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79 希望の連鎖

 俺と1822人の立てこもり勇者との戦いは、ついにエクストラ・ステージへと突入した。


 この強きも弱きも勇者たちの心をくじくビヒーモス戦から逃げ出し、自分は戦わずに、いかにして他人を戦わせるか、という卑劣きわまりない責任のなすりつけ合いを本当に勇者の戦いと呼べるならば、であるが。


 けれどそんな事言ったら、勇者を異世界から召喚するという行為そのもがそういう他力本願な面を持ちあわせているのは否めないので、この戦いにツッコみを入れるということは、すなわち25万人の勇者を召喚するこの絶望の世界のすべてを否定するという事でもある。


 それに、それぞれの勇者は自分の世界を背負ってこの場にいる。この助かる見込みのない死の世界よりも、勇者として守らなければならない自分たちの世界を彼らは抱えている。

 自分の世界のすべての住民をこの戦いから遠ざけたいという願いは、この場にいる誰もが変わらず持っているはずだ。


 総プレイ時間39時間45分21秒。

 ビヒーモスのライフゲージは、2本目が残り2割強。


 巨大モブ討伐のためにあつまった筈の勇者達は、一体誰が戦って誰が残るかで揉めるという、ネトゲでもなかなかない展開に発展していた。

 俺は床に膝を突く勇者グルツの前に、正座で座り込んでいた。


 事前準備無しの要求に、さすがに勇者フリッツもじっくり考えているようだった。

 といっても、穴がないように、二回三回チェックしているだけらしいが。


『勇者クレゾールの要求は……第五宇宙の世界、惑星ミルフ出身の勇者の帰還と、召喚の禁止……まとめるとこんな所だね』


「ミルフなんてカワイイ名前だったのか……。難しいか?」


『まあ、そう簡単な事ではないよね。風を操る特殊能力が一般に普及してる世界で、色んな国の軍隊が、それぞれ独自に実戦に役立つ能力の持ち主を養成している。勇者クレゾールの能力、見た事あるだろ?』


 勇者クレゾールの能力はいくつか見たことがある。

 風で俺を空高く飛ばしたり、ダッシュ並みの速度で素早くビヒーモスまで駆けていったり、大岩を3つまとめて軽々と飛ばしたり。

 つまり、惑星ミルフに住む人々は全員が飛竜のツメと同等、もしくはそれ以上の事ができる。……そう考えていいだろう。


 その上に、特殊なアイテムや武器を持ったまま召喚される。

 飛竜のツメに頼りっぱなしの俺とは、比べ物にならないハイレベル勇者だろう。


 ビヒーモス戦に限らず、かなりの主力になるはずである。この惑星の勇者の召喚を禁止するというのか……。


『ミルフからは過去にも実績のある勇者が沢山でてるし、勇者候補は400人もいる。ここの勇者をぜんぶ使用禁止ってなると……俺が軍に交渉しても、今の取り引き材料じゃ厳しいねぇ』


 ……ここにいるリーダー格の勇者たちは、どれも実力派だが、せいぜい5、6人。

 彼らがどれほど強い勇者だとしても、とても惑星ミルフの勇者400名の穴埋めにはならない。


「あー……せっかくの申し出なんだけど、ここにいるみんなの帰還を取り下げても、要求を全部のむのは無理なんだ。特に召喚禁止が問題ある」


「どうしてだ、1人を新しく召喚する代わりに、俺たちが1人戦えば、済む話なんじゃないのか? 少なくとも、俺たちは戦いを要求されれば、拒まないと言っているんだ」


「そういう単純な話じゃなくて……あー」


 リーダー格の勇者達の、すがるような目が、痛切な眼差しが、俺に突き刺さっている。

 やばい、やばい、ずきずきと胸が痛む。

 ちくしょう、マジで心が折れそうなんだが。なんで俺がこんな役割を担わなきゃならないんだ。

 何も考えない「人形」に成り下がってれば楽だなんて、それも儚い『希望』でしかなかったっていうのか。


 助けを求めるように勇者クレゾールを見ると、彼はただじっとうつむいて、俺と勇者グルツの話し合いに耳を傾けている。

 あいつと妹の帰還だけは、なんとかしてやりたい、というのは、俺も同じ気持ちだった。

 そしてできれば、今大変な事になっている惑星ミルフ。そこにいるあいつの兄妹も、全員助けてやれれば……。


「……今の段階で、せいぜい約束出来るのは、いま召喚されている惑星ミルフの勇者の帰還ぐらいだよ。

 とにかく、勇者召喚そのものを禁止するのは、もっと時間がかかるっていうか……何百人もの勇者の穴を、ここにいる数人だけで埋めるのは、まず無理なんだよ……」


「だったら、俺たちが戦うよ……」


 さらに、勇者グルツの大声を聴きつけたのか、外から続々と勇者達がやってきた。

 ぞろぞろ、ぞろぞろと姿を現した勇者達は、狭い通路には入りきらず、外の階段にもいっぱいに並んでいる。

 う……わ……。

 いっぱい来た。

 どんどん増えていく交渉相手たちに、俺は息を呑んだ。


「俺からも、お願いだ、勇者マキヒロ……。俺たち1人1人は弱い勇者かもしれないが、せめて勇者クレゾールが兄妹を見つけられるまで、代わりに戦ってやる覚悟はある」


 俺にも見覚えのある見張り勇者が、彼らの先頭に居る。

 そいつは、俺に真剣な眼差しを向けていた。


「もし、軍がその願いを受け入れてくれるのなら、俺たち1800人の要求は撤回しても構わない」


「えっ……な、なんで?」


 要求の撤回。

 予想外の出来事に、俺も勇者フリッツも変なリアクションをしてしまった。

 それは、さっきまで『絶望』に打ちひしがれていた勇者たちとは思えない、前向きで清々しい決意だった。


「要求を撤回するって、それって、自分の世界の事はもういいって事か? どうしてそこまで」


「お前のお陰だよ、勇者マキヒロ」


 えっ、俺のせい?

