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90 第三形態

 ――結局、立てこもり勇者達は脱落者を除く1659名が特殊クエストを受理し、前線に復帰した。

 脱落者は163名、全体のほぼ1割。これが多いのか少ないのか分からないが、この救いようのない世界に改めて絶望した彼らは、軍に捕らえられ、そのまま元の世界に強制帰還された。


 恐らく、彼らがこの絶望の世界に再召喚される見込みはゼロだろう。

 悪い夢を見たとしか思えないこの世界での戦いを記憶に残したまま、元の世界で勇者として戦い続けるはずだ。


 残った1659名の勇者達も、誰もがビヒーモスを倒す新しい戦術の開発に、胸を躍らせているという感じではない。


 勇者クレゾールを発端にして、生まれた勇者達の輪。その輪に勇気づけられ、勇者クレゾールの為にこの世界で戦うと決意した彼ら。それが勇者クレゾールの裏切りによって崩壊し、行き場を失った戦意を無理矢理そこに向かわせているようだった。


 どの顔も勇者クレゾールの事は忘れ、今は新しい『希望』に集中している。集中することで様々な苦悩を克服しようとしている。


 魔力炉の不気味なエリアを抜け、他の勇者達と群れを作って市街地をダッシュしていく。

 人気のない石畳の町中を、勇者達が剣を腰だめに構えて飛んでいくのは、今までに無い迫力があった。


 いや、彼らはまだ、勇者と認められていない。

 特殊クエストという軍との特殊な契約で動いている、勇者未満の存在だ。

 言わば、特殊勇者である。


 実は、軍の調査で分かったのは、彼らに『不正な報酬を受け取った形跡がない』、という事だけで、まだ容疑者なのには変わりない。

 まだ《評議会》と、裏で繋がりを持っている仲間が何人か、潜んでいる可能性がある。


 ビヒーモス戦が終わって、彼らが元の世界に帰還し、この事件が解決を見るまで、彼らがこの世界に再召喚されるかどうかは分からないのだ。


 だから、勇者ギルドが他の惑星の召喚禁止をする代わりに、召喚に必ず応じる約束をする、という提案ができない。

 いくらその意志があった所で、再召喚されるかどうか未定では、戦力になる以前の問題だ。

 ゆえに、特殊勇者だ。


 だからこそ、勇者グルツは解散という道を選んだ。

 この特殊クエストは彼らにとって、最後のチャンスとなる。

 ここで成果を上げれば、まだチャンスは残されている。

 軍も貴重な戦力を、むざむざ失いたくはないはずだ。


「急げ! もうすぐ第三形態になる!」


 さらに、問題はそればかりではない。時間が足りないのだ。

 そう、制限時間である。

 彼らが立てこもる前に取り決めていた、ビヒーモス戦に影響の出ないギリギリのラインを、とっくに超えてしまっていたのだ。


 市街地の中ほどを走っていると、そんな俺たちの元に、ようやく幼女軍師の声が響いた。

 視界の隅に現れたのは、また久しぶりの幼女軍師だ。

 むすっとしている。

 口をへの字に曲げているとか、分かりやすいキャラだ。

 もう相当ご立腹の様子だ。


『ようやく戦う気になったか、ふぬけ共め!

