83 反響
【RYU-08920】
俺はメリッサの勇者番号を手に入れた。
勇者クレゾールには悪いが、さっそく通話申請をかけさせて貰う。
とるるるー、
とるるるー、
とるるるー、
じれるようなコール音が続いていた。
呼び出し音がかかっている、ということは、少なくともこの番号の勇者は、この世界にはいる、と言う事だろうか。
ずっと前に、名前で通話申請しようとしてたときは、コール音もかからなかったからな。
俺の世界なら、『お呼び出しの電話番号は、現在使われておりません』とかいう便利なアナウンスが流れてくるところだが……。
そう考えると、この世界の通話機能に便利なアナウンスがあるのか、甚だ疑問だ。
『お呼び出しの勇者は、現在この世界に召喚されておりません』とか。
あるいは『通話可能圏外のため、現在通話できません』とか。
……そこまで考えて、俺は『絶望』した。
首を振って、その『希望』を頭から捨てる。
……ある訳ねー。
そもそも、通話可能圏内ってどのくらいなんだ?
俺は一体何を試そうとしていたんだろう。
少なくとも向こうが返事してくれるかもしれない、という『希望』にすがっていただけだ。
いくら待っても、知らない番号からかかってきた通話申請に、出てくれない可能性もある。
けれど、俺はこの『希望』にすがるしかない。
何もしないでいるのは、時間の無駄だ。今は時間が惜しい。
かといって、兄貴にかけさせるのは、どうだろうか。
直接この役割をさせるだけじゃないのか……。
迷った末に、俺は、
「……そうだ、チャット送られるんだ」
そう気づいた。
コール音の代わりに、文章を向こうに送るこの世界の裏ワザだ。
【チャット】【RYU-08920】
「兄貴の友達の勇者マキヒロだ。……連絡待ってる」
新開発のマクロを利用する。
よし、これでいい、はず。
正常に送られたかどうか、まではわからん。
勇者クレゾールによれば、向こうは俺の事をこの世界で何度か見かけたと言っていた。
兄妹の話題に上っているんだから、この文章を見れば、向こうから何か反応があるはず……。
と、勇者クレゾールが、「ちょっと待て」と言って会話を中断した。
誰かから通話申請が来たらしい……嫌な予感がヒリヒリする。
勇者クレゾールは立ち上がって、俺に真っ直ぐ向き直って言った。
「おい、勇者マキヒロ、さっき俺に無断でメリッサに通話申請しただろ、何やってんだ、さっそく不正利用すんなよな」
冗談めかした口調だった。
悲劇をなにも予測していないような、裏のない笑顔で。
俺はそれに笑顔を返す事すらできなかった。
完全に凍り付いていた。
失敗した。
この世界にいて、戦場にいない時に考えられるのは、2つの可能性。
戦闘不能状態とみなされて軍に拘留されている場合。
遠く離れすぎて、召喚師でも簡単に再召喚できないぐらいに遠くに行ってしまった場合。
そして、いままさに元の世界に帰還させられている最中の場合だ。
いずれも、俺みたいな赤の他人と通話が出来る状態とは、とても言いがたい。
……そうだった。
もし、通話できるのなら、兄貴としているはずじゃないか。
勇者クレゾールは、再び通路に座り込んだ。
そして、いつも通り声も出さずに、通話をはじめる。
片膝を立ててあぐらをかき、俺たちには聞こえない、兄妹の会話をしていた。
……やがて、脱色したような金髪の額に手を当てた。
それが俺には、なぜか打ちひしがれたような仕草に見えた。
……耐えている。耐えがたい重圧を堪えている。
妹が今、どんな状況に置かれているのか、俺には分からない。
浅はかな俺が、身の程知らずにも突っ込んでいい話じゃなかった。
……分かるのは、彼女が『まだこの世界にいる』という事だけだ。
この世界にいるだけで絶望的なのに、それが如何に絶望的な状況であるか。
勇者クレゾールは、いまは軍に対する提案が最優先だと判断したのか。
他の仲間にも一切口を閉ざしたまま、黙り込んでしまった。
彼にはまだ、兄妹がいる。
この交渉に、故郷の惑星ミルフが救えるかどうかがかかっている。
彼はずっと我慢していた。
……胃に穴の空くような思いをしていると。
別の人物から通話申請がかかってきた。
通信要請:勇者フリッツから通信要請が入っています、
通信を許可しますか? Yes/No
俺は、指が痛いぐらいの速さでYesを選択した。
遅えよ……。八つ当たり気味に小さく唸った。
「勇者フリッツ、どうなった」
惑星ミルフの召喚禁止が成功した事だけでも、あいつに伝えてやらないと。
そしてその後は……その後、どうしたらいいのか、俺には分からない。
とにかく、勇者クレゾールと妹を、一緒に帰還させてやらないと。
