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69 前の世界に関する情報は

 勇者達に、錆びた匂いのする魔力炉の通路を案内されながら、徐々に逃げ場がない状況に追い込まれている事を俺は痛感していた。


 勇者達の解説に寄れば、こういった『炉』と呼ばれる施設は元々、町中で使うための各種エネルギーを、異世界から召喚するために作られた物だそうだ。

 遠い宇宙からその都度エネルギーを召喚するとコストがかかりすぎるので、すぐ隣の第二宇宙に大量に溜め込んだものを少しずつ取り出しているらしいのだが、そのうちのひとつが、魔力を集める魔力炉だ。第六宇宙で開発される魔法道具なんかは、これがないと動かないらしい。

 ちなみに、俺はまだ魔法道具なんか見た事が無いので、いまいちピンとこなかった。照明はまた別の宇宙のエネルギーを採用しているらしい。だが、いわゆる発電所みたいなものだと思っていいだろう。


 そんな異世界の発電所の中を、俺は歩き続けて居た。

 そこかしこに座り込みを続ける勇者達が、うろんな眼差しを俺に送ってきて、かなり緊張した。


 それでも、この場を切り抜けない事にはどうにもならない。

 なんとか勇者クレゾールを奮い立たせ、再び戦わせなければならない。

 というか、俺より強いんだからお前らが戦わなくてどうすんだよ。

 ステンレス製の階段をのぼるときのかつん、かつん、という自己主張の止まない嫌な足音を立てること、しばし。


「ここで待っておけ」


 そう言って通されたのは、スチール製の椅子やテーブルの並んだ、小さな控え室だった。

 天井には白色蛍光灯みたいな明かりがあるが、巨大扇風機の影になっていて、どこか妙に薄暗い。

 魔力炉の動力源に近いのか、業務員用のロッカーが大小の微細な振動で音を立てて、がたん、ごとん、と電車の中のように揺れている。

 もう何度目かのビヒーモスの咆吼が響く。壁にひしめいているパイプが共鳴して、不気味な音を立てていた。


「飲み物が必要だったら言ってくれ。第二宇宙の水が口に合うかどうかは分からんが」


「いや、いいよ」


「そうか、欲しくなったら遠慮なく言ってくれ」


 そう言って、俺を連れて来た立てこもり勇者は素直に出ていった。


 ……とりあえず丁重に断ったが、なぜか俺に対して、妙に優しいのが気になった。

 なるほど彼らなら、召喚魔法を使わなくても、特殊能力を駆使すれば火とか水ぐらいなら出せるのだろうが。

 それでも、これから何時間籠城するのか分からないのに、そういう貴重品を俺に提供するという態度は、どうなのだろうか。

 緩すぎやしないか。それに……なぜか1人にされた事も気にかかる。

 窓から見ると、先ほどの勇者は、階段を降りるかしゃん、かしゃん、という足音を響かせながら、どんどん遠ざかっていく。


『……勇者マキヒロ』


 と、暫くこちらの映像を繋ごうとあくせくしていたらしい円卓の間から、連絡が耳に入ってくる。


「どうなったよ?」


『外の勇者達が、ゴシップ・トードの討伐を始めている。……おそらく、いつでもこちらの情報を遮断できるよう、数を減らしておくつもりだろう』


 ……俺はため息をついた。

 なんだか、相手の思惑が読めてるみたいな口ぶりだった。つまりこういう展開はある程度予想ができていたんだろう。

 ……なるほど、つまり、交渉役の俺がこうして軍から隔離されて、立てこもり勇者達にかなり有利な条件下での交渉を迫られる事も、軍は織り込み済みだったってわけだ。

 ……当たり前だ。だから軍は話が通じる高官をあえて直接送らずに、間接的に俺みたいな万が一があっても影響の少ない勇者に直接現場に行かせたんだろう。

 ……もし、俺が本当に軍に対して影響力のある重役だったら、さすがにこの状況に持ち込まれたら、交渉でいくらか譲歩せざるをえなくなってしまう。

 ……万全を期して交渉に挑むために、敵側にはナイショで忍ばせておいた筈の盗聴器やカメラが、相手のテーブルについた途端に待ってましたと言わんばかりに解除されてしまったのだ。今の俺なんて、もう半分人質に取られてしまったようなものである。


 ……むろん、俺が哀れなスケープ・ゴートとなるか、立派な橋渡し役になるか、シナリオは2パターン分用意されていたんだろうが……。

 ……結果的に俺は哀れなスケープ・ゴートとなり、軍は俺の犠牲のお陰で、こいつらはやっぱりそういう頭の切れる連中みたいだぞ、という確たる情報を引き出す事に成功。今後の方針を定める事が出来る……と。


『悪いが、いったん通話を切る。不測の事態があったが、心配するな。交渉が始まる頃には、予定通りこちらからの誘導は可能となるはずだ。

 ……最悪、そちらの音声と映像が拾えなくとも、君が軍の意志を伝えるだけでも充分に効果は期待できる。最後まで希望を捨てるな』


「へいへい、ごゆっくり……」


 円卓の間からの指示は、『希望を捨てるな』であった。これほど悲壮感のあふれる勇者の作戦が、果たしてあっただろうか?

