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70 交渉

 そして俺は、リーダーが会議に使っていた薄暗い通路に通された。割と何の苦もなく。

 5名ほどの、名も知らないリーダー格の勇者達が通路の脇に並んで、俺の方をじっと睨みつけている。

 映像で見たまんまの風景が眼前にあって、俺の喉はひりついた。コントローラーを握っていない指先がじんじんしびれて、中毒症状みたいに不安が胸に広がっていった。


「2人きりで話させてやれ。勇者クレゾールのダチだそうだ」


 勇者グルツのひと声で、他の連中は解散していった。

 どうやらこういう面では割と空気の読める連中らしい。

 警戒を完全に解いたわけではないが、通路の奥まった方で固まって、こちらの方を見ないようにしている。何かあればすぐに駆けつけられるぐらいには準備していた。


 相手の有利に追い込まれたはずの交渉は、これでずいぶん楽になったと思う。

 こうして俺が勇者クレゾールとの対面を許されたのは、ある意味、飛竜が暗躍した功罪のひとつと言えるだろう。

 多分、あの称号が上手く働いたのだ。あれがあったお陰で、俺は彼らの警戒心の網をなんなくすり抜ける事ができた。もし、そうでなければ、こう上手く敵の中心地に潜り込んで、ボスとご対面なんて運びにはならなかったはずだ。

 まあ、そのうちあんな称号がある事に、疑問を持ち始める連中もいるだろう。俺の仕事は、早めに終わらせるにこした事はない。


 勇者クレゾールは垂直なパイプの一本に背中をあずけて、じっと俯いていた。

 フツメンのくせに、割と絵になる格好だ。

 触れれば切れそうな空気を全身に纏い、実際彼の近くで埃がふわふわと舞い上がって見えた。


 一体、どういう風に話しかければいいのか……見当もつかなかった俺は、しばしその人間空調器を見やっている。


「何しに来たんだ、勇者マキヒロ」


 勇者クレゾールは、ほとんど生気を失った、かすれた声で言った。

 幽霊のような表情をして、ずいぶんやつれたような気がする。

 だが、その声音に攻撃性は感じられなかった。


「それはこっちのセリフだよ、勇者クレゾール。すぐに作業に戻ってくるんじゃなかったのか?」


「悪いが、俺はどのみち前線に戻れやしないだろう。……今はもう、立てこもり勇者のリーダーだからな」


「そりゃすげぇ」


「白々しい……俺もまさかお前が交渉役だったとは思わなかったぞ」


「まあ、俺も色々あんだよ」


 俺は肩を竦めた。

 確かに、こんな状態では、勇者クレゾール本人の復員は簡単なことではないだろう。

 この世界で、己の役目を放棄して軍に反旗を翻した勇者に、一体どんな刑罰が待っているかは知らない。

 一応、軍法会議のようなものにかけられると聞いたが、このまま、すんなり元の世界に帰還させるみたいな展開になるとも思えなかった。


 勇者クレゾールがビヒーモスと戦うような事は、ここからどう転んでも難しいだろう。

 けれども、彼には他の勇者達を率いるリーダーとして、降伏してもらわないと困る。

 一度帰ると決めた者達を、もう一度奮い立たせる事が出来るのは、多分こいつしかない。


 本当に戦うべき勇者達に『希望』を与えられるのは、こいつだけだ。

 決してウソばかりで飾り立てられた、俺みたいな偽物じゃない。


 俺は、ちらりと時計を確認する。


 総プレイ時間 38時間59分50秒

 辺りに張り巡らされたパイプの振動だけが、まだビヒーモスの存在を俺たちに僅かに伝えている。


 ビヒーモス討伐開始から数えて40時間まで、あと1時間を切ろうという所だった。


 不意に、勇者クレゾールは素敵な提案をしてきた。


「勇者マキヒロ、お前も俺たちと一緒に立てこもるか?」


「いやいやいや……」


 それだけはダメだ。あと数十時間粘ればどうにかなるんだし、それを延長して軍と鬼ごっこするなんてごめんだ。俺はなるべく平穏に元の世界に戻りたい。


「てか、俺が立てこもるのは、元の世界に戻ってからでいいんだよ。あのさ、もう総プレイ時間40時間だぜ? ここまで戦ったんだ、あと少しじゃねぇか。普通にビヒーモスが倒れるまで戦って、勝って帰ろうぜ?」


 ……戦った事もない奴の薄っぺらい言葉。上辺だけの激励。

 人に言わされた言葉だったが、正直、言いながら吐かなかった自分を褒めてやりたい。

 それを、勇者クレゾールは真面目に首を振って、真面目に返答してくれた。


「勇者マキヒロ、敵はビヒーモスだけじゃないんだ。この世界はもう死んでいるし、この地下空洞も限界がきている。……いくら戦った所で俺たちの戦いが報われるはずがないんだ……。ここにいる勇者たちは、このすでに死んだ世界なんかよりも、いま生きている世界を護る為に戦うべきだ」


「……俺は前の世界でも死んでたから、正直よく分からん理屈だ」


「なんだ、変わった世界から来たなお前。……じゃあ、お前はどうしてこの世界に来た? 召喚の見返りがあっただろう。それによって、お前の本当に護るべき世界に、奇跡をもたらすためだ、そうじゃないのか?」


「……召喚された時も死んでたから、見返りもなにも聞いてねぇよ」


「じゃあお前……一体どうしてこの世界に来たんだ?」


「正直、俺が聞きたいところだな」


 そういえば俺が召喚された理由は、いまだに謎だった。

 やっぱり、なんかの手違いが生じたとしか考えようがない。

 これも戦いが終わってから、バージリーに聞いてみる必要がある。今はその時じゃない。


 かねてから考えていた事があって、何の脈絡もなく訊ねてしまった。


「お前さ、立てこもりしてるのって、ひょっとして、妹の事を助けたいからか?」

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