75 ゲームオーバーのその後
その宣言を受けた瞬間、俺は呼吸を忘れて、そいつらの顔を見渡した。
そこでようやく俺は気づいた。そこにいた勇者達がみな、目に深い諦観の色を浮かべている事に。
冷静に考えてみても、何かの冗談を言っている風にしか思えなかった。
さっきの俺との交渉の末に至った結論が、自決だなんて、そんな趣味の悪い選択だなんてのは、論理的におかしいし、認めたくなかった。
「おいおい、待ってくれよ……まだ話が、終わってないだろ」
「悪いが、もうお前と話せる時間はない」
勇者クレゾールは、何度も総プレイ時間を確認しながら言った。
「もう時間切れだ」
時間切れ。
BADEND『タイム・オーバー』。
制限時間があったことなんて知らされていなかった俺は、その唐突な打ち切りに唖然とした。
時間がいつまでも許されていると思い込んでいた自分を棚に上げて、身勝手にも、怒りさえ覚えた。
恥辱に、愚かさに、顔が熱くなった。
……俺は一体、何をやっていたんだ。
自分ならできると思い込んでいたからこそ感じる憤りだった。
本当はこいつらと『交渉』するのが俺の役割だったじゃ無いか。
それが答えをはぐらかして、目的を見失って、結局リーダーとお喋りしていただけだなんて。
だから俺は、この世界に来たときからずっと同じ事を言っているじゃないか。
俺みたいなクズに、何かが出来るなんて『希望』を抱くからいけないのに。
なのに、俺は、もう何もかも終わってしまった後で、みっともなく慌てていた。
「待てよ……だって」
「最初に決めていたことだ……このまま長引けば、ビヒーモス戦に支障をきたしてしまう」
勇者クレゾールの声が、冷たく耳朶を打った。
「もし、軍がこのまま俺たちの交渉に応じずに、制圧に乗り出したらどうなる。お互いに死傷者が出るのは確実だ。
その場合、一番最悪なのは、ビヒーモス戦に大きすぎる被害が出て、蘇生が困難になってしまう事だ。
万が一、軍がこのエリアから撤退するような事があれば、蘇生に数年から数十年、下手をすれば、蘇生そのものが放棄される恐れがある。
それは要するに、永久の死だ。
俺たちもそれは避けたい。だから、ビヒーモス戦に影響の出ないラインだけは厳守する、俺たちは事前にそう話し合っていた……」
俺の頭が悪いのか、勇者クレゾールの発言が理解できなかった。
どうしてだ。一体何が悪かった。
俺は一体どこでルートの選択を間違った。
いや……どこで間違ったのかなんて、答えは明白だった。
俺は彼らに伝えるべき事を、まだ全部伝えていないんだ。
「い、いますぐビヒーモス戦に戻ってくれ!
攻略法があるんだよ! それを伝えに来たんだ、俺は!」
切羽詰まった俺は、まだ完成していないビヒーモス攻略法、しかも飛竜のツメ限定の話を持ち出した。
もっともらしい『希望』も、その根拠を拵えてやらなければ、誰も誘い出すことは出来ない、それこそ単なるハッタリでしかない。
どうして俺はこう用意が悪いのか。
自分がその攻略法の開発を先延ばしにしていたという事実に、歯がみするしかない。
変だ、おかしい、どう考えてもこれはおかしい。
これまでの俺だったらふて腐れていた絶望的な状況なのに。
それでも、後悔して何もしないよりかは、最善を尽くそうとした。
「ビヒーモス第二形態に有効な、攻略法が見つかったんだ。
ポイント稼ぎをするなら、今からでも間に合う。
たぶん、聞いたら驚くかも知れないけど。ここに立てこもってる、たった2000人でも、出来る事はあるんだよ。
いやむしろ、瓦礫撤去をしていたこいつらでなきゃ、出来ない方法なんだ」
どうして自分がこんなに必死なのか、俺には分からなかった。
死んでもまた、時間をかければ生き返る事が保証されているこの世界で。
生き返るために今死のうとしている者達を前にして。
どうしてそこまで必死になる事があるのだろうか。
たぶん、いま死ぬことが、こいつとの永遠の別れを意味していると、本能のどこかで感じているからだ。
もし何事もなくビヒーモス戦が終われば、立てこもり勇者達はそのあと時間をかけて1人ずつ蘇生させられる。
けれど、その時もう、俺はこの世界にいない。
少なくとも、俺が勇者クレゾールと顔を合わせる事は、もう2度とないだろう。
いま俺の知っている全てを伝えなければ、その機会はもう永久に失われてしまう。
「ダメだ、もう決めたことだ」
他の勇者達は顔を見合わせたが、勇者クレゾールは、決然として言った。
「どうして……! 話し合いだけでもしてくれよ、それだけの時間はあるだろう!」
「これだけ言っても分からないのかよ、まだ『希望』は残されているんだよ、死んだ後で後悔するぞ、このままじゃみんな、犬死にになるぞ!