 つまりそれは、すでに『希望』が『絶望』に転移しかけているという状態を言い表したに過ぎない。


 ……まあ、こうなるって予想は大分前からついていた。

 俺も軍なんて人間集団に、『希望』を抱くような脳天気じゃないからな。目をつけられないように全力で逃げて来たし、目をつけられた時点で色々と諦めてる。


 出来れば、円卓の間の勇者達が俺に指示を出して、俺は黙ってそれを口にしているだけの、ただのお利口なお人形さんになる……というのが理想の筋書きだったんだが、俺みたいなクズにそうそう都合のいい展開が用意されている訳がなかった。

 しかし、そうなるとどうする……。

 軍のサポートも期待できない。単独で勇者クレゾールを説得できるわけがない。連中も本音ではそこまで楽観視していないはずだ、あらゆる可能性を考慮して動いている。俺が勇者クレゾールに寝返る最悪の結果になるのを見越して、今ごろ次の準備をしている段階だろう。


 ふうーと、息をついて、天井を眺める。

 ……現状は大体把握できた。けど、何か居心地が悪い。

 ……何がおかしいんだろう? そういう駆け引きがあったにしては、立てこもり勇者達の、俺に接する態度が柔らかすぎる気がするんだが……。


 ……仮にも籠城を決め込んでいる施設の内部に、交渉役と称して送られてきた俺を1人で放置していくというのも、無神経な話だ。

 俺が何をしでかすか分からないし、普通は見張りぐらい立てておくべきだと思うのだが……どういう事だ?

 放っておいても安全だろうって判断したのか?

 そんなバカな……俺みたいな、明らかに異常なステータスの持ち主を、どうしてそんなに信用できるんだ……。


 まさか……。


 そうだ……俺が『軍』から見放されても、まだ『奴』がいる……。

『奴』にとって、この魔力炉イベントは、俺が伝説の勇者として成り上がるために、絶対に攻略してほしいイベントのひとつのはずだ……。

 これは、一度『絶望』してしまった勇者達に『希望』を与え、再び戦いへと立ち向かわせる重大イベント。もはや、これ以上の花形イベントはないといっても過言ではないだろう。


 ……不安をこの目で確かめるため、恐る恐る、俺は【ポーズ】と念じてみた。

 目の前に浮かぶメニューの中から、『ステータス』を選んで、内容を確認してみる。

 ……そして、俺の眼前に、目を疑うような俺のステータスが表示されたのだった。


 マキヒロ 第五十勇者連隊所属 勇者番号 NAZ-20788号

 HP 9/9

 MP 0/0

 加護:飛竜

 称号:《鱗を剥ぎし者》、《飛竜のツメ使い》、《飛竜推薦最優秀勇者》、《飛竜武器開発評議会『特別栄誉会員』》、《飛竜のツメ公認インストラクター》、《華やかな王国の貧民街で生まれ育ち、親の顔も分からぬまま奴隷としての半生を過ごし、ようやく奉公先でささやかな幸福を見つけるも、6人兄妹の長男に裏切られて半死半生の傷を負い、意識がもうろうとしている時に召喚師からの導きを受け、『兄妹を助ける』という望みと引き替えに自ら死地に赴き、飛竜と共に戦い続けると誓いし者》


「――仕事が早ぇよッ!」


 最後まで読んだ俺は、あまりの嫌悪感にショックを受け、飛竜のツメを思い切り床にぶん投げた。


 ぞっとした。虫酸が走った。音を立てて転がったツメを、がしがし上から踏みつけ、その持ち主である飛竜に怒りをぶちまけた。


「――またお前か、飛竜ッ!

 ――最後に『者』ってつけときゃ称号かよッ!?

 ――しばらく見ないと思って、油断してたらこれかッ!

 ――俺の行動を先回りして、一体何やってんだお前はッ!」


 ――まずい、これはまずい。

 飛竜のサポートが俺の想像の遥かに斜め上を行っていてまずい事になってる。

 もうこれはいくらなんでも飛竜の奇行を庇いきれない、誤解とか言葉の綾とかで済ませられる範疇じゃない、どう斜めに読んでみても、これ現代日本人の生い立ちじゃない。これは完全な経歴詐称だ。

 ていうか、それ以前に、こんな意味不明な称号を俺につけて、俺に一体何をさせようっていうんだ? どうしてこんな経歴を俺に……。


 ……などと懊悩している内に、

 階段を昇ってくる、かつん、かつん、という足音がした。


 やがてドアが開き、鬼のような形相で室内を眺め渡したのは……勇者グルツだった。

 その表情は、どう控えめに表現してみても、友好的なものではなかった。敵愾心を露わに、部屋にある物を机からポットから、目につく端から睨みつけている。

 その目が……部屋の中でびくびく怯えている俺を見て、例のがなり声を立てた。


「名前は」


「勇者マキヒロ……」


 今度は、余計な前置きをしている余裕などなかった。そのまま本名を名乗った。

 彼は俺のステータスを見ると、他の勇者達と同様に、やはり哀しげに眉をひそめた。


「お前……勇者クレゾールの『弟』なのか?」


「……へ?」


「いや、聞いてみただけだ。違うならいい」


 ……勇者グルツが俺の事を『弟』と呼んだ理由は、最初は良く分からなかった。

 ちょっと仲のいい友達を兄弟とかブラザーとか呼ぶような文化圏なのかもしれない、そんな風に思った。

 だが、よくよく考えてみると、その原因が飛竜のサポートだというのは、すぐに分かってしかるべきだったのだ。


「ついて来い、勇者クレゾールに会わせる」


 そう言って、彼は俺を先導し、休憩室から出て行った。

 先ほどのひと言が気になって、階段を降りる度に上下する分厚い背中に、声をかけた。


「俺は、特にあいつの血縁関係とかじゃ、ないから……」


「いいっつってんだろ、しつこいな……妹の話を聞いてたんでな、つい勘ぐっただけだ」


 そう言って、すげなく否定すると、ふいごのような熱い息を吐いていた。


 俺に勇者グルツの勘違いを否定する以外の、いったい何が出来ただろう。

 ただ、俺を彼の『弟』だと想像してしまった理由は、ずっと後になってなんとなく分かってしまった。

 飛竜が俺に与えた経歴は、勇者クレゾールの経歴と、ほとんど同じだったのだ。

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