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74 友人

 詳しく話を聞いてみても、やはりレベルアップに期待を抱くのは、間違いだという事が分かった。

 俺はうずうずする膝を掴んで押さえ、奥歯を噛みしめて、再召喚の誘惑に堪えていた。

 俺と勇者クレゾールは通路に座り込んで、話し合いは交渉とは関係の無い所へと飛んでいた。


「で、結局レベルアップってどのくらいの強化ができんの?」


「効果は人それぞれだが、バフがかかる程度だと思っていい」


「俺バフがかかったら、倍くらい強くなった気がするんだが」


「そりゃ、お前の元が弱すぎるからだよ」


 勇者クレゾールは、俺の頭を大きな手でがっしと掴んできた。

 悪意は無さそうだったが、舐められている感じがする。俺は無言で首を振ってそれを振り払った。


「後半になると、ほとんど体感なくなってくる。だからみんな途中で投げ出しちまうんだ」


 勇者クレゾールも今の強さになるまで、何十回と召喚を重ねたそうだ。RPG風に言うならレベル60後半といったところ、割とやり込んでいる。

 普通の勇者ならそこまで行かず、途中で心が折れてしまうのだそうだ。よくある話である。


「ま、お前の場合、HPをいくら増やしても3桁になるかどうか怪しいな。2桁になるのは確実だが」


「これで2桁にならなかったら、どこをどう強化されたかわかんねぇだろ……」


「もういっそ、そのまま行くのもありかもな。一桁は稀少だし」


 すでにビヒーモス戦後も戦う前提で話が進んでいるような気がするが、俺は気にしなかった。

 戦後も戦うか、戦わざるべきか。俺がその判断をするのに、とても重要な情報である気がした。


 下手に強化してしまったら、一瞬で死ぬことが出来なくなって、余計に苦しむだけかもしれない。

 いずれにしろ、このビヒーモス戦では毛が生えた程度だろう。

 強化されていようがいまいが、誰もが等しく絶望する事は間違いないのだから。


 この世界に来る前の俺だったら、「チート能力を手に入れられるかも」、なんて思い上がって、まっさきに能力強化を頼んでいたかもしれない。

 眠っている間に召喚されてよかったと、はじめて思えるようになった。

 どうせなら別のこと頼んでおけば良かったと、後になって絶望するだけである。


「てかさ、お前の妹ってどんな感じなの? 最初は、お前と似た感じの金髪美少女を想像してたんだけど……」


「いいや、俺と妹は全然似てないぞ。てかこの世界じゃ、美人かどうかは見る人によってけっこう意見が分かれるからな……ただ、痩せてて小柄だったから、あんまモテてなかったな」


「……この世界における勇者の価値基準に疑問を感じずにはいられないわけだが」


「まあ、その辺は見てのお楽しみって事にしといてくれよ。けど、お前の事話したら、何度か見かけたって言ってたぞ」


「えっ、このビヒーモス戦で?」


「ああ、黒目黒髪って言ったら、すぐに分かったそうだ。お前目立つからな」


「マジで? ひょっとして、俺と顔見知りとか?」


「さあ、そこまでは俺も聞いてねぇな」


 ふと気がつくと、影ばかり見えていた勇者クレゾールの表情が、少し明るくなって見えた。

 笑ったように見えたのは錯覚だろうか。表情も前のように落ち着きを取り戻し、心なしか、話し声にも張りが出ているように聞こえる。


 そういった勇者クレゾールの変化のお陰で、俺は勘違いしていた。

 もう何度目か分からない、取り返しのつかない勘違いだ。

 俺はいま、自分のやるべき事を、精一杯やっているという勘違い。


 俺たちの話は、交渉という本来の目的からからずいぶんずれていた。

 なのに、ただ何気ない話をしているだけでも、こいつを闇から救っているような気がしていた。

 なんとか自分は戦わずに、他人を戦わせようとする行為への罪悪感と。

 少なくとも、人に力を与える事ができている、という不思議な自己陶酔との戦い。

 そんな傲慢でちっぽけな葛藤が、その時の俺の戦いの全てだった。


 そんなくだらない戦いに、俺はただひたすら時間を無為にしてしまっていた。


 あるとき、勇者クレゾールは視線を下げた。


「待ってくれ、通話だ」


 そして、俺たちの会話は数秒ほど途絶えた。


 その間、俺はまだ葛藤していた。

 戦うべきか、戦わざるべきか。

 俺の好奇心と地球の命運を秤にかけて、本気で悩んで、悩み抜いて、結局なにも言わずにいた。

 もしこの時、「俺も一緒に戦うよ」と言う決意をしていれば。

 そうすれば、彼の辿った結末を、少しは変えることが出来た。……かもしれない。


 内容までは分からないが、短い通話だった。

 勇者クレゾールは「よし」、と呟くと、すぐに顔をあげた。

 そしてその場に立ち上がり、決意を秘めた表情で、俺に向かって言った。


「勇者マキヒロ……お前はもう帰った方がいい」


 それまでの友好的な態度を翻し、硬い表情をして、彼は言った。


「え」


 いまだに何が起こったか理解できない俺を放置。

 勇者クレゾールの仲間達が、ぞくぞくとこちらに集まってくるのが見えた。

 鬼の顔も、その他の勇者達も、神妙な面持ちをして廊下の中央に集まっている。

 俺が成り行きを見守っていると、リーダー格の連中がなにか一言二言かわし、そして結論が出たらしい。

 勇者クレゾールは、俺の方に振り返って、硬い声で言った。


「勇者マキヒロ、俺たちはもうすぐ、この魔力炉ごと消滅する。施設を数回爆破すると同時に、第六宇宙の原子破壊魔法を誘発させる。施設内にいる勇者1822名は、ひとり残らず命をなげうつつもりだ」


 それは、異世界ではじめて見つけた『友人』とも言える存在が俺に告げた、別れの挨拶だった。


「最後に、軍には俺と話したことを余すこと無く、全て伝えてほしい。お別れだ、勇者マキヒロ」


 なのに、俺には彼のその言葉の半分も理解する事が出来なかった。

 何もかもが順調に行っていると勘違いしていた俺には、それは急すぎる展開だった。

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