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73 絶望の世界からの反撃

『どうした、勇者マキヒロ、またか弱き乙女に救いでも求められたか?』


「勘が鋭いな……ちょっと違うけど、おおむねそんな感じだ」


 俺の通話に応じた勇者リリーは、凄まじい嗅覚で俺の用件を言い当てた。

 勇者クレゾールは傍らにはなにやら考え込んでいる様子だ。

 ひょっとすると妹と通話しているのかも知れない、話がまとまるまでしばらく触らない方がいいだろう。

 彼らを待っている暇はないので、俺は手短に用件を伝えた。


「救いを求めてんのは、どっちかというと兄貴の方なんだ。ビヒーモス戦で辛い思いをして、一時期ちょっと不安定だった女の子がいるみたいなんだよ」


『ふむ、理由は大体察しがつく、それは災難だったな』


「さすが話が早い。メリッサって言う名前らしい、悪いけど見かけたら声をかけてやってくれないか? たぶん今は一人で戦ってるはずだけど、仲間が必要だと思うんだ」


『わかった、最善を尽くそう』


 名前以外にも色々聞かれるかも知れない、と気構えしていたのだが。

 さすがベテランらしく、話はじつにスムーズに終わった。


 俺が通話を切って、向き直ると、勇者クレゾールは手の平で目の辺りを覆って、洟をすすった。

 やはり兄妹を出したのは、効果覿面と見える。

 妹と何を話したのかは知らないが、相当心に響いたらしい。

 純真で清らかな心を持った勇者を騙し、戦いに向かわせるのは、なかなかに心が痛む。


「勇者リリーからは、いい返事が貰えたよ。あの集団の中なら、すぐに立ち直ることが出来るはずだ。数人しか仲間がいない状況だったら俺も不安だと思うけどさ、あいつらかなりの人数がいるから、何があってもお互いにカバーし合えるって利点がある。何より、リーダーがすげぇ能力持ちなんだよ」


 俺は勇者リリーに勇者メリッサを預ける事の利便性を、自分なりに解釈して説明しておいた。

 考えてみれば、この兄妹は頼れる仲間がお互いだけだったから、片方が倒れた時に支えを失って、片方ずつ混乱してしまったのだ。

 そうなる前に手を差し伸べ、支えてくれる仲間が側にいれば、ここまで酷くはならなかったはず。

 そんな都合のいい仲間が現実にいるはずないが、数が多ければ多いほどその確率は増える。

 そうすればこいつも、精神的に追い詰められて、こんな行動に出ることも無かったはず。


 このビヒーモス戦はそもそも数の戦い。

 数いるという事は、それだけで強みとなり、また励みともなる。

 仲間の数も、多ければ多いほどいい。


 この俺が、珍しくネガらずに考える事が出来た答えだ。

『希望』を生み出すなんて簡単だ。

 利点だけに焦点を当ててさえいればいいんだから。


 ……よし、これだ。

 これこそ、この世界で俺たちが戦うのに必要なキーワード。

 後はそのメッセージさえ伝える事が出来ればいい。このクエストに『絶望』は必要ない。必要なのは『希望』を与える事だけだ。


 長い長い沈黙を利用して、俺は、次に勇者クレゾールに言うべき言葉を組み立てていった。


 ……なあ、勇者クレゾール。25万人に比べたら、少ないのかも知れないけどさ。

 勇者リリーのチームみたいに、ここに立てこもってる、たった2000人でも、出来る事はあるんだよ。

 その数を失ったら、出来る事も出来なくなってしまうんだ。

 ていうか実際、瓦礫撤去まだほったらかしだしさ。

 だから、今からでも遅くないよ、みんなで戻っていって、ツメ振って一緒に瓦礫撤去しよう。

 そして、それが終わったら、そのあと一緒に……


 一緒に……。


 そこまで考えて、俺の思考は停止した。

 どうしても、その後に続く言葉が、俺の脳裏には浮かばなかったのだ。


 そのあと一緒に……一体何しようって言うんだ?


「勇者マキヒロ」


「な、な、なんだ? 急に、どうした?」


 苦悩が終わったらしい、勇者クレゾールが顔をあげて、その薄暗い瞳をこちらに向けた。


「俺が居なくなったら……俺の代わりに、妹と一緒に、この世界で戦ってやってくれるか?」


 俺が内心で葛藤していたことを見透かしたような、そのひと言に、心臓が鷲掴みにされたような心地がした。

 ……い、いやだ。働きたくない。

 ……俺は、お前らと、一緒に、戦いたくない。

 俺はMPゼロ勇者だ。平和主義者だ、反戦主義者だ。見ざる言わざる聞かざるが信条だ。非暴力、無抵抗、不服従という高潔な理想を勉強していて、社会科の授業では牧場で長閑に草を食んでるウシを見学し、食品工場でベルトコンベアから運ばれてくる美味しそうな切り身がパック詰めされる過程を見学し、その中間過程を見学しにいった回数はゼロというぐらいに命のやり取りには疎い、ただの典型的な日本人だ。

 日本人じゃなくとも、地球人はみんな弱いんだ、だって特殊能力なんかひとつも持っていないし。戦うのは強い奴らで充分だ、なんで俺たちが戦う必要がある?

