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77 交渉終了のお知らせ

「残された時間がもうないため、俺たちは交渉を中断して自爆し、解散の道を選ばざるを得ない。ビヒーモス戦後、俺たち1822名が全員無事に蘇生させられ、『立てこもり勇者』として再結成し、交渉を再開できるように取り計らってもらいたい。それが軍への要求だ」


 勇者グルツはまず、俺たちに再結成の保証を要求してきた。

 制限時間30分は、交渉を詰めるにはギリギリの長さだった。

 このままでは中途半端な結果になってしまうので、次回に持ち越す。 


 俺は、うん、と頷いてそれに返答した。


「心配しなくとも、1822名の勇者の蘇生は保証されているよ。それに、営利組織でない限り、勇者達の組織の結成に軍が関与する事は原則ない。だから人数が揃い次第、『立てこもり勇者』の再結成は可能だ」


 俺は、勇者フリッツが脳裏で囁く言葉をそのままトレースした。けっこう楽なお仕事だ。

 俺の口からは普段絶対に流れないような言葉が、それっぽい身振りを加えながら紡がれていく。


「この場合争点となるのは、組織を再結成する時期だ。その時期の決定を誰がするのか。それまでに勇者達のメンバーが元の世界に強制送還させられるか否か、あとメンバーの変更もできるかどうか。その決定権を話し合いで決める事になるな。そちらの希望としては?」


「再結成と交渉の再開は、我々の自爆の後、全員が蘇生して、時期を見てから決定する。その時期の決定は俺たちの代表者がする。そしてその間、強制送還は本人の希望がない限り、原則禁止としてもらいたい。それが希望条件だ」


(おっと、勇者グルツ。戦闘の拒否権が抜けているぞ~。じゃあなに、その間にビヒーモスと戦えって言ったら戦ってくれるんだ?)

 勇者フリッツは、そんな感想を囁いた後、早口で言葉を継いだ。

 俺は必死でその後を追って口を動かす。


「あー、強制送還を原則禁止にすると、どんな犯罪を犯しても強制送還できない勇者が生まれるね」


 勇者グルツは、眉をぴくっと動かした。


「……俺たちの中に、犯罪者が現れると?」


 まあ、1800人もいるんだから、とうぜん全員を信頼することは難しい。顔も分からないのだ。中からそういう奴が現れても不思議ではない。


「いいにくいんだが、これは今後交渉を進めていく上で、君たちが非協力的な人間だという印象を周囲の勇者に与えてしまう危険があると思うよ。

 軍が犯罪勇者を強制送還したくても、君たち『立てこもり勇者』との規約上、勝手に強制送還ができなくなる。そこで軍は君たちに再結成をお願いして、強制送還が可能かどうか話し合う事になるね。

 君たちが犯罪捜査の解決に協力的な勇者達である場合、こちらの都合で君たちが再結成する時期を決めなければならない。

 この規約はお互いにデメリットしか生まない。なので、同じことをするなら、もっと賢い方法がある」


 勇者グルツは、ぐいっと片眉を上げた。「賢い方法」


「じつは、この立てこもり事件に関して、軍法会議で下される処罰を先取りしてあるんだ。今現在までのビヒーモス戦期間中の罪状をひとりひとりあらかじめ精査して、命令違反した1822名はいちおう全員、強制送還させられるほどの罪には問われない、という結論が出ている」


 おお、と勇者達の間から簡単があがる。「ただし」と俺は前置きしてから、言う。


「あくまで今現在までの罪状だ。この後、予測されている重大な命令違反が重なった場合はどうなるか知らない。どういう命令違反が問題なのかわかる?」


 問いを投げかけられて、様々な反応を見せる勇者たちの中、勇者グルツの眉が、くいっと持ち上がった。


「……我々の自爆に関しては、保証できない、と言う事か」


「そう。自爆に関しては、魔力炉もその被害範囲に含まれるし、実質的な被害規模が予測できないので、それをしてしまうと場合によっては一部勇者の強制送還も考えられる、という結論が出ている」


