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91 ドバリング

 痛みを伴う熱気に、全身を焼かれた俺は、そのままやる気を失った。

 HPを5残して、圧倒的な戦意喪失。


 俺の最大HPは9、そのうち、熱波で削れるHPは2ぐらい。

 つまり、単純に考えれば5回まで凌げるわけだが。

 人間は体に火がついても10秒間なら耐えられるというから、体に2秒、火がつくようなものだ。

 あと6秒は耐えられるからって頑張れない、マジで洒落にならない。もう本能的に恐くて無理だ。

 だからって家にあるライターで実験とか絶対にすんな、地球は今ごろ花火の季節かもしれんので念のためだ、本気で危険だから止めてくれ。


 近づくだけで死ぬ。ビヒーモスはまるで太陽みたいだ。

 引きこもりの俺は精神的に致命的なダメージを食らった。


 太陽恐い。太陽恐い。太陽恐い。


 あと3回衝撃波がくれば、俺はもう終わるはずだった。

 なるべく熱気の当たらない場所に逃げる気力も無ければ、吶喊していって玉砕する気力も無い。

 もういっそ、衝撃波が来い。


「先輩――ッ!」


 そのとき――。

 そいつは、俺と同じ高台のスロープから姿を現した。


 ふわふわ浮かぶ飛竜のツメを真っ直ぐに立て、それにぶら下がるように体を預け、酔っ払いのような足取りでふらふらしながら、スロープを降りてくる。


 出た。

 出てきてしまった。


 全体的に俺にも劣る能力と、泣きながら敵に立ち向かう鋼の意志と、謎のチート能力を併せ持つ、最悪のMPゼロ勇者。

 地球の運命をも左右しかねない、ある意味運命の勇者。


 俺は青ざめた。涙さえ出て来た。ちくしょう、なんてタイミングで復活しやがるんだ、こいつは。

 格納庫Aの無限ループに封印してから、7時間。


 勇者アリスが、ついに復活してしまった。


 この世界には、絶望しかねぇ。


「せ、先輩、だ、大丈夫ですか……」


 封印が解かれた勇者アリスは、スロープの途中でへばっている俺の姿を認めると、じりじりと近寄ってきた。

 非常に真っ青な顔をしている。膝もがくがく震えている。


 もうこいつ、戦闘不能状態なんじゃなかろうか。

 なんでこんな状態で歩いてるんだ。なんでこんな状態でまだ戦おうとするんだ。

 もう俺には信じられない。その消えない闘志を宿している目が、俺と同じ漆黒の目だという事さえ信じられなかった。


「お、お前が、大丈夫かよ……」


「へ、へっちゃらです……もう完璧です、ホバリングも、上下左右、もうどっちでもいけますよ……」


 完全に『などと供述しており』だ、足が上下左右自在にステップを踏んでいる。

 彼女の戦う意志を止める気力は、俺にはもうなかった。

 というか、もう俺が止めた所で、無理だろう。


「そうか……じゃあ、俺がお前に教えられる事は、もう無いな。達者でな」


「えっ? せ、先輩、何を言ってるんですか……だってまだ、ビヒーモスと戦う方法は……おろろろろろろ」


 口を押さえて、その辺にうずくまった。

 ああ、やっぱり無理だったか。

 落下のし過ぎだ。


 こんな往来のど真ん中でゲロ吐く女の子とゆっくり心中できない。

 俺と勇者アリスは、這うようにスロープをさかのぼっていって、熱気の届かない通路の奥まで何とか移動した。


「うう……先輩、私、たとえどんなヒロインになったとしても、ゲロインにだけはなりたくないと思ってました……」


「あいにくだけど、この世界には絶望しかねぇよ」


 床がまだ硬い状態なので、砂礫の壁の高さもそれほどない。ビヒーモスの肩ぐらいの高さに引き返すと、熱波も届かないみたいだ。

 肋骨の柱の隙間から、僅かにビヒーモスの姿が見える。

 げほげほむせかえる勇者アリスの背中をさすってやって、俺は戦場の方を指さした。

 ビヒーモスの方を見やった勇者アリスは、言葉を失った。


 遥か遠くの別の高台の上に、巨岩がふわふわと浮かんでいる。

 そしてそれの上に跳び乗ろうと苦戦する、大勢の飛竜のツメ使い。

 上手く上に乗った勇者も、再び降りている。

 本当はあの後、ビヒーモスに向かってジャンプで飛んでいくんだけどな。

 特殊クエストで、スキル開発のためのデータを収集しているんだろう。

 なんか大勢で不思議な動きを練習しているみたいに見える。


「なんですか、あれ……あんな大勢で、あんな動き。今まで見たことが……ハッ。ひょっとして、先輩の新しいお弟子さんか何かですか! いつの間に、あんなに沢山……!」


「俺は少林寺の師範か何かかよ。……いや、俺は元々、弟子なんて取るつもりないから」


「そんな……つまり私はもう破門って事ですか!? お、お願いします! 見捨てないでください! なんでもしますから!」


「ん? いまなんでもと……じゃないって。お前の中の俺はどんだけデカい存在になってんだよ。本当に面倒くさい後輩だな。……見捨てないよ、あれが次の訓練だ」


「あれは……一体なんの訓練をしているんですか?」


「訓練しているって訳でもないけどな。『ドバル戦術』だ」


 どうやら、勇者アリスはようやく理解した様子だった。

 そう、あれが俺に教えられる、ホバリングの次の段階。……『ドバル戦術』だ。


 宙にぷかぷか浮かぶ、忍術みたいな技を目の当たりにした勇者アリスは、小さく呟いた。


「ホバリングの次だから……ドバリングですね」


「上手い事言ったつもりか」


 まったく無駄なネーミングセンスだった。

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