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85 黒幕疑惑

「勇者マキヒロ……どこへいく?」


 通路から出て行こうとする俺を、呼び止める声があった。

 疲弊した勇者クレゾールが、不安げな眼差しを俺に向けている。

 黙って出て行けるとは思っていなかったが、仕方なかった。

 俺は罰の悪い思いをしながらも、彼に言った。


「軍から召集がかかっている。多分代わりがくるから、後の事はそいつと話し合ってくれ」


「……提案は、どうなった?」


「あー、実はまだ連絡が来ていなくて……」


 そのとき、勇者クレゾールが鎌のように曲げた手で、虫をはたくような仕草をした。

 湿った雑巾を叩きつけるような音。

 辺り一面の物をなぎ払うような風が吹き、それらは通路の左右を埋め尽くすパイプの間に潜り込み、金属音を立てながら上昇していった。

 やがて、風の通り過ぎたパイプの間から何かが転がり出てきた。

 ごろん、と仰向けになって出て来たのは、顔に望遠レンズのような物をつけたトカゲだった。

 ゴシップ・トードの親戚みたいなものだろうか。


 どうやら、今まで軍と連絡を取れていたのは、そいつのお陰だったらしい。

 勇者フリッツの慌てた声が聞こえた。


『勇者マキヒロ、そちらの映像と音声が途絶えた。暫く離席する』


「ああ……だろうな」


 軍との連絡が途絶えるハプニングは、今に始まった事ではない。

 また復旧にしばらく時間がかかるだろう。


「勇者マキヒロ……俺が聞きたいのは、そんな当たり障りのない、形式的な答えじゃない。俺は、お前と話しているんだ。正直に答えてくれ」


 勇者クレゾールは、俺の両肩を掴んで、すがるような声を出した。


「……提案は、どうなった?」


 兄妹を護ろうと、必死の顔を見て、俺は、これは言わなければならない、と思って、言った。


「無理っぽい」


「そうか……」


「このままの案だと、惑星ミルフの1つの企業が、利益を独占するんだそうだ」


「……飛竜武器開発評議会?」


「そう」


「そうか……」


 気落ちしたような声を出して、勇者クレゾールは両手を下げた。

 それ以上のことを、彼は追求してこなかった。

 たぶん、こうなることを想定してはいたんだろう。

 俺は、こういう時によく言う台詞を必死に考える。


「心配なんだろ。早く帰ってやりたいんだろ、兄妹の所に」


「ああ……」


「だったら……早くビヒーモスをぶったおさなきゃな。こんな所にいないで」


「ああ……もちろんそうだ」


「勇者クレゾール、妹は、まだ戦場で戦ってんのか」


「ああ……最前線で戦っている」


 俺は、肯いた。

 ……そうか。それは残念だ。


 もう、こいつと俺が話すことは何もなさそうだ。


「そうか、真面目な妹だな」


「ああ、自慢の妹だ」


「けっこう強いのか」


「お前よりかは強い」


「俺より弱い方が驚きだよ……」


「頭は弱いけどな」


「どうせなら戦争を終わらせてくれれば良かったのにな、召喚されたときの報酬で。たしか、家を建て直したんだよな」


「できるんだろうかな、戦争を終わらせるとか」


 勇者クレゾールは、天井を見上げながら言った。


「悪人がいるなら滅ぼせばいいし、金持ちになりたいなら金貨でも生み出せばいいし、英雄になりたいなら強くなれば良いし。……けれど、具体的に何を召喚して、どんな魔法を使えば戦争って止まるんだろうかな、そこから考えないと」


 たぶん、何を召喚したって無理だろ、だって戦争が終わったら……。

 武器が売れなくなるじゃないか?


 勇者クレゾール、お前、『飛竜』にいいように操られてるぞ。

 それとも、操られた振りでもしているのか。

 なんて、俺に言えるわけがない。


 お前の事、友達だと思ってたよ。

 けれど、本当に思ってただけだったな。

 がっかりだ。


「……どけ、道を空けろ!」


 通路の奥の方から、がしゃがしゃと金属音が鳴り響いてきた。

 いかにもといった、鎧を着た勇者の団体が、ぞくぞくと入ってくる。

 おおー、か、格好いい。

 コスプレ会場に一人居れば注目を集めそうな、精巧な金属鎧を着た人達が、ぞくぞくと歩いている。

 映画のワンシーンみたいだ。

 い、いかん、これは写メだ。撮っとこう。


 なんて、余裕ぶっていられたのは、それまでだった。

 はっきりとした肉声で、先頭の勇者は言った。


「立てこもり勇者達に告ぐ、直ちにこの魔力炉を解放し、戦線に復帰せよ! この呼びかけに応じぬ者は、武力行使により即刻このエリアから排除する!」


 ……俺はケータイを構えたまま、ぽかーんとしてしまった。

 提案の可決の知らせが来るのを待っていた、周りの勇者達も寝耳に水だ。

 なに? スト破り?


