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86 交渉決裂

 立てこもり勇者達と軍の兵士達の視線が交錯し、バチバチと火花を鳴らしている一方。

 俺は冷や汗をダラダラと流していた。


 まずい事になった。

 勇者達の不正を調べるって、一体どうするのか分からない。

 ネトゲみたいに、プレイヤーのログがどこかに保存されていて、それを参照するのかも知れない。


 あり得ない話ではない。

 たしか、ビヒーモス戦ではダメージ累計が1000ごとに評価が上がっていく、という事を聞いた事がある。

 だったら、現在の総ダメージ数というデータがどこかになくてはならない。

 それ以外にも様々なデータが、勇者達が閲覧できない形で、どこかに保存されているはずだ。 


 だが、それをされると、俺は、マズい。

 非常にまずい。

 俺は成績を水増しするために、ダメージを1つも与えたことがないくせに、ファーストアタック成功になっている。

 見れば一発で分かる不正だ。

 飛竜のバカ。

 これじゃ俺が《評議会》と裏で繋がっていて、不正報酬を受け取ってしまったみたいじゃないか。


 データを調べられたら、『立てこもり勇者達』の潔白が証明されても、俺が無実じゃ済まねぇ。

 無関係を装って、逃げ切れればいいのだが。


 軍の兵士達は、こめかみに青筋を立てて唸った。

 理詰めでは説得できないと判断したのだろう。

 さらに、剣の柄に手をあてがっている。


「そこまで強硬な態度を取るとは、貴様達はいったい、何様のつもりなのだ! 召喚による正当な報酬を受け取っておきながら、命令を自分勝手な理由で放棄し、あまつさえ、この国家存亡の危機に乗じて公国を脅迫する態度をとり続けるというのか……! よろしい、ならば貴様達『立てこもり勇者』は公国の敵である! その財産、その生命、この先何があっても、己の手で守り抜く覚悟はできているのだろうな……!」


 すげぇ脅し文句だ。

 攻撃態勢をとりながら敵対宣言とか。

 もう脅しているとしか思えん。

 というか、やっぱりこの世界、外注に頼らなきゃ中身はダメダメなんだな。

 官僚の中身が前時代だ。勇者フリッツの方が交渉が百倍上手いや。

 そんな脅しでびびるような勇者グルツではない。勇者グルツも売り言葉に買い言葉だ。腕まくりをして蛙の腹みたいに筋肉を膨張させ、さらに声高に罵った。


「敵対宣言けっこう、いいじゃねぇか、あんたに国を背負った発言が出来るとは思わなかったぜ! だったらこれで俺たちは世界の壁を隔てて敵対する国と国だ! 今さら公国を敵に回すことが恐いもんか、もとよりその覚悟の『立てこもり勇者』だぜ!」


「小癪な……ッ!」


「ぬううううんッ!」


 おいおい、本気で戦闘になるとまずいんじゃないのか。

 このままだと勇者対召喚師の戦いになるぞ。

 そうなったらこの世界は滅亡の一途だ。

 いや、ストーリー的にはそれ面白いのかもしれないけどちょっと止めてくれ。

 巻き込まれる側はたまった物じゃない。


 出来れば、俺はこういう戦いぜんぜん興味ないし、まあ、勝手にやっててくれという傍観者的立場でいたいのだが。

 あいにく、この絶望の世界に傍観者席は見当たらないのだった。

 一体、どうすればこの争いを収められるのか。

 世界はまさに数の戦いである。俺ひとりでどうこうできる問題じゃない。


 そしてこの場合――俺を護ってくれたのは、やっぱりこいつだった。

 ――それも、予想されていた、最悪の形で。


 ぶしゅううううっ!


