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81 メリッサ

 なぜか怒り心頭らしき勇者リリーの剣幕に、正直俺は押され気味だった。

 しかし、俺は勇者フリッツの人形として、鬼の顔をした勇者と向かい合って話し合いをしていた経験がある。

 その落差も手伝って、俺は驚くほど冷静に対処する事が出来た。


「ちょ、ちょっと落ち着いて、報告って、頼んでいた例の件?」


『貴様に質問する権利を与えた覚えはない、速やかに問いに答えろ』


「ですよねー……」


 まあ、わかってはいた……。

 帝国の栄誉近衛騎士団団長であるところの勇者リリーに、俺みたいな三下がまともに交渉できるはずなかった。

 俺自身の交渉が上手くなったような気がしたのは、単なる錯覚である。


「じゃあ、良い報告は?」


『この戦場にはメリッサと名のつく勇者が、全部で3人いる事が分かった』


「えっ、3人もいたのか」


 そんなにいるのが意外だった。

 この世界では、珍しい名前ではないという事か。


『誰かは分からないので、3人まとめて私の仲間に加えて、いまは私たちの保護下にある。それがまず良い報告だ』


 おお、と俺は目を見開いた。

 さすがだ、もう保護してあるとは。

 けれど同じ名前の勇者って、けっこう居るもんだな。

 なんせ25万人もいるんだから。


「なるほど、悪い報告の方は?」


『3人のうち、いずれの勇者メリッサも、自分には兄などいないと主張している』


「………………」


 俺は言葉を失ってしまった。

 ……えっ、どういう事?


 思わず勇者クレゾールの方を見やった。


 なあ、勇者クレゾール。

 兄貴を追いかけて異世界にやってくるほどお前を慕っていて、あれほどお前が事あるごとにうざいうざいと言っていた妹が、今はお前の存在を否定しているみたいなんだが。


 ……と尋ねてみたかったが、俺は口をつぐんだ。

 複数の勇者たちに弄られて、ようやく微笑みを浮かべるようになった勇者クレゾールに、今それを告げるのはあまりにも残酷だった。

 彼は人を助けるのに慣れていても、人に助けられるのは慣れていない。さすがのツンデレも、くすぐったいような勇者たちの思いやりを受けて、この時ばかりは発揮できないみたいだ。


 俺はさすがに空気を読んで、自重した。

 いまこの『希望』を崩すのは、かなりの勇気がいる。

 決まりが悪くなって、こっそり通路の隅の方に移動しつつ、こそこそと通話を再開した。


「ど、どういう事? ひょっとして、『メリッサ』以外の偽名を使ってるとかか?」


『勇者マキヒロ、貴様に質問する権利は……』


「す、すみません、後回しでいいです。それで、俺の命が危ないかもしれない質問ってなんです?」


 そう問いかけた瞬間、勇者リリーの声が低くなった。


『……貴様、勇者アリスに一体どんな修行をさせている?』


 ぞわっと、総毛立った。

 気が付いたら俺は、その場に正座してしまった。

 ……そのくらい、恐ろしい響きの声だった。


『メリッサに関する情報は、うちの子たちに集めさせていたんだが……そのうち勇者アリスに連絡を取った子が、花も恥じらう純情な乙女が、何か怖い声でも聴いたかのように、目を真っ赤にして泣いていたんだ……向こうからは、悲鳴しか聞こえてこなかったそうだ』


「あ……あ、いや……ひょっとして、俺のせい……ですか? それ」


『すぐに私が直接連絡を取った。すると彼女は「暗闇で恐怖心を克服する修行です」と答えた……何度も悲鳴をあげながらだぞ? 切羽詰まったように、喉を嗄らして、彼女はけなげにも、涙声で「大丈夫です、心配しないで」とまで私に言ってきた。この修行に耐えられなければ、お前の弟子になる資格はないのだと言ってな……!』


 えっ、まだ落ちているのか……もう4時間近くたっているぞ?