 勇者フリッツからの連絡が入った。


『勇者マキヒロ、まずいことになった……軍が立てこもり勇者達の制圧に乗り出した』


「いや……それは見たら分かるけど……いくらなんでも急すぎじゃね? ちょっと俺に一報あってもよくね?」


『すまないが、急でもなんでもない、俺たちが提案を上層部に提出した際に、今まで事態を把握していなかった召喚師総督の耳にまで入ってしまったんだ。

 そのせいで総督がひどく機嫌を損ねてしまったらしい……俺たちから事件の捜査権限を取り上げてしまったんだ。だから、俺たち円卓会議は、軍の行動に関して、一切把握していない』


「そこから急だよ!? 何も聞いてないぞ俺!」


『すまない、《評議会》の陰謀が関わっているとなると、もう俺たち勇者による円卓会議では解決しきれない。召喚師にも不正がなかったか調査が必要となってくる。ここは手を引くしかない』


 ちょ、マジでか……。

 要するに、これも飛竜の《評議会》が余計な事をしてくれたせいだってことか。

 ロス市警では解決しきれない事件だから、FBIが出てきたというあれか……。


 どおりで、見覚えのない勇者達ばかりだ。

 俺は歯がみしながら、様子を見守っているしかなかった。


「……おい、待ってくれよ!」


 まず軍に食ってかかったのは、勇者グルツだった。


「俺たちの提案はどうなったんだよ、まずはそこからだろうが!」


「貴様達の提案は却下だ! 貴様達『立てこもり勇者』の中に《飛竜武器開発評議会》と癒着し、この交渉を起こす事によって、報酬を得ていると疑われている者がいる!」


 ざわっ。

 勇者達の中に動揺が走った。

 おいおい、そんなストレートにぶっちゃけるなんて。

 空気ブレイカーどころじゃねぇぞ。逆に勇者だ。


「ゆえに、貴様達『立てこもり勇者』は軍が禁止している営利団体に属する疑いが持たれている! この疑いが晴れぬ限り、貴様達『立てこもり勇者』と我々軍が交渉する事は断じてあり得ない! 貴様達の即時解散権は我々軍が有する! この解散要求に応じない場合、武力行使も止む得ぬものと思え! 分かったか、鬼!」


 勇者グルツが鬼の顔を歪めて、不可解なものを見るように兵士達を見つめていた。


 まあ、確かに鬼だけど。


 鬼だけど。


 この場合、どっちが鬼だという話だ。


 しかし、勇者グルツは、さらに兵士達に食ってかかった。

 ぼろきれのようなチョッキを強調するように引っ張って、大声で主張する。


「だったら、今すぐ調べりゃいいだろ! 俺たちは無実だ! 誰も不正な金なんて貰ってねぇ! そもそもこの世界に召喚されたばかりの俺たち勇者が、この世界で不正な金なんて貰える訳がねぇだろ、俺は今だって無一文だぞ!」


 うんうん、この世界ではクエスト・コインなんて物しか手に入らないからな。

 あれはポーションとか、勇者の活動に役立つ物しか買わせてもらえないし。


 もしも、お金が手に入るとしたら、召喚された時に召喚師にお願いする時ぐらいだが、それは正当な報酬だしな。

 この中に、不正を行っている奴なんているはずが……。


 いる……はず、が……。


 あ……。


「貴様らへ与えられる報酬の形が、すべて金銭であるとは限らない! 戦闘への貢献度を不正に調整することによって、戦闘後に分配されるドロップアイテムやクエスト報酬をつり上げれば同じ事だ! それも軍が禁止している営利活動の1つだ!」


「なんだって……! そんなバカな!」


 勇者グルツは、大量に汗をかいた。

 まさか、そこを突かれるとは思っていなかったのだろう。

 戦闘への貢献度を不正に調整する事に、心当たりがあるのだ。


 そう言えば、ここにいる勇者達は最初、瓦礫撤去のクエストを放棄して、ダメージ稼ぎに向かったのだ。

 正確に言うと、あれはクエストを放棄したのではなく、作業の邪魔にならないようヘイト管理をする、という名目だったし、戦闘への貢献度を高めたいだけなら、ダメージ稼ぎをするのは非常に効率が悪い。

 なので、正式な裁判になれば、兵士達の言うような営利活動とは認められないかもしれないが、今ここで不正な評価の調整であると言われれば、言い逃れができない。


 しかし、勇者グルツは素早く頭を巡らせ、言い放った。


「……だから、限らないとか、疑われるとか、さっきから予測ばっか並べ立ててんじゃねぇ! 四の五の言ってねぇで、さっさと調べて、その証拠を目の前に出せって言ってんだろうが!」


 ここで言いくるめられてしまえばお仕舞いだというのを、彼は理解しているのだ。


「俺たちはみんな自分の意志でここにいるんだ! 誰かから金を貰ってここにいるような奴は、一人もいやしねぇ! たとえ殺されたって、自分のやったことはぜんぶ正しいって堂々と胸張って言える! 俺たちは調べられて後ろめたい事なんて1つもしていねぇし、変な疑いがあるってだけで解散させられる筋合いはねぇ! 俺たちは自分を犠牲にしても、不幸な兄妹を護るって覚悟があってここにいるんだ、そうだろ、みんな!」


 もとより凄まじい勇者グルツの剣幕に加えて、さらに背後の勇者達からも賛同の声が上がった。


 ……いや、けれど、この中に。

 まさに、兵士達の探している、ストライクの勇者が一人居る。


 この立てこもり事件に、瓦礫撤去作業の頃から関与していて、《評議会》に有利になる例の疑わしい提案の成立にも大きく関わっていて。

 さらに、飛竜と癒着していて、実質的に戦闘への貢献度を不正に調整していた、不正まみれの勇者が。


 立てこもり勇者達とは、ぜんぜん関係ないけど。

 俺だ。


 ……俺は大量に汗をかいた。


 やばい。これはやばい。マジで?

 俺、まだ総ダメージゼロじゃんか……?

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