 お前達が遊んでいる間に格納庫Bが陥落したぞ! さっさと前線に戻ってこい!』


 総プレイ時間42時間11分51秒。

 格納庫B陥落の報せに、俺たちは焦った。


 どうやら俺が3時間も死んでいる間に、とうとう格納庫Bがやられたらしい。


 俺の瓦礫撤去クエストは……成功。

 どうやら幼女軍師が上手く人員を操作して、完了させてくれたらしい。さすがはできる中間管理職だ。安心感が違う。


「まずい、時間がかかりすぎている、急ぐぞ!」


 古参たちが声をあげ、ジャンプも使って、建物の屋根を跳び越え、次々と先を急ぎ始めた。

 立体起動みたいな動きしてやがる。


 こんな町中でジャンプなんて使う度胸、俺にはない。俺や新参の勇者たちは、とにかく全力でダッシュを続け、それに追いすがった。


 俺たちが心を一つにして叶えようとした願いは、飛竜のせいで無惨に打ち砕かれた。

 それでも飛竜のツメに頼らなければ、俺たちはダッシュすらできない。

 俺たちが護らされているこの世界の軍が、多くの問題を抱えているのは分かっている。

 それでもその軍のいいように戦わされて、勇者として認められなければ、俺たちには声をあげる資格さえない。


 もどかしい。

 もどかしい事だらけだ。

 しょせん、世の中なんてそんなもんなのか。

 最初に諦めていたはずだ。分かっていたはずだ。

 まったく、世の中は理不尽に出来ている。


 戦いは俺たちに割に合わない苦痛を強いるし、信じていた仲間はいずれどこかに消えてしまう。

 最後にはどうでもいい報酬とどうでもいい仲間と従いたくもない連中に従ってずるずると生きている。


 次から次へと別の『希望』を求めて、前の『希望』が『絶望』に変わったことを意識的に除外してゆかなければならない。

 そしてそんな芸当が出来るのは間違いなく強者だけだ。

 意識的にも、無意識的にも、弱者に『希望』を与えなければ生きられない連中。

 それが強者という存在であり、つまりは勇者なわけだ。


 おかしい。

 おかしいじゃないか。

 何が一番おかしいって、俺が一番おかしい。

 じゃあ、なんで俺はまだ走ってんだ?

 これだけ走ったんだから、もういいだろ。

 もうそろそろ、限界の筈だ。

 俺もそろそろ、『絶望』してもいいはずじゃないのか?


 特殊クエストで『No』を選択して、うまく他の勇者達に紛れていたのに。

 どうせダメ軍隊だし、俺も間違って連れて行くかもしれない、なんて『希望』を抱いた俺が甘かった。

 兵士達が次々と勇者達を連れて行く中、俺だけ華麗にスルーしていった時の絶望感を思い出す。


 なんでこういう細かいところはきっちり仕事出来るんだあいつら。

 腐っても軍事組織という事か。


『ビヒーモスが格納庫Bを突破! 格納庫Cに侵入した! 第五十勇者連隊は全員、格納庫Cに集合しろ!』


 幼女軍師の声が、再び響く。

 市街地中央の転移門をくぐると、戦場の洞窟で、他の勇者達の流れと合流した。


 久々の第五十勇者連隊。名前は知らないが、ちらほらと見覚えのある奴がいる。俺に辻プロテクトをかけていった、狼頭の勇者もいた。

 5000人もいるのに、どこか懐かしい顔ぶれのような気がした。


 瓦礫撤去クエストが始まってから、ずっとご無沙汰している。

 まっすぐ前だけを向いて進む勇者達の中に身を浸していると、不思議な安心感と、高揚感が俺を後押しする。


『間もなく、ビヒーモスのライフゲージは二本目が潰えようとしている!

