78 エクストラステージ突入
「……ッ! 待ってくれ、勇者マキヒロッ! まだ話があるッ!」
交渉を再開する約束を取り付けて、もうお役御免だと思っていた俺の足元に。
勇者グルツが、床に両手をつきながら迫ってきた。
鬼の顔をした男が四つん這いになって迫ってくると、逆にとてつもない迫力を感じる。
下顎からキバをのぞかせた顔で俺を見上げて、三白眼になっているのがちょっと恐い。
『あー、勇者マキヒロ、余計な話は聞いちゃダメ、急いでいるからって断って』
まだ通信のつながっている勇者フリッツの声は、俺の帰還を急かすものだった。
賢い連中を相手に交渉するときは、なるべく早くけりを付けて帰った方がいい。
あまり長居していると、せっかく追い詰めたのに、そのうち新しい作戦を閃かれる可能性がある。
『そのための単なる時間稼ぎって場合もある……。こういうのにいちいち対応しているとキリが無くなるぞ』
勇者フリッツの助言に、俺は軽く肯いた。
下から魔物のように俺を睨みつけている勇者グルツに、俺は言った。
「悪いけど、急いでいるから……」
「お願いだ、今じゃなきゃできない話なんだ! 勇者クレゾールの事なんだッ!」
相変わらずの大声が、周囲のパイプにキンキンと響いた。
瓦礫撤去の現場でもよく響いていたのに、この狭い空間では異様に反響する。
周りの勇者達が耳を塞ぎ、勇者フリッツもさすがに閉口している。
奥の方にいた勇者クレゾールが、驚いたようにこちらを見ている。
他の勇者達の反応からも、どうやら事前に話し合った内容ではないのかもしれない。
彼らに交渉の全権を任せられているという勇者グルツは、額を床に擦りつけるようにして言った。
「いま、勇者クレゾールの故郷がどうなってるか、お前も聞いているだろう……」
「あ、ああ……」
うっかり生返事をしてしまった。もうこんな状況になったら、聞くだけ聞くしかない。
勇者クレゾールは、たしか戦争で、兄妹の行方が分からなくなっている、という事だった。
「本当に一刻も早く、兄貴のあいつが帰還しなきゃならないんだ、だから、どうかお願いだ、軍との交渉が次、いつになるかわからねぇ、俺たちの要求はどうなったっていいから、先にあいつの要求だけは、いまこの場で、結論を出してやってくれないか!」
『きっぱりと断って、軍から帰還命令が出ているって言ってくれ』
「あー……ダメなんだ、軍から……」
「勇者クレゾールの要求を、聞いてくれたら、代わりにッ! 俺がッ! この世界でッ! 戦い続けるッ!」
あまりに大きな声のせいで、風圧すら感じた。目の端がじんじんする。
どうやら勇者グルツは、自分の要求を取り下げてまで、勇者クレゾールを帰還させようとしているらしい。
たった1人の仲間のために、一体どうしてそこまでしようというのか。
「男、勇者グルツ。俺にあるのはこのデカいだけの声と身ひとつだ、だから交渉なんて重大な事を任せられても結局最後は頭を下げて、体を張ってぶつかるぐらいしか脳がねぇ……! だからお願いだ、勇者クレゾールは、あいつは戦いから逃れる為に元の世界に戻ろうとしているんじゃないんだ、元の世界で兄貴の帰りを泣いて待っている兄妹を助けるために戦おうとしているんだよ、だったら俺だけ元の世界に戻ってぬくぬくしていられる訳がねぇ、俺もあいつと一緒に、この身が燃え尽きるまで、この世界で戦い続けるのが人情ってもんだ、そうだろうッ!」
勇者グルツが、鬼の目から滂沱の涙を流している。
い、勇ましい……。
あいつが戦うなら、自分も一緒に戦う。
俺があんなに言いたくて言えなかったことを、こんなに堂々と言うなんて。
格好いい。これが男か。惚れてまうやろ。
これも単なる時間稼ぎ……かどうかはともかく、大の男にここまでされるとちょっと困る。
軍の高官とか古参の勇者ならともかく、俺はただの一勇者だ、これで何の反応も示さずに帰るような心臓を持ち合わせていない。
俺は完全に勢いに呑まれて、口継ぐんでしまった。そんな様子を察したのか、勇者フリッツが助け船を出した。
『勇者マキヒロ、誰かから通話がかかってきたふりをしてくれ』
「あー……ちょ、ちょっと待って」
なんとも断りづらい雰囲気に、俺はたじたじになって、勇者フリッツに助けを求めた。
「なあ、どうしたらいい?」
『むろん断る一択。こういうのは一度隙を見せたらダメ』
「けどさ、これ演技とかじゃないっぽいよ? むしろ断ったらマズくない?」
『向こうは罠にかけるつもりじゃなくて天然なのかもしれないけど、天然の洞窟だって入り込んじゃうと危険だからね。洞窟の入り口でぼんやりたたずんでいるとどんな蛇が出てくるかわからない。すぐにその場を離脱するんだ。言っておくけど、これは軍からの命令だからね』
「あー」
軍の命令なら仕方ないな……。
勇者フリッツの言葉を受けて、勇者達に向き直った。
その瞬間、俺が何を言うのか分かっていたかのように、次々と背後の勇者達が動き始めた。
「……勇者マキヒロ! 俺からも頼むッ!」
なんと、勇者グルツに習って、他の勇者達が次々と土下座をしはじめたのだ。
なるほど、洞窟の入り口は危険だ、俺は早く離脱すべきだった、思わぬジャッカルが出て来た。
土下座という習慣に馴染みがないのか、戸惑いながらも、その情けなさから服従を示すポーズだというのはなんとなく感じられるのか、みな一様になんとか同じ姿勢をたもち、口々に言った。
「それで足りないなら、どうか俺の要求も取り下げてもらってくれ! 俺も戦う!」
「俺は元々、勇者クレゾールの要求を叶えてやるために参加してたんだ、だから俺も戦い続ける!」
「あいつ目つきも口も態度も悪いけど、本当はいい奴なんだ、人には言えない苦労してきてるんだ、俺たちはどうなってもいい、だから、勇者クレゾールだけは、助けてやってくれ……!」
「おい、やめろ……もう」
勇者クレゾールは顔を手で覆って、弱々しい声を振り絞った。
こいつも本当は、自分の事を優先したかったのを我慢して、他の似たような境遇の連中の為に戦おうとしていたんだろう。
……つまり、これが、本物の勇者とただのクズとの違いか。
俺が必死で言わせようとして、どうしても言わせられなかったことを、こうしてさらっとやってのけるんだ。
勇者フリッツが嘆息するのが聞こえて、情けない気持ちになった。
「ごめん……なんか、いっぱい出て来た」
『いや、君のせいじゃない、勇者マキヒロ。俺の思ったより勇者グルツは手強い……今の彼の行動で、内部崩壊を引き起こそうというこっちの目論見が完全に潰された形だ』
「えっ、こいつ、そこまで計算してんの?」
『分からない、天然でも計算でも、どちらにしても恐ろしい相手には違いない。とにかく、こいつは自分の一番の武器を理解してそれを使いこなしている。……悪いが、少しでも次回の交渉を有利にスタートさせたい、そのために、もう一踏ん張りしてくれないか?』
「………………」
真ボスステージ終了と思いきや、さらなるエクストラステージ突入の宣告に、俺はため息をつくのだった。