 唐突に、通路のど真ん中で血の噴水が生まれた。

 俺は突然の出来事に混乱した。

 勇者グルツが背中から血しぶきをあげている。


 周りにいた勇者達も、見えない腕に押されたように吹っ飛んでいった。

 空気が異様に重い。一体何が混じっているのか、ほんのりと赤くなってさえ見える。

 呼吸が苦しくなって、俺はその場に倒れ込んだ。


 目の前が明滅する。辛うじて瞼を開いていると。

 そこにはふらつきながら立ち上がる、勇者クレゾールの姿があった。


「ま……まさか、お前……」


 勇者グルツは、その場にゆっくり倒れていった。

 彼の血を浴びた兵士達は、唐突な流血沙汰にも眉ひとつ動かさず、鞘から剣を抜く。


「やはり、貴様が《評議会》の手先だったか……! 勇者クレゾール!」


 声高に吠えるが、しかし、彼らは立っているのがやっとの様子だった。

 気圧で鎧がぎしっと軋み、次々とへこみ始めている。

 俺も初めて見る能力だ。

 真っ直ぐに腕を伸ばし、遠くに居る勇者グルツを握りしめるように、五指をゆっくり曲げていく。


「……使えん奴だ。最後の最後でしくじりやがって」


 勇者グルツの肢体が、べきべき、と音を立てて曲がっていく。

 悲鳴があがった。誰もが息を呑んでいるなか、俺がひとりで悲鳴をあげていた。

 腹ばいになり、胴体だけで顔をぐっと持ち上げ、勇者グルツは勇者クレゾールを睨みつけていた。

 勇者クレゾールはそれに忌々しげな凶相で答える。


「起爆コードを教えろ……命だけは助ける」


「バカな、事を考えるな、勇者クレゾール……! 今さらそんな事をしたって、何も……!」


「口の利き方に気を付けろ……いったい誰のせいでこんな事になったと思っている?」


 勇者クレゾールは、他の勇者達にも聞こえるように言い放った。


「悪いがここにいる全員にいったん死んで貰う。どうせ蘇生まで1週間もかかるまい、当初の予定通り、自爆で全員吹き飛ばす。この俺でも、1人ずつ切り裂いていくのはさすがに骨だからな」


 おい、勇者クレゾール、お前一体なに味方裏切ってんだよ?

 あまりの豹変振りに、他の勇者達も狼狽えている。


「勇者クレゾール! お前、一体どうして……! こんな事をしてただで済むと思っているのか!」


「お前らがあまりに足手纏いだからだ……こうなったら召喚師を脅迫し、意地でも惑星ミルフに帰還する……それ以外に俺の道はない」


 それは、果たして『兄妹を護る為』なのか。

 帰還した先の世界に、本当に勇者クレゾールの兄妹がいるのか。

 俺には、分からない。

 痛みで頭がぐしゃぐしゃになって、もう、あいつの何もかもが分からなかった。

 軍の兵士達が、小声で囁きかわしている。


「まずい……惑星ミルフに帰還さえすれば、軍の追求から逃れられる……!」


「《評議会》が勇者クレゾールとの繋がりを否定すれば、もう事件は闇の中という寸法か……! こいつ、最後の逃走手段のために自爆を用意していたのか……!」


 俺を含め、ほとんどの勇者達が声を出せないでいる。

 呼吸すらままならない様子だった。

 これほどの人数の勇者を一度に束縛するなんて、やっぱこいつはボス級のチートだ。


「さあ」勇者クレゾールは、勇者グルツに言い募った。「起爆コードを言え。言わなければ、弱い奴から気圧で潰れて死ぬ」


「………………」


 勇者グルツは、真一文字に口をつぐんだまま、ぎょろりとした目だけで勇者クレゾールと会話していた。


 一瞬たりとも目を逸らせない彼の代わりに、立てこもり勇者達が、俺の方に目を向けていた。

 弱い奴から死ぬ、と言われて、真っ先に俺の生死を確認したのだ。


 心配しなくとも、生きていますよ。

 みっともなく地べたにへばってはいるけど、辛うじて生きている。


 俺が死んでいない、ということは、まだ誰も死んでいない、という事だ。

 けれどもう、頭がガンガンして死にそうだ。

 口から血がこぼれていた。数時間ぶりの血の味だ。

 たぶん、内臓がズタズタになってやがる。


「分かっているのか、お前……そんな事をしたら、勇者マキヒロが死ぬぞ」


 そんな死にかけの俺を、なぜか勇者グルツは取り引きの材料にしはじめた。

 一体何を考えているというのか。

 冷血な眼差しを、俺にちらり、と向けた勇者クレゾールは、まったく興味をそそられない様子だった。

 ああ、そう言えばいたな、みたいな。

 あいつもう、友達でもなんでもねぇ。

 この世にはもう、神も仏もないのか。


「勇者マキヒロが死んだら、起爆装置のコードを教えてやる」


「ふん……意味が分からんな」


「お前の妹を救えるのは、勇者マキヒロだけだ」


 勇者グルツの機転を利かせたひと言に。

 勇者クレゾールの動きが止まった。


 ……なるほど、そういう交渉があるのか。


「簡単な取り引きだ、勇者マキヒロが死んだら、お前はこの世界から逃げられるが、妹は助からない。

 勇者マキヒロが死ななかったら、妹は助かる……その時、お前が助かるかどうかは、お前次第だ」


 それは、卑怯な俺にも思いつかなかった、あまりに卑怯な手段だった。

 勇者グルツは、今まで見た目が鬼で、中身はそうでもない奴だと思っていた。

 だがそうじゃない。彼は本当に強いのだ。本当に強い奴は、時には鬼にだってなれる。


 けれど……無理だ。

 勇者クレゾールに、その交渉は、通用しない……。

 なぜなら、あいつの妹は……。


 勇者クレゾールは、ぼんやりと、ただ、浅く呼吸を繰り返しながら、勇者グルツを見下ろしていた。


 そして、小さく首を傾げ、聞き取れないような声で呟いた。


「……お前本当に、俺に妹がいるとでも思ってたのか?」


 ……次の瞬間、世界が暗転した。


 後は何も見えない、聞こえない。

 真っ暗闇の世界が続いていた。

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