 各勇者達は、第三形態の発動に備えろ!』


 勇者達は次々と数を増し、格納庫Cの転移門へと飛び込んで行く。


 淡い光をくぐり抜けると、風景がぐにゃりと歪んで、俺は見知らぬ転移門に飛んでいた。

 格納庫Cの転移門だ。

 他の格納庫と構造は同じだろう、道なりに進んでいくと、洞窟の途中に格子が並んでいて、格納庫の中を見下ろすことができた。

 肋骨のような岩の柱の隙間から、巨大なビヒーモスの影が見える。


 ――熱い。

 その姿を見た途端、ヒーターのような熱気が吹き付けてきた。


 格納庫Cの空気は、洞窟の中だけあってひやりとしている。

 この熱気は、たぶん、ビヒーモスの体温だろう。

 まだ火を噴いた形跡が見当たらない。


「まだ外壁が崩壊していない! 待つか!」


「いや、いったん床まで降りる!」


 ドバル戦術は、破壊されてむき出しになった高台がない事には、使えない。

 足場に使えそうな大岩もまだ落ちていなかった。ビヒーモスは、新しい格納庫の内部を、きょろきょろと見回している段階である。


 そのうなじに向かって、5000本の氷柱の雨が降り注ぐ。

 次々と蒸発し、水蒸気に化けていく。

 ダメージは3から4。低い。

 しかし、相手の熱を奪っている。

 なんらかのデバフ効果があるようだ。


 温度差のせいで強い風の吹くスロープを、俺たちは一番下までくだりきった。

 ほとんどビヒーモスを真下から見上げる位置に、勇者達は並んで待機していた。

 つまりそれは、衝撃波がまっすぐ俺たちの居る場所に届く位置でもある。


 真下から見上げて、こいつ、こんなにデカかったか、と俺は驚く。

 全身の鱗がボロボロと剥がれていて、もう残っている方が少ない。


 皮膚の向こうから懐中電灯を透かしているみたいに、全身が熱く、ぼんやりと光っている。


「行くぞ!」


 ビヒーモスが真っ赤に焼けた鉄の棒みたいな足で、地面を踏みつけた。

 それが戦闘の合図となった。

 途端に、ビヒーモスの全身を覆い隠すような砂礫の壁が立ち昇り、勇者達はそれを跳び越えてさらに先にいく。


 周りの勇者達が鳥の群れみたいに飛んでゆくのを見て、俺もそれに続こうとした。


「……うぅッ!?」


 凄まじい熱気が吹き付けてきて、思わず怯んでしまった。

 なんだ今のは。

 まるで真夏の太陽のような、凄まじい熱さだ。


 他の勇者達から出遅れ、そのまま出て行くタイミングを見失ってしまった俺は、スロープの奥の方にジャンプで飛び込んだ。

 砂礫の壁が間一髪、壁際でひときわ高く打ち上がり、凄まじい熱波がスロープの奥まで吹き込んできた。


 ヤバい熱さだ。

 顔をダラダラと汗が伝っている。

 熱い。

 めちゃくちゃ熱い。

 呼吸するのも難しい。


「く……まじ、で……」


 気がつくと、大量の汗に混じって、俺の手に赤い液体がついていた。

 鼻から血が出ている。

 エモンドの奴、ちゃんと回復しなかったのか……などと愚痴っていると、視界にはライフゲージが現れていた。

 なぜかHPが2ほど削れていた。


「……は?」


 ……余熱だけでダメージを食らった。


 今までになかったその熱源は、分かりきっている。

 ビヒーモスはその全身から、信じがたいほどの熱量を放っていた。

 その真っ赤に焼けた全身に、無数の勇者達が軍隊アリのように群がっていく。


 その勇者達のライフゲージが、少しずつ削れているのが見えた。

 接近しているだけで、その体温でダメージを食らっているのだ。

 ……反則だ。

 ただ存在しているだけで、ビヒーモスの周囲がトラップエリアになっているのである。

 こんな怪物、昨今のネトゲでも見ないぞ。


 ――これが第三形態。

 ――もう無茶だろ。


 HP9しかない俺は、一体何をしろっていうんだ。

 近づく事さえ不可能。もう絶望するしかない。


 再び、衝撃波が格納庫全体に広がった。

 砂礫の壁が熱波と砂風を送り込み、俺のライフゲージがさらに2削れた。

 ここにいるのも危ない。

 エモンドが俺のステータスを見て、驚いていたのを思い出した。なんでHP9しかない勇者がいるのか。そう、なんでいる? 俺が聞きたい。なにか俺の存在価値でもあんのか。

 熱によって体力を奪われていく俺は、為す術もなく、その辺の壁にもたれ掛かった。

 HPが残り半分になっている。やる気はゼロだ。俺はそのまま、ずるずると床の上に横たわった。


 ビヒーモスの二本目のライフゲージは、ついに消滅していた。

 勇者たちの戦いは、さらに続く。

 そして残るは、無傷の三本目だけとなっていた。

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