だが、焦る俺の気持ちとは裏腹に。
勇者フリッツの言葉は、妙に歯切れが悪かった。
『……あー、勇者マキヒロ、提案に関する審議が終わったんだけど』
……その瞬間、『絶望』が俺の脳裏をよぎった。
「審議は……終わったけど? そうだよな、無事終わったよな。終わったんだよな。それで何か、問題が他に発生したんだろ?」
『いや、他に問題が発生したっていうか……その審議にも問題があって』
「終わったんだろ? あれだけ時間をかけて内容を詰めて、いくつも起こした奇跡の上に勇者達が立ち上がって、それでお前みたいな奴が提案を持って交渉に向かって、問題が起こるはずがないだろ、一体何があった」
『勇者マキヒロ、まずは落ち着いてくれ。心の中で十回呟いて、聞きたい事を整理してくれ』
落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。
落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。落ち着けるかよ。
心の中で十回唱えたら、比較的に落ち着いた。
不思議なものだ。
俺は、必死に目を逸らそうとしていた『絶望』と、ようやく向き合う事が出来た。
「……提案、却下されたのか。どこか直しが必要なのか。やっぱり、600人は少ないって? 800人ぐらいならいいのか? 900人か? そうだな、もう一度詰め直さないとな、あの兄妹には、もう時間がないから」
勇者フリッツは、僅かに息を呑んだ。
彼は俺がこういう反応をするのを、予期していなかったのかもしれない。
『勇者マキヒロ。すまない、本当に理不尽だし、考えられない事だし、納得いかない事だと思う』
「おい、勇者フリッツ……俺は交渉ごとは苦手だけど、俺を腫れ物扱いする奴の気配にだけは敏感なんだ、おためごかしとか、そういうのは要らないから、正直に、言ってくれ……何があった、一体、俺たちの何が、悪かった、いけなかった」
『……提案は、簡易式の軍法会議に提出して、私が答弁したが、却下された』
「……理由は」
勇者フリッツは、言葉を選んでいた。
彼の交渉術を聞いている俺には分かる。
彼は無数の発言のパターンを考えていて、無言もその発言の1つに数えている。
彼が余計な間をおくのは、わざとの時だけだ。
しかし、違った。
彼はこの時、必死に考えていたのだ。
俺の返答が、あまりに予想外だったのだ。
勇者的に言えば、俺が敵か、味方か。
俺が、善か、悪か。
その舌鋒で、突くべきか、突かざるべきか。
そして勇者フリッツの発言が、俺に死の宣告を、言い渡した。
『勇者マキヒロ、提案は問題なく通る所だったんだ……ところが軍法会議中に、勇者ベリタスが乗り込んできて、異議を申し立てた。それでこの議案が急遽差し押さえられてしまったんだ』
「勇者が……異議だって? えっ、誰、そいつ?」
『あ、名前知らない? 円卓会議にも居たじゃないか。……あー、そうか、あいつそうなんだよね。仕方ないか』
なに、そいつ? 勇者ベリタスって誰? いきなり登場した新キャラが、一体何してくれんの?
おい、ふざけんな、時間がないって時に、この議案を差し押さえるとか、一体何を考えてるんだ?
『勇者ベリタスの主張を端的に言うと、どうやらこの『立てこもり事件』の裏にとある組織が関わっていて、この提案はその組織の陰謀によって操作されているのではないか、という疑惑が持たれているって事だ』
「……は?」
とある組織……?
組織の陰謀……? 陰謀論?
えっ、なにそれ?
どこから悪の組織が出て来たの?
勇者ベリタス、お前、一体どこのスネークだよ!
「組織? 組織って……あの、『立てこもり勇者』たちの事? だったら、あいつらは、もう解散して戦うんだし……」
『だから、落ち着いて聞いてくれ。君もよく知っている、例の組織の事だよ』
勇者フリッツの声は、俺の耳の奥で、小さく鳴り響いた。
『《飛竜武器開発評議会》の事だよ……君に調査するよう言われて、勇者ベリタスがずっと調べてたらしいんだけど……覚えてないの?』
……それは、この世界の絶望の底に、ようやく小石がぶつかった、その絶望的なぐらい遠い、かすかな、かすかな希望の音だった。
俺がいつ投げたか、むしろ本当に俺が投げたのか。分からないし、記憶にもない。そもそも俺は石を投げて、その到達時間で深度を分析できるようなスキルを持ち合わせていない。
せいぜい俺に分かるのは、この世界の絶望には『底がある』という確かな事実。
後は、相変わらずの真っ暗闇が、俺の行く先に続いている。
勇者ベリタス……。
勇者ベリタス…………。
やっぱわからん、誰だ? そいつ。




