80 勇者ギルド誕生の瞬間
「じゃ、提案をまとめようか。
1.惑星ミルフの勇者召喚の一時中止と引き換えに、これまでのチーム『立てこもり勇者』を解散し、新たに『惑星ミルフ保護同盟』と名を変えて再結成する事。
2.『惑星ミルフ保護同盟』のメンバーは取り替えが自由だけれど、軍の召喚・招集に応じられる勇者が常に600人以上在籍している事が存続の条件であり、各員は軍の求めに応じて戦闘に参加する義務を負っている事。
3.また同盟が規約に違反した場合は軍から解散の指示が出せて、これを拒否しない事。
4.そして『惑星ミルフ保護同盟』が解散していない間は、軍は惑星ミルフの勇者召喚を一時中止する義務を負う事。
この提案を今から軍に提出するって事で……なにか、問題はない? ないよね?」
「勇者マキヒロ、お前の頭の回転が早いのは分かるが、もう少しじっくり考えさせてくれ」
「あー、ごめん」
まあ、別に俺の頭の回転が早い訳じゃないが。
2人の議論の内容に、俺も正直ついていけず、途中からぼんやりとしか聞き取れなかった。
なので、勇者フリッツと勇者グルツが考えた提案を、俺もじっくり眺めてみる。
軍が立てこもり勇者たちの要求を一部飲む形になるが、これは軍にとってもメリットのある提案だ。
実際に、惑星ミルフでは現在、戦争が起こっているという問題がある。
ファンタジー世界らしく魔王でも現れたのかもしれないが、そんな時に戦える勇者がフィース・ワールドに引っこ抜かれて、絶望の世界で戦っている場合ではない。
なので、今勇者たちに呼びかけても、召喚に応じてくれない可能性がある。
それどころか、無理に召喚に応じると惑星ミルフに大きな負担がかかり、結果として以降は強い勇者を育成できなくなってしまう恐れがある。
そこへきて、惑星ミルフの代わりに召喚に応じてくれる事を約束してくれる同盟を結成する、というのは大きなメリットである。
あれか、バラバラだった傭兵集団が、傭兵ギルドにランクアップする感じだろうか。言うならば、『勇者ギルド』の結成だ。
まあ、中身はほとんど変わらないだろうけど、安心感が全然違う。
ただ、勇者ギルドを結成しただけだと、惑星ミルフを保護している間、立てこもり勇者たちが全員召喚に応じる義務を負う形になってしまうので、1800人の3分の1である、600人にしておいた。
同盟の人員を増やしたり減らしたりするのは自由なので、今いる立てこもり勇者たちの間でローテーションを組むなど工夫をすれば、負担を軽減できる。
……もっとも、何かがあって、召喚に応じられる勇者が600人を下回ってしまったとしても、惑星ミルフの召喚禁止が解かれる事はまずない訳だが。
「この、600人を維持するのが困難な場合は?」
この世界に召喚されている時点で、勇者たちはある程度の正義感や強さを兼ね備えている(らしい)のだが、それでも万が一、という事もある。
「ああ、もしそうなっても、軍が解散を命令する可能性はほとんどないから、安心していいと思うよ」
「ふむ……? ふむ、そうか」
というのも、軍にとっては召喚にすぐに応じてくれる同盟があることは大きなメリットなので、数百人もいれば、彼らに解散の指示を出すのはデメリットの方が大きい。
勇者フリッツによれば、実質300人ぐらいでも十分、というか、こんなに志を同じくする仲間が減ってしまえば、もうこの同盟は解散の危機も同然である。
それぞれの惑星で、同時に戦争などが起こってしまう場合もあるだろう。
メリットとデメリットを比較して、どうしても軍が惑星ミルフの勇者の召喚が必要だと判断したときに限って、解散命令が出される事が考えられる。
万が一解散してしまっても、彼らは強い勇者を帰還させることで、危機にある惑星ミルフを間接的に援助しているのだ。
その時にはもう、戦争も終わって、惑星ミルフも少しは情勢がよくなっている……かもしれない。惑星ミルフの勇者たちが召喚されたとき、勇者ギルドにすすんで参加してくれる……かもしれない。なにより、今後も同じような事を繰り返してゆけば、次は他の危機にある惑星も救えてしまう……かもしれない。