 立てこもり勇者達の間に、微妙な空気が流れた。

 勇者たちが何か意見を言う前に、勇者フリッツはひと言ひと言強調するように、強気な姿勢を見せた。


「我々勇者には、時には少数の権利や命よりも優先して護らなければならない物がある。君たちなら分かるだろう。……これだけは絶対に譲る事は出来ない」


 ……喋ってるのは俺だからって、勇者フリッツは場の空気を読んで貰いたい。

 ちくしょう、俺の口でなんて事を言わせるんだ。

 俺が言っても迫力なんて全然ないっていうの。

 背後の勇者たちが不愉快そうな顔を並べているのを、勇者グルツが手をかざして封じた。


「すると、我々はこの後、自爆をせずに立てこもり続けるしか選択肢がない事になる。だが、軍は我々の立てこもり継続を認可する、という事でいいのか?」


「うん、そうする。だってもう、それしかないよね」


 立てこもりを許されたことで、勇者たちの怒気がふっとゆるむのを感じた。

 勘弁してくれよ、俺でさえ空気が読めるような状況なんてめったにないぞ。


「たしかに、自爆のメリットが認められない事はないんだよ、軍としても事後処理という形で問題を後回しにできるし、君たちはプレッシャーに耐えられなくて脱落する勇者が出てくるのも防げる。

 君たちリーダー格の中からも、さっき魔晄炉から出て行った勇者がいるよね。覚えてる? 知ってる? ……名前、なんだったかな? たしか……」


 すかさず、重箱の底をつついて挑発するような発言。

 俺は、勇者ドバルの事か? と思ったが、相手に答えさせる為にわざとぼやかしているのだと思って、俺も黙っていた。

 だが、リーダー格の勇者達も顔をあわせて、「誰だっけ?」「さあ」というとぼけた感じである。どうやらこのグループ内でも空気的な存在だったようだ。

 勇者フリッツは、目の前の勇者たちには聞こえないのに、げほん、と咳払いをして続けた。


「ともかく、彼は軍に協力を申し出てくれたんだが……その彼が対ビヒーモス戦用の攻略法を見つけてくれたんだ」


 まあ、見つけたのは俺だけどな……。


「さらに、彼の協力でいま、新スキルの開発も進んでいて……」


「話が横道に逸れてるぞ」


 勇者クレゾールが眉間に皺を寄せ、イヌが警戒するように声を放った。

 いつものツンデレだろうと思って大して気にしなかったが、


(やばい、勇者マキヒロ、両手をあげて)

 という指示が出て来たので、俺は両手をあげて押し黙った。


 勇者フリッツの指示も途絶え、しばらく沈黙タイムが流れた。

 勇者グルツは何やら考えている様子だったが、場を取り持とうとするように、他の勇者から質問が飛びだした。


「その攻略法って?」


 これだけ人数がいるといろんな勇者がいる。

 1人だけ、どうやら決心が鈍り始めている勇者がいたみたいだ。


「あと、残り時間はどのくらい?」


(フィッシュ・オン。話題に食いついてきた勇者がいたら、すかさず時間を気にするふりをする。

 二重の意味で焦らしておく作戦)


 勇者フリッツの実況がうるさい。喋る力が有り余っているのは分かるが、うっかり俺が同じ事を喋ったらどうするつもりなんだ。


「20分ほど」


「あんまり具体的な話をする時間はなさそうだけど、我々勇者たちが攻撃するのは格段に楽になると思うよ」


(でーたー! 必要最低限のひと言の中に、さりげなく『我々』と入れるあざとい話術。

 さあさあ、楽になるのは『我々』ですよ、興味出て来たでしょ! はやくこっちにおいでよ!)