頼むよ、お前がリーダーなんだろ、お前さえうんと言ってくれたら、お前が、俺の言葉をみんなに伝えてくれたら、ぜんぶ解決するはずなんだ……!」
みっともないあがきだと自覚していた。
勇者クレゾールの冷たい目は恐くない。
俺の中が崩壊していく感覚がする。
感情が爆発して膝がガクガクふるえていた。
説得の方法は後で考えて、とにかく時間だけ引き延ばそうという姑息な手段。
手札をすべてさらけ出して、それでも時間は延びてくれなかった。
あとはもう、ひたすら内面をさらけ出して、感情に訴えるしかない。
「俺を舐めんなよ、どうせお前はそんな冷たい外面して、内面は寂しがってるんだろ!
どうせお前は『助けますか?』と聞かれて『はい』か『いいえ』の選択肢が現れたら、何度『いいえ』を選んでも結局『はい』を選ばざるを得ないツンデレ勇者なんだろうが!
お前のキャラなんて、わかってるぜ……!
お前の助けを求めているこの星を! この世界を救う事を! ……よりにもよって、お前が、諦めるわけないだろうが!」
「勇者マキヒロ」
勇者クレゾールは、俺の挑発なんて効かない、とでも言うように首を振った。
俺は喋るのを止められなかった。
ここで止まったら、その事実を認めてしまいそうだったのだ。
俺も気づかないうちに勇者クレゾールに対して抱いていた『希望』があった事を。
しかもそれが、すでに真っ黒い『絶望』に転化してしまっていたことを。
俺は認めたくなかった。
不幸をまき散らしながら、ボロボロに崩壊しながら、その事実を無視して。いつまでも俺は、壊れた機械のように、『希望』ばかり語り続けていた。
俺には訳が分からなかった。
どうしてこんな状況になってさえ、勇者クレゾールに対する『希望』が溢れてくるのか。
軍に反逆して、俺と敵対して、自決する覚悟をして、それでも勇者クレゾールに対する『希望』が、俺の中から無尽蔵に溢れてくるのだ。
それを認めてしまう訳にはいかなかった。『希望』に完全に身をゆだねてしまえば、『俺も一緒に戦う』と言ってしまいそうな気がするのだ。
「お前、納得したんじゃ無かったのかよ、この世界で戦い続けるのは、決して無駄なんかじゃないって……!
お前の妹は助けてやれるし、攻略法だってあるんだよ、それに自分の事を弱い勇者だって言ってるけど、お前らの方が俺より明らかに強いじゃねぇか……!
勇者クレゾール、お前みたいな勇者が、俺みたいな弱い勇者を戦わせて、自分だけ元の世界に帰ろうとするはずがないだろ!
レベル70もあるし、HPだってちゃんと3桁あるし、俺には使えない魔法を使えるし、人を殺した事もあるって言うし……!
戦うのに疲れたから死ぬなんて、お前が言うなよ! お前みたいな強い勇者には戦う義務があるんだよ! そんな甘えた事が許されるはずがねぇんだよ! 戦えよ、お前は勇者だろ!」
もはや説得の体を成していない、ただただ感情をぶつけるだけの罵倒に等しい行為。
顔や口は熱を帯びているのに、心が急速に冷めていく。頭が、言葉の内容が、空っぽになっていく。
狂態をさらしながら、俺は自分の内面の変化を冷静に感じていた。
俺の中の火が消えて、ついに、勇者クレゾールに対する『希望』が潰えた。
目の端から変な汁がにじみ出てくるのも感じた。たまにわけ分からん理由で汁が出てくるのは、男の子だから仕方ないとして。
それでもまったく変わってくれない目の前の歪んだ現実に、どうして俺はまだふて腐れずに、立ち向かっているのか。
俺の真っ直ぐ見つめる先で、勇者クレゾールは、俺に決定的なひと言を言った。
「だから、無理なんだ、軍が俺たちの交渉に応じない以上、俺たちは戦闘に復帰する事が出来ない……」
聞き分けのない子どもを言い含めるように放たれた、その発言の意味が理解できず、俺はぼう然とするしか無かった。
――軍が、交渉に、応じない?
どうして、それが戦闘に復帰する事が出来ない理由に繋がるのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
それよりも、もっと重大な、何か。
根本的な、齟齬が、彼との会話の中に、あった気がした……。
――俺って確か、軍から送られてきた交渉役……だよな?