 そうか、勇者アリスは何度も繰り返し無限ループに挑戦しているんだ。

 やっぱり根が真面目なんだろう。

 けどまだ、落下に対する恐怖心から克服できていないみたいだ。

 そりゃあ、1人であんな暗闇を延々と落下し続けていたら、心細いだろう。

 すぐ慣れると思ったけど、迂闊だった……誰か一緒に居た方がよかったかもしれない。


『彼女の悲鳴が耳に残って、もはや私の方が耐えられそうになかった。それからも私は彼女の身を案じ、数分おきに何度も連絡を取り続けたのだ……』


「す、す、す、すみません……本当に、いい練習方法だったんで、よかれと思って……そんなに迷惑かけるとは思わなくて……」


『まあいい、貴様に彼女を預けたのは私だ、今さら撤回などしない。このことはいずれ、機会があるときに話し合おう。……で、貴様の質問は、偽名の可能性だったな?』


 俺は、がくがく震えながら、ぶんぶん首を振って頷いた。

 まあ、頷いたって向こうに見える訳がないのだが、そもそも怒り心頭の勇者リリーは俺の返答を聞くつもりからしてなかったみたいなので、関係なかった。


『我々は戦場で女の子を見かけたときに、片っ端から名前を聞くようにしている。

 なので、そのときに本名を名乗った素直で真っすぐな純情勇者は、すぐに見つけられた。

 その上で、そのとき偽名を使っていたおっちょこちょいな恥ずかしがり屋勇者や。

 我々に名前を答えなかった澄ましたクールビューティ勇者にも連絡をとった。

 彼女たちにも、メリッサを探しているので協力してほしいと尋ねた。その上で出て来た結果だ』


「あの、3通りの女の子の形容が的確すぎて、うまく出来すぎた三択感が半端ないんですけど……」


『それは貴様の錯覚だ』


 一瞬で切って捨てられて、俺は少し考えた。

 ぐう、と俺は唸る。

 勇者リリーに見落としさえなければ、戦場にいるメリッサはその3人で全員になるだろう。

 その辺は古参の勇者リリーの感覚を信じた方が間違いないはずだ。


 しかし、3人が3人とも、自分には兄がいない、と主張している。……どういう事だ?


「最悪なのは……勇者クレゾールの奴が、あまりの孤独感から生み出した、脳内妹だったとかいうオチだ……」


『貴様、よくそんな絶望的なパターンが思いつくな。……しかし、最悪を恐れて何も手を打たないでいるのは愚策だ』


 確かに、その通りだ。

 どの女の子だったらいいかな、なんてゲーム脳で選んでいる場合じゃない。

 勇者クレゾールの話によると、メリッサは、精神が不安定な状態だった。

 それが思ったより深刻なのかもしれない。


『素直で真っすぐな純情勇者でも、『自分には兄などいない』と言い聞かせ続けたせいで、強い自己暗示にかかっている場合がある。

 あるいは、おっちょこちょいな恥ずかしがり屋勇者は、感受性が高くて強い精神的ストレスをうけて、軽い意識障害でも起きているのかもしれない。

 または、澄ましたクールビューティ勇者は、兄以外の他人を信じられなくなって、我々を必要以上に警戒しているのかもしれない』


 いずれの勇者が本物のメリッサだったとしても、否定できない可能性がある、という事か……。

 ……これもまた、上手く出来すぎた三択。

 いや、無理やり三択に当てはめているのは俺だが。

 顔も知らない女の子の事を、あれこれ想像するのはよそう、空しいだけだ。


「けど、とにかく、その3人とも保護はしているんだな? だったら、一応は安全か」


 それなら、それだけでも兄貴に報告してやろう。メリッサは無事だと。

 そう考えていたら、「いや」、と、勇者リリーはそれをばっさり否定した。


『まだ確信はできない。戦場から離脱している、という事も考えられるからな、その辺りは、軍に尋ねてみないと分からない』


 戦場から離脱……。そんな事が、あるのか。

 この世界では、たとえ勇者が無限ループにはまってしまった場合でも、召喚師が勇者を再召喚すれば、戦場に呼び戻す事が出来るはず……。

 それを信じるなら、長時間戦場から離脱するなんて、通常はありえない。

 ひょっとすると、俺みたいに特殊なクエストが与えられれば、他の勇者と関わりのない場所に向かわされることもあるかもしれない。

 しかし、最悪のパターンから想像してしまう俺は、すぐに絶望的な答えへと行きついてしまう。


「戦場から離脱って……まさか」


 俺の声は、震えた。

 それは、勇者クレゾールに、メリッサが脳内妹だったという可能性を伝えるよりも、現実味があって、なおかつ残酷な気がした。

 だってそうだろ? 戦火の中で、兄妹がバラバラになり、兄を頼ってやってきた妹が。

 心に傷を負ったせいで、こんどは兄を置いて、戦火の中にひとり戻ってしまった、なんて、あいつに言ってしまったら……。


 通話先で、勇者リリーが、ゆっくり頷いたように感じた。


「クエストの途中で勇者が帰還する事は少ないのだが、戦闘続行が不可能と見なされた場合に限っては、元の世界に強制帰還させられる事がある」

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