 俺が自分の鼻先を指さすと、見張り勇者は、照れ隠しをするようにふっと笑い、鼻をかいた。


 俺の……せいだった……。

 失敗召喚で呼ばれた、俺の存在そのものが、この世界に対するハリボテの『希望』を彼らに与えてしまったのだ。


「そりゃあ、あんな絶望的なステータスを見せられたらな……。

 お前みたいな絶望的な経歴を持つ、絶望的な世界からやってきた絶望的な勇者が、ビヒーモスの鱗を剥いで、俺たちの遥か先までいく戦いをしていたんだ。

 腹が立ったし、嫉妬したよ。

 理不尽な現実を目の当たりにして、俺はますます絶望したね。マジでここは絶望しかないクソみたいな世界だ」


「どういう事だよ!? 戦う気になったんじゃなかったのかよ、絶望したのかよッ!?」


「ああ、絶望したさ。俺たちはただただ、死ぬ思いをして何もできずに、このまま帰るだけなんだ。まるで覚めない悪夢を見ている気分だ。……けれど、今なら自分の世界に帰って、どんなに苦しくとも、戦い続けられる」


 見張り勇者は、拳をぎゅっと握りしめて、言った。


「この世界には『希望』の欠片もなかった。けれど、『絶望』もなかったんだ。そこにはただ、『勇気』だけがあった。俺はお前に、勇者の証を貰った気がするんだ。……だったら、この絶望の世界で戦い続ける事も、決して無駄なんかじゃないって、そんな風に思えてきてな」


 彼の勇気ある告白と苦笑いは、まわりの勇者達に伝線していった。

 腹のでっぷりした、ドワーフをデカくしたような恰幅のいい勇者が出て来た。戦士というよりも、商人みたいな顔つきだ。


「俺たちはみんな同意見だ。お前と一緒に戦うよ、勇者マキヒロ」


「えうっ……」変な声と変な汗が出た。


「すまんな、俺みたいな小心者が、こんな事を言えた義理じゃないかもしれん。俺は多分、この中でも最弱の勇者だからな。

 ……っつうのも、戦争もまるでない平和な世界から来たんだ。最初はこの世界を救ってやるって軽い意気込みで召喚されてきたのに、結局なにもできずに、ポイント稼ぎさえできなくて、この世界のすべてに絶望して帰ろうとしてた。

 これじゃ、元の世界で俺を待っている息子たちにあわせる顔がない、せめてあいつらだけでもこの世界に召喚されないよう、救ってやるつもりだった。けれど、俺には今年生まれたばかりの末っ子がいて……そいつが丁度、今のお前くらいのHPだったんだ」


「俺のHP、赤ん坊並みかよッ!?」


「そうしたら、だいぶん気分が落ち着いてきてな。息子を前にして、お前達を絶望の世界から救ってやったんだぞって、果たしてこんな有様で言えるのかって気づいたんだ。

 だけど、お前の父親は、お前達の世界を救うことはできなかったけど、とある仲のいい兄妹のいる世界を救ってやったんだぞって自慢してやれるのなら、何一つ手に入れるもののない戦いだったけれど、俺は胸を張って家に帰ることができる。

 この手で惑星ミルフを救ったことを、俺たちの誇りにしたいんだ。みんなも同意してくれたよ。

 身勝手ですまねぇけど、俺もお前と一緒に戦いたい。お願いだ、こんな役立たずの俺だけど、もう一度、お前と一緒に戦わせてくれないか、勇者マキヒロ」


 立てこもり勇者達の誰もが同じ志を持って、引きこもり勇者の俺を見ていた。

 どうやら、交渉役の俺に対して、めいめいの意思を表明しているらしいのだが。

 俺は頭がぼんやりして、ろくに反応することが出来なかった。


 ……どうやら、俺が戦う事前提という形で話が進んでいるらしいのは、なんとなく分かったが。

 どうしよう、本能が、俺の本能が空気を読むのを拒絶している。


 俺が予想外のハプニングにまごついていると、暫くして、勇者フリッツが、


『勇者マキヒロ、交渉をこの場で一気に終わらせる方策を思いついたんだけど、聞いてくれる?』


「ああ……わざわざ俺に聞かなくてもいいと思うけど……」


『いやいや、こういう奇跡を味方につけてしまうタイプの人間にはね、下手な事をさせると何が起こるか分からなくて怖いんだ。残念ながら、俺みたいな凡人がいくら非才な知恵を絞って計算したって、奇跡には遠く及ばないからね』


「お前が言うと、皮肉にしかなってねぇよ……。というか、俺は根っからのクズだから、こういうチャンスがいくらあってもみすみす見過ごすんだ……今だって、お前のナビゲートがないと、ここから先、どうやって歩き出したらいいかも分からないんだからな」


『歩くぐらいならお安い御用だよ、少なくとも必要とされているってのは、嬉しいね』


 シニカルに笑って、勇者フリッツは言った。


『じゃあ、あとは勇者グルツと僕が話し合いを引き継ぐよ。一応君の上官って事でね。

 軍は、惑星ミルフの勇者の召喚を一時的に中止する。そしてその間に、立てこもり勇者たち1800余名は、何らかの形でそれを補償する交渉を軍と行う。

 こういう形に持って行って、円満に交渉終了といこうじゃないか』

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