89 立てこもり勇者達の解散
やがて俺の視界の隅に、クエスト受注による変化が表示された。
通信機能:待機→新規特殊クエストの受信
【詳細】
特殊クエスト「新戦術開発」の依頼を受けました。
分類 特殊クエスト
依頼主 イスクリード公国軍
期間 ビヒーモス戦終了まで
【備考】
対ビヒーモス戦用「ドバル戦術」の研究および開発への従事。
このクエストを受けますか? Yes/No
……なんか嫌な戦術名だった。このしっくり来る感じが嫌だ。
Yesを押すことにものすごく抵抗を感じる。
なんで勇者ドバルがあの攻略法を軍にリークしてるんだ、円卓会議でも秘密にしておいたのに……。
まあ、やってしまったものは仕方ない。遅かれ早かれ、いずれ誰かが発見した攻略法だ。
地球にとって問題となるのは、MPゼロ勇者が活躍してしまう事だけだ。
その確率が増えてしまうのは、避けようがない。
俺にできるのは、手の届く範囲でどうにかそれを阻止することだけである。
けれど、地球が救われる可能性は、決して無いわけでは無いんじゃないかと、立てこもり勇者達を見て、俺は考えはじめていた。
リーダー格の勇者達の反応を見ていると、彼らもみな悩んでいた。
「『研究および開発への従事』か……基本的に言いなりになりそうだな」
「特殊クエストとクエストは違うのか?」
「大分違う。これを結ぶともう、立派な契約だ。破棄すると罪に問われる」
「つまり、もう後には引けないという事か……」
勇者フリッツによると、俺たちが召喚に応じた時点で、召喚師と勇者の契約は絶対なのだが、軍と勇者の契約はまだ完全ではないのだという。
詳しい事は聞いていないが、そういう経緯があって、軍が勇者に与えるクエストは、かなり勇者の自己裁量が認められているので、勇者がその場で「正しい」と判断すれば、たとえどんな命令違反をしても、後で軍と勇者どっちの判断が正しいか、軍法会議にかけられる事が出来る。
軍はあまり俺たち勇者やその上の召喚師と喧嘩したくないので、勇者達が独自に事件を解決する円卓会議なるものを設けて、なるべく軍法会議そのものを避けるなど配慮をしている。
結果的に、勇者は罪に問われない事が多いのだそうだ。
――しかし、特殊クエストは軍と勇者が直接契約を結ぶ行為だ。召喚師にとっても契約は絶対であり、この世界の生命線である。違反するとその時点で違反した方の罪が確定する。
特殊クエストは、その内容もすでに特別な認可を受けていて、取り下げはできない。これが他のクエストとは明確に違う点だ。
そこまで踏まえた上で、じっくりと、今回の特殊クエストの内容を確認してみる。
ビヒーモス戦が終了するまで戦わされる、さっきみたいに逃げることは許されない、特にそれ以外に問題は認められなかった。
別に、違法な契約内容、と言うわけではないだろう。
だが、自己裁量が認められていない時点で、彼らは軍に『勇者として認められていない』、と言うことでもある。
――この世界で戦果を上げるなら、これが最後のチャンス、という事だ。
立てこもり勇者達が、再び勇者と認められるか否か、それがこれで決まる。
この世界の戦いを全て投げ出したいのなら、拒否したって構わない、そういう事だ。
勇者グルツが鬼の顔を額から顎まで、つるり、と撫でた。
「お願いだ、お前達はこの特殊クエストを受けてくれ。ここが勇者として復帰できるかどうかの瀬戸際だ」
「勇者グルツ、まだそんな事を言ってるのか? こんな契約を結んでみろ、俺たちはもうお仕舞いだ」
「今はまだ堪えろ、俺たちがもう一度再結成するチャンスはある」
「……他の連中はともかく、直接勇者クレゾールと関わっていた俺たちはもう無理だ。勇者として軍と掛け合うことも許されない、再召喚されるかどうかだって絶望的だ」
「それは、勇者クレゾールが完全にクロと決まった時の話だ」
他の勇者達は押し黙った。彼らの顔を、勇者グルツはぎろりと眺め渡す。
「あいつが捕まって、クロだと決まったとき。その時以外に俺は俺たちの戦いが終わったと認めない。俺たちには、まだ『希望』が残されている……手を出せ」
手を差し出すと、その上に、周囲のリーダー格の勇者達の手が重なって。
小さく呟く声が聞こえた。
「今までの俺たちは、この世界に絶望して、召喚行為そのものを否定する事しか考えていなかった。
……けれど今はもう違う、戦えない勇者がいたら、他の勇者がそいつの為に戦うという選択肢がある事を理解した。
俺たちの中で、兄妹はまだ生きている。召喚によって兄妹が不幸になるのを救って、召喚によって兄妹が幸福だけを得られるように、俺たち勇者がこうして手を取り合って、助け合う方法がある事を理解した。
お互いの星がピンチになったら、俺たち勇者が助け合わなきゃならない。その単純な理想は、誰にも否定されてねぇ。
たとえこの先、俺たちがバラバラになる未来しかなかったとしても、俺はもう一度この勇者ギルドを建て直す事を諦めねぇ。俺たちの理想を次に伝えなきゃならなねぇ。
再召喚されるかどうかなんて細かいことは気にするな、今はただ、前を見て戦ってくれ。そして真っ直ぐに帰還してくれ。最後に帰還するのは俺ひとりで良い。俺がお前に与えられる『希望』は、このくらいだ」
勇者たちは、お互いにじっと見つめ合った。
勇者グルツは、最後にひとこと言った。
「じゃあな、解散だ。この世界で生きていたら、また会おう」
こうして、最初の勇者ギルドは結成の日の目を見る直前に解散した。
『立てこもり勇者』達の悲喜こもごもがある中、俺はただひたすら悩んでいた。
1822名の勇者達が良い雰囲気で、次々とYesを選んだり、またそれでも戦意を喪失したまま、強く帰還を望んでNoを選んだりする中。
俺は、いまだにYes/Noのどちらを押すべきか、悩んでいた。
――俺って、このクエスト受ける意味あるんだろうか。
どう考えても、俺はとばっちりだったのだった。




