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72 兄と弟と妹

 勇者クレゾールは、動かない。

 俺の言葉を聞いているのか、いないのかも分からない。

 いや、言葉の続きを待っているのか。


 俺も同じ事を考えていた。じゃあ、俺はこれからどうするつもりなんだって話だ。

 一緒に戦おうって、どういう意味だ。


 攻略方法その1:新展開突入。反逆する勇者俺編。

『俺もお前に協力して、立てこもり勇者になって、この世界と戦うよ!』


 とでも言うつもりなのか。

 いや、だから余計な面倒ごとに首を突っ込んで、新展開に突入してどうするんだ。


 25万人の勇者を敵に回して戦うってのか?

 おいおい、ビヒーモスさんインしてるのに、けっきょく投げっぱなしかよ。

 バカバカしすぎる。一時の感情にまかせて勝てない勝負に挑んで、幕間の人情劇を演じて砕け散って消えるとか、自己満足もいいところだ。

 というか、俺がこの世界から帰還できなくなったら、元も子もないだろ。


 ちがう、ちがくて。

 俺が一緒に戦おうって言おうとしたのは、つまり、『一緒にビヒーモスと戦おう』という意味だ。


 攻略方法その2:苦楽を分かつ仲間になる。ついに勇者としての運命に目覚める俺編。

『俺も苦しいけど、もう弱音は吐かない、お前と一緒にビヒーモスと戦うよ。だから、お前も帰るなんて言わずに、頑張ってくれよ!』


 と言えば万事解決だろうが……俺のアイデンティティが崩壊しそうな展開だ。

 大前提として、俺は戦っちゃならない存在だ。


 もちろん、戦いたくないという気持ちも大きいが、最弱の俺が命張って戦うというのがそもそもおかしい。

 というか、どっかの指輪の物語のホビットさんをディスる訳じゃ無いが、他の勇者達の実力によっかかって、足を引っ張るという現実しか見えない。

 しかも、万が一俺が活躍してしまえば、今度は俺の大切な地球があぶない。

 最初は俺みたいなクズに何も出来ないと思ったけど、飛竜とかいう死の商人の影がちらついていて、俺でもついうっかり活躍してしまいかねない、危うい状況に追い込まれている。


 じゃあ、どうするんだ? 以上のことを加味して、俺の一番都合のいい条件は、以下のようになる。


 攻略方法その3:勇者クレゾールに責任を押しつける俺編。

『とにかくお前俺より強いんだからさ、頑張ってビヒーモスと戦ってくれよ、一緒に戦おうぜ!』


 だめだ、それじゃお前、自分で戦う気ゼロだろ。

 攻略方法にもなってねぇよ。

 そんなもん、俺みたいな自称クズでもさすがに面と向かっては言えない。相手に対する説得力ゼロだ。

 辛いことは他人に押しつけて、自分だけ後方支援する気まんまんじゃないか。

 ……まあ、哀しいことに、どう外面を取り繕っても、今の俺のやろうとしている事って、そうでしかないんだけど……。

 ……地球を救うって難しいな。


 むろん、俺がこいつと同じ事を考えていたというのは、ウソじゃない。

 戦うという発想が無かっただけで、ある程度は事実だ。

 だが、俺に言えるのは、そこまでだった。

 俺みたいなクズが『一緒に戦おう』なんて、こいつに言える訳が無い。


 軍と交渉することも、人質を取って脅迫することもせず。

 ただダラダラと、何となくやる気なく流れに従って、理由を見つけては隅っこの方で怠けて。

 自分はなるべく活躍せずに強い勇者をなんとか戦わせる事だけを考えて、ぬきんでたチート能力者の足を引っ張って、なあなあで野望を諦めさせる事を目指していた。


『一緒に戦おう』なんて、一体どの口が言えるんだ?

 俺みたいなクズに、そんな事が言えるわけないじゃないか。


 ……そう、だから、俺みたいなクズが言えるのは、これだけだ。


 俺は大長考の末に、大きく息をついて、ようやく次の言葉を放った。


「お前がどれだけ辛い思いをしてるのか、正直俺には分からないよ。……けどたぶん、ひとりで辛い思いをしてきたんだよな……だから」


「だから?」


「お前、もうちょっと兄妹をたよってやれよ」


 ……言ってしまった。


 攻略方法その4:軍でさえ交渉に使わなかった卑劣な手段『兄妹』を交渉に用いるクズすぎる俺編。


 だが、言ったからには、もう後に引けない。

 ……勇者クレゾール、攻略開始だ。


「お前は兄妹を助けるために奇跡を求めてたんだろ? お前、本当にこの世界に来て得られた奇跡を、全部否定するつもりなのかよ?」


「そんな事は言ってないだろ……」


「言ってるんだよ。この世界での戦いは、ぜんぜん無駄なんかじゃねぇよ。だって、お前が戦ってくれたから、6人兄妹はみんなバラバラになることもなく、いままで生きて来れたんじゃないのか。お前の起こしてくれた奇跡に感謝こそすれ、恨む奴なんていない、そうだろ? だったら……今度はあいつらがお前の為に戦いたいと願うのは、ごく自然な事じゃないのか」