勇者グルツは鬼のような目でぎろりと俺を睨みつけ、うんうんと頷いた。
そして、真っ赤な手を俺に差し出してきた。
俺は差し出された手が何を意味するのか分からず、一瞬ぽかんとしてしまったが、慌てて手の汗をぬぐって、その手を握り返す。
「よろしく、頼む」
「あ、うん……手がデカいな」
「デカい事だけが取り柄だ。ここの中身は空っぽだ」
勇者グルツは自分のこめかみを指さして、下顎の牙をむいて苦笑した。
俺も苦笑した。あんたより俺の中身の方が空っぽです。
少なくとも勇者グルツは、勇者フリッツの作ったこの提案の重要度を、よく理解している。
俺はただの操り人形だ。
「できれば、早く勇者クレゾールを帰還させたかったが……それよりも、先にこちらの方を決めてしまった方がいいだろうな。なかなかいい提案だ。妹の方は、保護してくれているんだろう?」
「今、勇者リリーに探させているところ」
「そうか……勇者リリー」
その名前を聞くと、勇者グルツは鬼瓦のように顔をしかめた。
か、顔が怖いですよ、勇者グルツさん。
不機嫌な顔だけ見ると勇者というより魔王なんだが。
彼はあまり古参ではないみたいだが、どうやら勇者リリーの方が目立つので、何度か接触があるらしい。
人前で堂々と名乗りを上げる点で、2人はよく似ている。
「あいつはたまに女としておかしな発言が飛び出すが、お前が信頼しているのなら、まあ大丈夫だろう」
どうやら、勇者リリーはこの世界の男にはあまり受けが良くないキャラらしい。
スキンヘッド勇者とも犬猿の仲だったしな。
前時代的な考えの持ち主で、男は執拗なまでに叩いて、とにかく拒絶するタイプ。
まあ、その歪まないスタンスのおかげで、女の子たちには信頼があるのだろうが。
俺にはコロッと騙されたけどね。
そういえば、勇者リリーと話し合ったときも今の状況と結構似ているよな。
スキンヘッド勇者が場を仕切ってて、俺はあいつの勘違いに翻弄されてて、確か、あの時も俺のステータスが決め手になったっけ……。
とにかく、俺と勇者グルツの交渉は、これで一応の終わりを見た。
後は軍からの正式な返答を待つだけだ。
勇者フリッツが上層部と話をつけてきてくれるらしいので、もうほとんど決まったも同然である。
ほっと一息ついて見渡すと、勇者たちはお互いに顔を見合わせて歓談している。
リーダー格の勇者たちも、素直に礼を言えない勇者クレゾールを囲んで、肩を叩いたりして励ましていた。
どうやら上手く行きそうな事が、彼らにも伝わったみたいだ。
ただ1人、勇者クレゾールだけが申し訳なさそうにうなだれている。
……言えないよな。
俺は笑顔でそれらを見渡しながら、いつバレやしないかと、びくびくしていた。
彼らにこの世界で戦う決心をさせるきっかけとなった俺のステータスが、本来のステータスよりも、飛竜による経歴詐称によって盛られた文章の方が多い、完全なる詐欺ステータスだったなんてな……。
ていうか、バレたらどうなるんだろう、これ……。
なんかこう、大声で叫びたいんだけどな。けれど、そんな程度の事で、この人数の意思を曲げたり変えたりすることは、俺にできるとは思えない。
ここで本当の事を打ち明けてしまうほど、俺は空気の読めない奴ではない。
たぶん、俺を除外しても、軍と勇者たちの間で、似たような事が行われてしまうだろう。
『希望』のスパイラルは、俺の制御できるレベルを超え、もう歯止めが利かなくなっていた。
このまま、終わりよければすべてよし、で済めばいいのだが……。
残念ながら、『希望』が『絶望』に転化しなかった例なんて、俺の人生で一度もなかったのだ。
なにか、上手く行きすぎて嫌な予感がする。
そんな風に疑心暗鬼になっているところへ、勇者リリーから通話申請が入った。
さっそく勇者クレゾールの妹が見つかったのだろうか。
通話を開始すると、彼女はなぜか、全力で駆けてきたように息を荒くして、凄まじい怒気をはらんだ声で、言ってきた。
『勇者マキヒロ、良い報告と悪い報告と、返答次第ではお前の命がない質問があるんだが、一体どれから話せばいい?』
……どれでもいいから、まずは落ち着いてくれ。