 これだけの数の勇者たちが召喚されている世界で、俺たち地球人が戦わなきゃいけない理由がそもそもないんだ。

 それは俺一人にしても同じこと、そうだろう。

 どこの世界の誰が何と戦っていようと、俺たちだけは戦っちゃだめなんだ。見て見ぬふりをするのが正しい。そうだろ。それだけは絶対だ。


 お断りします、と両手をスカートの裾のように広げ、爽やかに、晴れやかに言いたい所だったが。

 この状況でそれを言ったら、せっかく上手く行きかけた交渉をふいにしてしまう可能性がある。


 落ち着け、本音と建前を使い分けろ。今ここで『勇者クレゾールの代わりに戦う』と宣言したって、それを言葉通り、実行に移す必要は無いじゃないか。

 だって、こいつが前線に復帰する事は、たぶん二度と無いんだから。そのままこの世界に召喚されることもないだろう。

 だったら、あとは妹も同様の手管で「あんまり兄貴を心配させるなよ、あいつにはお前が必要なんだ、ずっと側にいて守ってやってくれよ」とか適当なことを言って、なだめすかして、強制的に帰らせれば……。

 兄妹はそろって元の世界に戻り、めでたしめでたし。お互いに協力し合って、バラバラになった兄妹を探しはじめるだろう。

 血が繋がってないから、たぶんそのまま夫婦とかになるかもしれない。

 いや、むしろ夫婦になっちまえ。それいい、それ最高じゃん。

 そうとも、これぞまさに、真のハッピーエンドだ。

 エンディングは……見えた。


 この世界のエンディングを幻視していた俺は、邪悪で薄汚い笑みを浮かべ、思わず笑いを漏らした。


「ふっ、ふふ……おーいおいおい、本当ォーに、俺なんかを、信じちゃっていいのかよォ?」


「なんだ勇者マキヒロ、急に悪霊が取り憑いたような禍々しい笑い方をして。……俺、悪魔祓いとかけっこう得意なんだが、お前ごと祓ってやろうか?」


「冗談にならないからやめてくれよ……。あのな、俺だって一度元の世界に戻ったら、二度と再召還に応じないかもしれないっていてるの。ずっと戦い続けるなんて無茶言うな。だいたい強い勇者は、一度召喚されたら、もう元の世界に帰っちまうんだろ?」


「なに言ってんだ、HP9のくせに。……今度来るときは、HPぐらい増やして貰えよ」


「えっ、そういう事もできんの?」


「当たり前だろ? バフ魔法があるんだから」


 なるほど、召喚の対価は無数の宇宙の魔法を利用して、勇者の願いを叶えることだ。

 別に特別な奇跡を起こして貰う必要は無い、望めばステータスの再振り分けぐらい、このゲームっぽい世界じゃあ朝飯前だろう。

 もちろん、召喚される前から、ずっと同じ魔法で強化されつづけて育った勇者も居るわけだから、そいつを超える事はたぶん難しいと思うが、それに近づく事はできる。

 もし、それすら超えてしまったら……チート能力だが。


「そうか、召喚に応じる度に、少しずつレベルアップできるのか……」


 ……望みを叶える、で動かなかった俺の食指が、再召喚でレベルアップできる、で動いたのは、俺がゲーム脳だからだろう。

 けれど、ひょっとすると勇者アリスは、なにかの条件を満たしてチート能力のレベルに至ったのかもしれない。

 そう考えると、勇者アリスと同じ願いをすれば、俺がチート能力を手に入れるのも、あながち不可能では……。


 あれ、なんだろう、この胸のうずきは……。


 この感覚は、まるで、新作ゲームの発売日のような……。

 どうしよう、ちょっとだけ、この世界で戦いたくなってきたような気が……。

 まずい、俺が戦っちゃ、ダメなのに……。地球人を絶望の世界で戦わせちゃ、ダメなのに……。


 勇者に『希望』を抱かせる力は、この絶望の世界の方が、一枚上手だった。


 く、くそ、なんて事だ……この俺が、こんな事で、『希望』を抱かされるなんて……。

 何考えてんだ、ただのレベルアップだぞ。パラメーターがいくらか上昇するだろうけど、どうせほとんど体感ないだろ。他の勇者がどんだけ苦労してるか見て見ろよ。無双とか俺TUEEEEなんて遠い夢だよ。チート能力なんてそんなに簡単に得られたら、とっくに大量生産されているっての。そんなくだらない『希望』を抱いても、いずれ『絶望』するのなんて目に見えているのに……!


 だめだ、だめだ、戦うな、戦うな、勇者マキヒロ。

 戦ったら負けだ。すべてが終わる。

 堪えろ、お前の肩に、地球の運命が、かかっているんだぞ……。


 俺はだんだん息苦しくなる胸を押さえて、この世界に来たときと同じように、横に寝転がった。


 ……俺は、この時何も言わずに答えをはぐらかしたことを、今でも後悔している。

 この直後、俺は25万人もの勇者に『希望』を抱かせてしまっている、この絶望の世界の本当の恐ろしさを、思い知るのだった。

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