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87 勇者の名前

「おい、起きろ」


 俺はそのまま、通路の床に倒れた状態で蘇生していた。

 気がついていたら立っていたいままでの蘇生とは、勝手が違う。

 誰か側にいた奴が蘇生魔法でもかけてくれたのかもしれない。

 目を開くと、勇者達が浮かない表情でたむろしているのが遠くに見えた。


 勇者グルツが酷く疲れた様子で座り込んでいて。

 俺の隣には、軍の兵士らしき男が1人。

 勇者クレゾールの姿は見えない。

 どうなったのかは分からないが、少なくとも、魔力炉が爆破されたような形跡はなかった。


「まだ口の中に血が残ってるから、吐いとけ」


 そう言って、唯一俺の隣にいた軍の兵士らしき男から布巾を受け取る。

 スペイン人っぽい彫りの深いイケメンで、無精ヒゲを生やしているが、たぶん兵士達の医療兵かなにかだろう。


「ありがとうございます」


 一応礼を言う。

 口の中がひどい味になっている。

 鼻血も出ていた。どこから血が出ているのか分からないので、顔じゅう拭った。

 蘇生の仕方は世界によってまちまちのようだが、こいつの蘇生は雑な印象がある。

 体つきもデカいし、手も大きくて、繊細さとは無縁だった。無精ヒゲを生やしている時点で専門の医者としてはアウトな気がする。

 回復魔法も使える魔法戦士、といったところである。

 まあ、もっとも蘇生魔法がうまければ、蘇生魔法係にでも配属されているか。


 医療兵がぼんやりと俺を見ていたので、なにか、と聞いてみた。


「なんでもない、手間かかると思って後回しにしてたら、そんなに手間かからなかったんで拍子抜けしてる」


「ああ……HP9しかないから」


「マジで、そんな勇者はじめて聞いたぞ?」


 ライフゲージは満タン。痛みも何も残っていない。

 きっと俺の目に見えない小さな傷も回復している事だろう。


「お前は、『立てこもり勇者』じゃないって聞いたが、そうなのか」


「さっきまで交渉役やってたから」


「あー、『円卓会議』のね、なるほど」


 本当に俺だけ後回しにされていたのか、医療兵は暇そうに俺に訊ねただけだった。


「どうなってたんですか、俺が倒れた後」


「ああ……勇者クレゾールが逃亡して、『立てこもり勇者』たちは全員軍に投降した」


「マジで」


 俺が気を失った後の事は、その兵士が淡々と教えてくれた。

 俺が倒れた直後、起爆コードを訊ねられていた勇者グルツが、いきなり立ち上がって勇者クレゾールに殴りかかったのだそうだ。

 どうやら、妹がうんぬん、と言って交渉していたのは、攻撃するための時間稼ぎだったらしい。

 適当に話を伸ばして、その間に自動HP回復で骨折や傷を回復していたのだという。

 勇者クレゾールはそのまま特殊能力を使い続ける事が出来ず、勇者たちが次々と立ち上がると、抵抗もできず、そのまま逃げだした。

 逃げ出した……行方はまだ分からない。


「千里眼の能力を使って行方を捜索しているが、今のところ見つかっていない」


「……死んだの俺だけか」


 一体どうなっている。

 勇者クレゾールが突然あんな行動に出た理由が、俺には分からなかった。


 俺と同じで《評議会》との繋がりがあって、それが軍にバレてしまいそうな状況になったから、それを隠そうとしたのか。……考えられなくはない。

 魔力炉を爆破して、軍や『立てこもり勇者』達と一緒に、あたかも自分が死んでしまったかのように存在を消しさってしまえば……その間に、自分ひとり脱出する方法を探すこともできる。


 けっきょく元の世界に戻るには召喚師の協力が絶対だが、絶対に協力を得られないかと言われれば、そうでもない気がする。


「つまり、召喚師に自分を強制送還するよう頼み込むわけだよな……けれど、もし召喚師が別の魔法を使って、牢屋に送り飛ばしたら、どうするつもりだったんだろう?」


「この世界に仲間がいればいい。仲間は誰にも分からないように潜伏させられている。もし俺に何かあれば、仲間が行動を起こす……という具合に、脅迫しておく」


「なるほど」


「まあ、その場合は別に本当にいなくても、ハッタリですむ訳だが。いちおう軍もその線で、協力者がいないか探している」


 俺を軍関係者と見なしたのか、医療兵は詳しい事情を教えてくれた。

 しかし、医療兵は、望み薄といった感じでため息をつく。


「勇者クレゾール以外の戦闘データはぜんぶ取れたが、他の勇者に不正は見られなかった。……今のところ《評議会》から不正報酬を受けたような勇者の存在はどこにも認められない……」


