88 新戦術
「注目! 『立てこもり勇者』達よ!」
魔力炉の一角で、なにやら話し合いをしていた軍の兵士達が、とつぜん俺たち勇者に向かって声をあげた。
兵士のリーダーらしき男が、先頭に出て来て、言った。
「諸君らももう知っての通り、先ほど『立てこもり勇者』の中に潜んでいた極めて重大な裏切り者が姿を現した! また諸君らはその者の工作によって、いいように操作され、前進も後退もせず、ただいたずらに軍全体の活動を阻害していたという事が判明した! これはこの世界を救って欲しいという願いに応じて召喚された勇者として、極めて重大な過失であると見なさねばならない!」
兵士達の居丈高な物言いに、勇者グルツたちは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
……さすがに反論の余地がねぇ。
誰もが口をきけないでいる中、兵士はさらに大声を放つ。
「しかし、我々はここに大きな『希望』を用意している! 諸君らが名誉と失った時間を取り戻すチャンスだ! それが現在、軍が開発中である対ビヒーモス戦用のスキル開発への参加である!」
スキル開発。どこかで聞いた事のある響きだな。
と思っていると、
ばっ、と、背後の兵士が大きな方眼紙を広げて、背後の壁に貼り付けた。
地面が水平に描かれていて、真ん中に勇者、その左にビヒーモスと描かれた怪獣の絵がある。
どうやら、戦場を簡単な数値や図柄で記しているみたいだが、人並みが邪魔でほとんど見えない。なんてアナクロだ。
「通常、歩兵勇者がビヒーモス第二形態と戦うとき、最大の障壁となっているのが『衝撃波』の存在である!
第二形態において、ビヒーモスは『衝撃波』を生み出す足踏みの回数や頻度を増加させる! のみならず、その時生じる『砂礫の壁』は最大で90メートルもの高さに達する!
さらに『衝撃波』による地面の崩壊は次々と周囲に伝播してゆき、その伝播速度は地面が硬いほどに速く、最も遅い状態でも5秒で100メートル、最大速度がその4倍にも達する! これは飛竜のツメによる最大疾走速度とほぼ同等か、それ以上である! つまり、我々が『砂礫の壁』をかわすために上空100メートルの高さまで逃げている間に、『衝撃波』は我々に100メートル以上接近してしまうのである!
ゆえに、ビヒーモスの半径100メートル以内では、『衝撃波』を見て回避することは実質不可能! いかに熟練の勇者といえど直接攻撃を当てることは容易ではなかった!
……この状況を打開する戦術を、我々軍は編み出した!」
なんだか難しい事を言っているが、第二形態のビヒーモスには近づきにくい、という一点だけは理解した。
それは、この『立てこもり勇者』達が戦闘から離脱した理由のひとつでもある。
その状況を打開する戦術……まさかとは思うが、あれじゃないだろうな。あれ。
兵士は、マジックのようなもので、模式図に描かれた戦場の右端上空に、丸い円を描いた。
そしてさらに、その上に乗っかっている、剣を持った棒人間の姿。
……まさか、いや、そのまさかだ。
地球を護る為に俺が隠していた、『攻略法』だ。
「飛竜のツメの機能、ストーム機能によって、崩落によって生じた岩を250から300メートルの高さに浮かびあがらせ、その上にジャンプ機能で飛び移り、さらにそこからジャンプ機能でビヒーモスまで飛び移る戦術だ!」
勇者達はどよめいた。
「バカな……そんな無茶苦茶な!」
「壁際の高台の高さを利用したとしても、ビヒーモスとの距離が開きすぎる、とても到達出来るとは思えないが……」
「不可能ではない」
兵士がびしりと言って、勇者達は押し黙った。
「困難なのは上空の岩に乗るまでだ。一度岩に乗ってしまえば、あとは空中でジャンプ機能を発動させるだけとなる。
一度推進力を得れば、飛竜のツメにはそのままでも僅かに空中に浮かびあがる力があるため、慣性の法則によってそのまま1キロ以上、100メートル以上の高度を保ったまま水平に移動することが出来る。
高台を利用すれば、ゲージは1本でも可能。低地からでも、ゲージを3本利用すれば可能となる」
……すげぇ、腐っても軍隊だ。
圧倒的な知識の量と、分析力。
たとえ俺と勇者ドバルが開発してても、こうはならなかっただろう。
ここまで説得力を持たせる事は、できなかった。
「軍は諸君ら1821名の勇者達のデータを収集し、今後の武器およびスキル開発に役立てる。今は高難度を要するこの戦術だが、これさえ完成してしまえば、もうビヒーモス第二形態など、恐れるに足りん。もう諸君ら歩兵勇者達が、ただひたすら死ぬためだけに突撃を繰り返すこともない、この世界に『絶望』する必要はないのだ!」
なるほど、同じことを考えていて、先を越された発明家の気持ちってのはこんなもんなんだろうか。
ニュートンに対するライプニッツ、エジソンに対するスワン、ベルに対するグレイ。
世の中には自分よりもう一つ多くの才能を持っている奴がいて、弱者がどれだけ努力したとしても、どれだけ心血を注いだとしても、結局ぜんぶ強者の為に吸い上げられて、無駄になるばかりだ。
誰しも強者になることなしに成功する事は不可能。弱者に出来るのはせいぜいが一時の成功だけだ。
……まあ、この場合、俺は最初からなにもしていないけどな。
しかし、『攻略法』が発見されたとなると、まずい気がする。
現状、俺たちは《評議会》の商品である飛竜のツメに頼らざるを得ない。
兵士の言いぐさによれば、いずれ飛竜のツメに代わる武器の開発も視野に入れているのだろうが。
《評議会》に対する疑惑も、このままでは握りつぶされかねない。
そして飛竜のツメがますます売れることになってしまう。
やはり、どのみち底辺のMPゼロ勇者が戦わされる未来が訪れてしまうのだろうか。
俺なんかがいくら『希望』を潰そうと努力した所で、しょせん世界の大きな流れなんて止める事は出来ないのか。
こういう技術は放っておいても、いずれ誰かが発見してしまうものなのだろうか。
「軍は、諸君ら『立てこもり勇者』にこの特殊クエストを申請しよう――飛竜のツメを持たぬ勇者は、持つ勇者のサポート役としての役割をこなしてもらう。この戦術を開発し、この世界で戦う未来の勇者達に繋げる事ができるのは、君たちだけだ」
兵士の言葉に、多くの勇者達はじっと耳を傾けていた。
未来か。『希望』の言い換えによく使われる言葉その一だな。
さすが召喚頼みのフィース・ワールドの住民。勇者達を煽るのが上手い。
そして、兵士は最後にひと言、こう付け加えた。
「この、戦術を――第一発見者の勇者の名を取って、『ドバル戦術』と呼ぶ」
やっぱりお前だったのかよ……。
……ああ、ちくしょう、聞かなきゃよかった。