 その約一名が納得するのを、俺はじっくりと見届けていた。

 実は勇者フリッツが小声ではしゃいで実況をしまくっていたため、不自然な間が開いてしまっただけだったのだが。

 しかし、さすが勇者フリッツ、この間を開けるのも計算のうちだったらしく、結局不自然な間にはならなかった。

 勇者クレゾールも、間が開く事に関しては何も口出ししてこない。


「じゃ、話を本題に戻そうか。ということで、再結成に関する君たちの要求をまとめると、いまのところ問題はない。

 いつでも君たちが時期を見て決められるし、その時期の決定は君たちの代表者ができる。そしてその間の強制送還は、本人の希望がない限り原則禁止となる。

 付け加えると、よほどの事をしないかぎり勇者たちは強制送還なんてされないし、原則禁止になんてする必要はない。よほどの事をしてしまった勇者が現れた場合も、ちゃんと君たちとは別件として軍が適切な処置をする。その点に関しては軍を信頼して欲しい。

 ただし、この後予定されている自爆行為がその障害となっている。問題はそこだけだ。それさえやめて貰えれば、交渉の再開はすんなりいくと思うよ。

 まあ、これはお節介かもしれないけれど、同じ解散するにしても、立てこもりを続けるか、真面目に戦闘復帰するか、もう一度全員に、どちらの方が再結成まで気を楽に保てるか、訊ねてみるのが一番賢い方法じゃないかな。

 あと、諸々の細かい要求に関しては、君たちが再結成してからお話を詰めていくことにしよう。

 軍にできる返答はこんな所だけど、分からない事はある? ……時間ないみたいだから、そろそろお開きでいいかな?」


 言いたい事を言って、素早く会話を断ち切ろうとする勇者フリッツ。

 どうやら反対意見が出る様子はなさそうだ。(じゃ、勇者マキヒロ、立って)という指示に、俺は両足で立ち上がり、飛竜のツメを拾う。


 高い位置から立てこもり勇者達の表情を見渡しても、だいぶん悩んでいるのが窺える。

 それを見て、今は円卓の間にいると思しき勇者フリッツは、ひと息ついた。


(ふぃー、やっぱギリギリまで粘ったのがよかったねぇ)


 ……やっぱり、遅れたのはわざとだったのか。

 ひでぇ、制限時間いっぱいまで、連絡がつかないふりをして待っていたんだ。


(みてよ、彼ら今、自分たちの設定した制限時間に迫られて焦ってるよ。こりゃ20分じゃ話はまとまらないね、自爆するかどうかで間違いなく延長する。

 そしてそのままずるずると延長していって、そのうちボロボロ離脱者が出てくる。もしくは、あせって強引に自爆を推し進めようとする奴が現れて争いに発展、いずれにしろ内部崩壊かな)


 ……本物の交渉は、開始してものの10分で終わった。

 それはあまりにあっけない幕切れだった。


 交渉と言うのは、お互いの要求を聞いて、意見を出しあうものだという常識に俺はとらわれていた。

 勇者フリッツの交渉は違った。彼は次回の交渉の約束を取り付けただけで、実質、立てこもり勇者たちを分解の危機に陥れたのだ。

 相手の要求を一切聞かずに、ものの10分で交渉そのものを終わらせてしまった。


 制限時間があれば利用する。脅されれば逆にそれも利用する。

 あわよくば内部崩壊を引き起こし、文字通り全てを終わりにまで持ち込もうとする。

 なるほど、『交渉』ってこういう事をいうんだな。子どもの俺はぜんぜん知らなかったぜ……。


(まあ、その場の感情にまかせて集まった出来合いのパーティの末路なんて、大体そんなもんだよー。じわじわ自然消滅するのを待つのがセオリーなの。できたら内部崩壊がいいなー俺の仕事減るし。じゃ、後は放っておいて、様子を見よう、お疲れさま!)


 今は、こいつが俺を騙してくれたという憤りよりも、こいつが俺を人形として操って、勇者たちに対してやってしまった事に対する恐ろしさが、俺の胸の内を支配しているのだった。

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