「……へ、へー」


 どうやら、俺の調査がずいぶん後回しになっていたらしい。

 俺の戦闘データを見られたら、今ごろ大変な事になってたはずだ。

 ……どうしようこのステータス。本当に災いの種しか生んでくれない。


 もういっそ、これを機に洗いざらい打ち明けてしまった方がいいんじゃないか。

 今のうちに本当の事を打ち明けないと。

 これ以上問題が大きくなってからじゃ遅い。


「あ、あの……俺の戦闘データ、し、調べないんですか?」


「ああ、いいよ。君は軍の関係者だろ?」


「えっと、普通の勇者だと思いますけど」


「ここまできたら、立場上、もう軍の関係者だよ」


 医療兵は、手で俺を制した。


「万が一、軍の関係者から不正が見つかったら大事だからな。今度は軍内部の徹底調査が始まる。だからあえて深く調べない事になっている」


「……え、それって、軍を徹底調査された困るって事は……」


「おうおうおうおう、そこは触れちゃいけない、ノーコメントだ、HP9」


 ……ダメだ、この軍隊。

 上層部が不正してますよって言ってるようなもんじゃん。

 もう不正の温床になってるじゃん。


 召喚師の国家は腐敗の温床、クリーンなのは勇者の組織だけという驚くべき軍の構造が明らかとなった。

 そんな裏事情を軽くリークしてしまう医療兵。

 まあ、こんな奴は地球にもいるのかもしれない。

 だらしなく伸ばした髪をぼりぼり掻きながら、笑っていた。


「だから、適当なのが『立てこもり勇者』の中にいてくれたら助かったんだがなー……。俺の勘では、どうも仲間を庇うための演技くさかったから。……」


「演技?」


「『俺には妹がいない』とか、なんとかって話をしていたときだ。ありゃ嘘だな、目が笑ってなかった」


「………………」


 やはり、少なくともあいつの妹は実在していたのか。

 じゃあ、どうしてメリッサは戦場にいなかったんだろうか――。

 もし、勇者クレゾールの妹がこの事件の共犯者だったとしたら、すべてつじつまが合ってしまう。


 勇者リリーの捜査方法では、自分がメリッサである事を意図的に隠し続けていれば、ぜったいに見つからない。


「たぶん、妹は『勇者の中に隠れている』な……もしそうだとしたら、彼女の検挙は不可能に近い。25万人を一斉調査しなきゃならんし、その理由をいちいち提示して納得してもらわないといけなくなる。大体、戦闘データってのは個人情報の中でも特に扱いが難しい……」


「おーい、エモンド! 何やってるんだ、終わったら早く集合しろ!」


「おっと……うるせぇな、ジジイが」


 勇者達の向こうから、軍の兵士らしき男が呼びかけてきた。

 それに応じて、エモンドと呼ばれた兵士も立ち上がる。


 彼は、忘れていた、といった風に振り向いた。


「俺はエモンド、ジジイ相手に軍医やってる。お前名前は?」


「勇者マキヒロ」


「把握した。マジでHP9だな」


 エモンドはステータスを確認して、相好を崩していた。

 しかし、エモンドの方は名乗ったのにステータスが表示されない。


「あれ? エモンド、お前はステータス表示されないけど?」


「え? ああ、俺は勇者じゃねーもん。当然だろ」


 名乗ってステータスが表示されるのは、勇者だけだそうだ。

 そういうシステムになっているのか。

 そう言えば、ロコさんのステータスも俺は見たことが無い。


「誰か勇者の名前を言おうとしている場合は、翻訳されるときに名前の前に自動的に『勇者』ってつくんだよ。召喚言語のシステムだから。覚えとくと便利だ」


「ああ……なんかみんな勇者、勇者、って呼び合ってるから、つけなきゃならないのかと思ってた」


「初心者によくあるな。普通に名前だけ言ったら通じるよ、相手にはそう聞こえるらしいから。あ、回復の途中で忘れてたが、もう気分の悪い所とかないか? 痛む所とかは?」


「それ今聞くのかよ……特にないけどさ」


「じゃ、お大事に」


 立ち去っていくエモンドを見送りながら、俺は頭の中で、長い長い交渉事件のことを振り返っていた。


 突然勇者達が瓦礫撤去の作業を中断して、そいつらが立てこもり事件を起こした。

 円卓の勇者達に交渉役に抜擢されて、飛竜のステータス改竄のお陰で、勇者クレゾールと1対1の対談が出来た。

 マジで交渉もなにもせずに1対1でダラダラ対談してただけだけど。このとき俺は、勇者クレゾールの妹の名前を聞く事が出来た。それがメリッサだ。


 ようやく俺が交渉の全権を任されていると言い切ると、向こうも全権を任せてあるという真打ち勇者グルツとの対談が始まった。

 勇者グルツとの対談で、惑星ミルフだけでも勇者召喚を禁止する提案が考え出された。けれど、裏に飛竜の《評議会》が絡んでいる疑いがある、という理由で軍に却下された。


 このとき、俺は勇者クレゾールから妹の勇者番号を聞き出して、それが戦場で見つかったメリッサ達のどれとも違うことを確認した。

 俺はその番号に連絡を入れてみたが、俺には返事が来ず、代わりに勇者クレゾールに連絡が入った。

 ……一体どこの誰と繋がっていたのかは不明。


 その連絡があってから、勇者クレゾールが不安定になりはじめた。

 さらに軍が《評議会》関連で調査にやってきて、立てこもり勇者達と交渉とも言えない雑な交渉を始め、勇者クレゾールが暴走する。


《評議会》の手先の疑いをかけられたまま、逃亡する勇者クレゾール。

 同じ《評議会》の仲間の疑いがある勇者クレゾールの妹は、勇者達の中に、名前を隠して潜伏中。


 ……メリッサ。いったい何者なんだ。

 ……メリッサ。メリッサ……あれ。


 そういや、勇者クレゾールは、メリッサのことを、一度も勇者って呼んでなかったな。

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