 勇者クレゾールは、再び押し黙った。

 何か言い返そうとしていた感じだったが、その表情に影を落としていた無理解は、消えた。


 この交渉に、俺が呼ばれた理由を考えていた。

 軍は兄妹を使えない。

 それは、あまりに卑怯な手段だから。

 勇者がやるには、あまりに卑劣な手段だから。


 だから、『汚れ役』が必要だ。


 ひょっとしたら、こいつと仲のいい俺なら、『軍が表だって使えない方法』も駆使して、勇者クレゾールを説得してくれるんじゃ無いかという、そんな打算があったのだ。


 考えられる。偶然にも、というか意図的にか、まだ軍からの連絡が、俺の元に来ていない。『希望を捨てるな』コールからぷっつり途絶えたままだ。

 今なら『ぜんぶ俺が自分の判断で勝手にやってしまったこと』という言い分ですませられる。


 これはあくまで『最悪の展開』なのだが。

 頭のいい人間集団に限って、『最悪の展開』を裏切ってくれたためしがない。

 何もかも、この展開も、計算づくって訳だ。

 なんか、手の平で踊らされている感じしかしない。


「……妹だってさ、もうお前ひとりに辛い思いをさせて、お前に護って欲しいなんて、思ってないよ。今度はお前の代わりに戦う番だって、そういう覚悟で来たんだよ」


 その時、勇者クレゾールの顔から、今までの愁いを帯びた表情がふっと消えた。やっぱ妹の名前を出すと弱いな、こいつ。

 俺は胃もたれを感じて、はぁ、とため息を吐いた。


「ぜんぶ想像なんだけどな。だいたい分かるよ、お前の話聞いてたら……。

 どうせお前、後ろめたくてこの立てこもりのこと、妹にまだ話せてないだろ。

 もしお前のやることに妹が全面同意してくれる空気だったら、お前、今ごろ妹引っ張って、ここで匿ってるんじゃないか?

 それしないのは、妹がまだ戦う気があるってことだ。だいたいお前の首を刎ねに来るのも、お前を苦しみから護ろうとしての事じゃないか。

 ちがうのか? 他に理由なんてあんのかよ?」


「お前に何が分かるんだ……?」


「お前なら何か分かるのか? お前、いま妹がどうしてるか、様子が分かんないっつったよな?」


「………………」


 俺の問いかけに、勇者クレゾールは、押し黙ってしまった。

 まともに答えられないのが分かった上での、相手を黙らせる目的の質問。

 そもそも第三者の気持ちなんて俺たちには想像するしか無い。

 ゆえに、その想像はさらにとんでもない所まで膨らませて行ける。


「まだ戦う意志があるんだったら、そこまでしてお前に護って欲しいなんて、思ってる訳がねぇよ、そうだろ?

 だって、お前は充分に頑張ってるよ。お前が戦いに疲れたのなら、素直にそう言えばいいだろう。誰も文句は言わないし、俺は誰にも言わせないよ。

 少なくとも、6人兄妹がお前を追いかけられるぐらいには成長してるって事じゃないか。勇者に選ばれるって、そういう事なんだろ? 今回はたまたまタイミングが悪かっただけだ」


「たまたま……?」


 勇者クレゾールは、再び表情に怒気を蘇らせ、俺を睨みつけた。


「ちがう、妹があんな事になったのは、ぜんぶ俺の軽薄な考えのせいだ……俺がこんな絶望の世界に依存して、元の世界をないがしろにしたのがいけなかったんだ」


「お前が思ってるほど、この世界は最悪じゃねえよ。俺の知り合いに、そういう女の子を集めて助け合っている、勇者リリーってのがいるんだ。知ってる?」


「……勇者リリー……」


 聞いたことがあるのか、勇者クレゾールは名前を反芻した。

 どうやら顔が広いらしい。超古参であの性格だもんな、誰でも知ってて当然か。


「マジで信頼できる奴だよ。そいつに連絡して預かってもらえばいい。……その前に、一つだけ約束してくれ」


 こいつは人助けなんかじゃない、交渉だ。

 素直に助けてやったりはしない、すかさず交渉の種にする。


「お前はもう、この世界に二度と来られないかもしれないけど、異世界まで追いかけてきてくれる女の子が居るってだけで、お前のやったことは誰にも出来ない。お前は充分勝ち組だよ。腸が煮えくりかえる思いだよ。

 ……だけど、妹がここまで来たことを、そいつの思いを、ここにたどり着くまでにお前が積み重ねてきた奇跡を、全部ないがしろにするのだけは、止めてやれよ。それじゃ本当に妹が報われないだろ、な?」


 攻略方法その5:勇者クレゾールに『希望』を植え付ける。

 顔も知らない、病みがちな妹を、想像の上で活躍させてTRUE END。

 しかも超上から目線で。

 まさに畜生の所行。

 勇者クレゾールを、家族に頼りっぱなしのヒキニートの道に陥れる。


「ちょい待ってろ。お前の妹の名前は?」


「……メリッサ」


「ファンタジーな名前してやがんな。勇者メリッサ」


 立ち上がって、勇者リリーに通話申請する。

 コール音が鳴り響く間、チラリと見ると、勇者クレゾールは力なく項垂れていた。


 堪えるんだ、勇者クレゾール。

 俺だって、家族の絆を利用することに、他人を働かせて自分はネトゲに逃避する事に、なんの痛痒も感じない訳じゃない。

 ただ、それに目を閉ざす為だけに、自分の気持ちにヒーリングをかけるためだけに、理論武装や、分厚い精神の層を構築する能力に、俺は特化しているのだ。


 さあ、目覚めるんだ、勇者クレゾール。クズニートの道へ。

 ……さあ、こっちへくるんだ。

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