08 再召還までのインターバル・前半
深い、深い、深い。
恐ろしく深い。
地下空洞は恐ろしいまでの深さがあり、
俺は延々と落下し続けた。
右にも左にもただ湿った岩のにおいがするだけで、
そこは一筋の光も射さない。
地面に叩きつけられたら、
間違いなく即死だった。
死んだら死んだですぐに蘇るので、
問題なのは痛いか痛くないか、なのだが。
だが、いつその瞬間がやって来るのか、まるで掴めない。
暗闇の中を落下しながら、
俺は徐々に冷静になりはじめた。
そうだ、なにか考えるから恐いんだ。
なにも考えなければ闇はただの闇だ。
ついに忘我の境地にたどり着いた俺が、なるだけぼんやりしていると、不意に何者かがしがみついてくる。
「よぅ! どうしたんだ少年! お前も落ちたのか!」
暗闇の中に、ぼんやりと見知らぬ顔が浮かび上がっていた。
手の平がぼんやりと光を放ち、
人懐っこい男の顔を照らし出す。
「え、ええ……と」
「俺は勇者ドバル! 俺も落ちたんだ! よろしくぅ!」
名乗ると、
ドバル 第五十勇者連隊所属 勇者番号 WAD-65209号
HP 600/670
MP 350/350 MP構成:チャクラ
の文字が浮かび上がった。
ようやく、同じ召喚者なのだと分かり、ほっとして返事をする。
「お、俺は勇者マキヒロ!」
「ああ!?」
「勇者マキヒロ!」
「マキヒロ! へぇー! お前MPゼロなの! リア充(=MPゼロ)なんだ! 初めて見た!」
こっちはMPゼロ=リア充なんて使い方する奴をはじめてみたんだが。
そういや、MPゼロのキャラクターなんて普通のゲームにはいないな。
落下中のため、かなり大声で話したのに、風圧で声が届かない。
お互いに召喚言語を使っているため、唇の動きからは何をいっているのかさっぱり把握できないのだ。
意思の疎通には大分苦労した。
勇者ドバルは手の平から淡い光を放っていて、それでなんとか顔を見る事ができる。
まあ、風圧でへしゃげて見れた顔ではないが。
その顔は落下中だというのにずいぶん余裕に見えた。
ステータスにMP構成:チャクラとあるので、チャクラと呼ばれるエネルギーを使っている物と思われる。
忍界大戦の世界からでも来たのだろうか。
「勇者マキヒロ、なんでそんな恐い顔してんだよ、もっと気楽にいけよ気楽に!」
「話しかけられたから集中とぎれたんだよ! お前さ、なんでそんなに平気でいられんだよ!」
「地面に落ちないからさ!」
「落ちない!?」
勇者ドバルが指さした先には、漆黒の闇が延々と続いている。
「ひょっとして……地面がないのか!?」
「あるあ……ねーよ!
この第一宇宙は柔らかい宇宙で、時空をねじ曲げるのにそんなに力が要らないんだって!
だから惑星のコア付近みたいな圧力が異様に高い場所は、
ワームホールがうようよできてて、半分無限ループ状態になってんのよ!」
「じゃ、永遠に復活できない訳か!?」
「ああ、たぶん! 運が良ければどっかに出るし、壁の中に入って動けないとかもあり得る! 召喚師さまが再召還してくれるのを待つしかねぇ! 俺はもうかれこれ5分ちかく落ち続けてるよ!」
どうやら俺たちは無限ループにはまって抜け出せないらしい。
公国勇者師団の召喚師はたしか2000人、亀裂に飲まれた兵士をすべて召喚するには、人手が足りないのだ。
無限ループにはまって動けないのでは仕方ない。
しばらくぶりの休息、という事にしよう。
暗闇を真っ直ぐ指さしながらダーツのように落ちて行く勇者ドバルと共に、俺は延々と無限ループを落ちていった。
「ところで勇者マキヒロ! お前さ、なんでリア充なのに勇者になろう、なんて思ったの!?」
「俺は……」
ドバルの指摘には間違いがある、
勇者になろうなんて、俺はかけらも思っていなかった。
いや、思っていなかったはずだ。
けれど俺は返答につまっていた。
バージリーの屈託のない笑顔を思い出しながら、俺は奥歯を噛みしめた。
よく考えたら、寝ているうちに俺の同意もなく召喚したんだから、俺に拒否権はあったはずだ。
帰らせてくれと頼む事もできたはずだ。
なのに、どうして流れで戦う事になったのか。
あのときに帰らせてくれとひと言言えなかったのか。
つまり、あのとき俺は、なんで勇者になろうなんて思ったんだ?
「寝ている間に、気が付いたら召喚されてて、それでなし崩し的に勇者になったんだよ! 悪いか!」
なし崩し的に、という言い方で誤魔化した。日本語は曖昧で便利だ。
勇者ドバルの脳裏に、どんな風に翻訳されているのかはしらないが。