にか彼女をにらみ返していた。


 いま、彼女は俺と同じ世界を見ている。

 けれど、同じ世界の、まったく別の側面を見ている。


 俺にも、たったひとつ、分かった事がある。

 この絶望の世界に『絶望』が存在する以上、そこには『希望』も確かに存在しているという事だ。

 それらは、表裏一体なのだ。完全な『絶望』など、存在しない。それらはコインの裏表のように、常に入れ替わり続ける。

 ……同じ世界を見ているのに、『絶望』を危惧する俺と、『希望』を求める彼女では。

 ……最初から、お話になんてならないのだ。


「……ありがとうございます、先輩」


 すると、ぺこり、と勇者アリスは頭をさげた。


「えっ?」


「先輩が、私の事を戦わせたくないと仰っていたのは、そうやってご自身の世界だけじゃなくて、私の世界の事まで心配してくださっていたからなんですよね……大丈夫、全員が幸福になる道は、必ずあります。今はまだ分かりませんが、これからその方法を、一緒に考えて行きましょう」


 ……こ、こいつ、ポジティブだなー……。

 ……そんな方法あるわけねぇよ、なんて簡単に言えないしな-。現に勇者ギルドみたいなのも実現の可能性はあったわけだし。

 ……けれど、現実問題として、その可能性は『絶望』に終わってんだよな。不確定要素が多すぎて、途中で何が起こるか分からない、だから大体それで失敗するんだよな。

 もういっそこの世界見捨てればいいってのは、それはそれで絶対正しいわけだけど。

 だめだ、俺みたいなクズには思いつかないだけかもしれん。……これ以上考えても無駄だ。


「まあ、ドバル戦術についてだが」


「はい」


「お前がホバリング訓練している間に、たまたま、本当に偶然見つけたんだ。たぶん、勇者ドバルが発見してくれなかったら、絶対に出来なかったと思う。だから俺は、普通の勇者なのに、ちょこっと巻き込まれて、ちょこっと知ってるだけなんだ」


「そうですか、なるほど……じゃあ先輩、あれ何かコツとかあるんですか?」


「ああそうだな……ストームで岩を浮かせてから、4秒後にダッシュに切り替えて、それから3秒溜めてジャンプすると上手く乗れたと思うけど。タイミングがシビアなんだよなー。……俺とお前の体格にてるから、大体これを目安にすればいいんじゃ無いかと思う」


「先輩、無関係なのにずいぶん詳しいんですね……?」


「いやだから、さっき言ったじゃん、開発に携わってただけだって……あ、岩に乗った後はビヒーモスまで長距離ジャンプするんだけど、ホバリングを応用したら割と簡単に出来ると思う。お前、もうホバリングは使えるよな?」


「はい、さすが先輩です。この為の準備だったんですね」


「ほ、ホバリングは……全ての基礎だからなッ。だから、偶然役に立ったんだッ」


「なるほど……深いお言葉です」


 勇者アリスから俺に注がれる尊敬の眼差しがハンパなかった。

 どうしよう、もうこれは師弟フラグ確定しているんじゃないのか。

 俺に教えられる事なんて、本当にもう何もないのに。

 というか、現在進行形で俺には第三形態の攻略方法が分からない。

 近づくとダメージ食らうって、一体どうすりゃいいんだ?


「ともあれ、第三形態で厄介なのは『体温』だな……俺たちはHPが低いから、ビヒーモスに近づいただけで、あっという間にHPゼロになる」


「先輩、どうすればいいんでしょう?」


「ロコさんに聞いた方が詳しいかもしれない。さっき勇者だったって言ってたし」


「はっ……す、すみませんでした、せっかくその為にこの店に連れて来て貰ったのに、その意味にぜんぜん気づかなくって……」


「そこまで深い伏線とか張った覚えないよ!? もうちょっと気楽に食事しようよ!」


「は、はい、ありがとうございます……ううっ、ぐすっ、が、頑張ります」


 そのとき話題のロコさんが、両手に皿を持ってやってきた。

 なにやら美味しそうな匂いのする、湯気の立つ深皿だ。


「やっぱその子、お前の同郷? 黒目黒髪だし」


 勇者アリスが、ぎくっと肩を震わせた。

 そうだ、それは俺も知りたい。

 個人情報に関してはうるさい子だったので、今まで触れないでおいたのだが。


「……な、なんですか、その料理! すごく気になるんですけど!」


「気になるの? まあ、食べてみなって」


 ロコさんがテーブルに置いた深皿には、おかゆのような物が入っていた。

 その上にぐずぐずの豆腐とかとろろみたいな物がかかっていて、ラー油みたいな油がオレンジ色を呈している。

 匂いはなぜか、草原の香りがした……あと、よく嗅いでみると濃厚なチーズの匂いがする。


 俺と勇者アリスは押し黙った。

 ……他の要素はすべて美味しそうなのに、『草原の香り』が全てを台無しにしていた。

 ……おかゆだよな?

 一体、どんな食材をどう調理したら、爽やかな草原と同じ匂いを発するというのか。

 正直、あまり食欲をそそられるような食事ではない。

 勇者アリスの前に同じ料理が置かれると、彼女は思わず顔を背けた。


「う……ううぅッ」


「あ、すんません、彼女ちょっと具合が悪いみたいなんで」


「えー、けどもう作っちゃったじゃん。じゃ、お前2人分食べる?」


「いえ……それ以前に、これなんですか?」


 ロコさんは、腰に両手を当てて、自慢げに、


「召喚食」


 と言い放った。

 ……なんでも召喚ってつければいいってノリは、やめて欲しい。

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