06 ドラゴン・ハント
ビヒーモスは、銛のように尖った顎をゆっくりと持ち上げ、
上空に目を向けて、ぴたりと制止した。
全身を覆う鱗が
ひとつずつ丁寧に折り重なり、
バネを押し込めるように小さくなっていく。
天井近くを飛び回っている巨大ドラゴンを見つめ、
じっとその動きを見守っていた。
ぎゅいいい……!
きゅらららら……!
凄まじい咆吼が洞窟内に響いていた。
まだ地上にいる別のドラゴンは、
混乱の中、運命を受け入れたように、じっと遠くを見つめているドラゴンも居る。
さすがドラゴン。
死んでも蘇らせられる事は分かっている。
無駄に暴れないのだろう。
あるいはビヒーモスを目指し、あるいは地上のドラゴンを目指し、
俺たち歩兵勇者は、猛然とダッシュを続けている。
時速に換算すれば60キロは出ているだろう、凄まじい速度だ。
分厚い靴底がすでに焦げ臭いにおいを放っている。
足が折れてしまわないか心配だった。
『ブレス攻撃に気を付けろ! 慎重に接近し、拘束具を断ち切れ!』
マップ上に指示されている地点には、金色のドラゴンが居た。
どうやらこいつはまだ若いようだ、
怪物から逃げだそうともがいているが、拘束具がそれを許さない。
翼を広げれば30メートルはくだらない、小型のドラゴンだった。
踏まれたら一撃で終わりだろう。
遥か後方に見えるビヒーモスの足は、踵からツメの先まで、その倍以上はある。
そのビヒーモスのツメが、
足元の岩を掴んだ。
ぎりぎりと火花を散らし、岩を軽々と抉りながら、ぐっと丸められる。
ふわり、と尻尾が浮かび、ネコのように背中を丸めた。
首を真上に向けたまま、慎重に様子を伺っている。
その様は、野生の動物が、獲物に向かって攻撃を仕掛ける様子に酷似していた。
ドラゴンの飛び交う天井まで300メートル以上ある。
背伸びをしても、尻尾を全部使って伸び上がっても、届かない距離だ。
跳ぶ?
まさか、跳ぶわけないだろ?
俺だけでなく、まわりの兵士達の歩みも止まった。
よく見ると、ビヒーモスに攻撃を加えていた兵士達が、続々と引き返してくる。
「跳ぶぞーーーーーーッ!」
彼らは口々に叫んでいた。
――どうやら跳ぶみたいだ。
そのとき、地上にいた老齢のドラゴンたちが、翼をはためかせ、
ビヒーモスから距離を取るように飛んだ。
あっ、こいつら賢い。
まだ拘束されていたフリをしていたのか。
彼らのツメにもダッシュ能力があるのだろうか。
たった一度の羽ばたきで100メートル近く跳んでしまう。
対する上空のドラゴンたちは、暴れて注目を集めまくっている。
いや、ひょっとすると仲間を逃がすため、わざと目立っていたのかもしれない。
そういう序列が出来ているのかもしれない。
とにかく、そいつらを目がけて、
ビヒーモスが跳躍した。
大砲を撃ったような音が響き、
これは動かないだろう、というデカさの巨岩がごとりと動いた。
大砲どころじゃない、まるで火山噴火だった。
鱗の端々にある鋭い角から、
白い飛行機雲が生じていた。
ビヒーモスは上腕をふりあげ、上空のドラゴンをバレーボールみたいに地面にたたき落とした。
弱肉強食という言葉を思い出す光景だった。
ヒグマがサーモンを一撃で仕留めるように、ごく自然にドラゴンの命を刈り取ったのだ。
声が出せない、
いや、肺の中の空気を全部もっていかれたような、
凄まじい暴風が俺の顔面にぶつかったのだ。
地面に墜落したドラゴンを中心にして、
岩の破片が砂利みたいに空に吹き上がった。
俺の護ろうとした金色のドラゴンは、
まもなく亀裂に飲み込まれていった。
衝撃の余波は、俺のいるすぐ傍にまで伝わった。
爆発に巻き込まれて、数名の勇者達も空に舞い上がっていく。
岩の破片が、巨大なナイフやハンマーみたいに、
次々と襲いかかってくる。
数十メートル近く地面を転がって、地べたに這いつくばった。
全身に致命傷を負ってひどく痛む。
手脚が麻痺して動かない。
頭がぼんやりして、
立ち上がることが出来なかった。
肉が切り裂かれてボロボロだった。
死者数 890歩兵勇者
の文字が浮かんだ。
続いて、俺のライフゲージ。
どうやら残り1割程度で、辛うじて踏みとどまっているらしかった。
運が悪い。
だが、そのほんの僅かな残滓もどんどん無くなっていく。
俺の周囲に転がっている歩兵たちの体から、青白い光が舞い昇っていった。
どうやら蘇生が始まったのだ。
もう死んだのか。
運のいい奴らだ。
上空に浮かんだビヒーモスが、ゆっくりと落下してくるのが見えた。
こいつが地面に着地したら、一体どんな大地震が起こるのか、想像しただけで震えが来る。
運悪く生き残ってしまった連中も、それで残らず命を刈り取られるだろう。
だが、それまで俺のライフゲージは持ちそうになかった。
全身の傷口から流れ出していく血液にあわせて、俺の意識も暗くなり、HPも減少する勢いが止まらない。
ゆとり仕様、なんて思っていた俺が甘かった。
とんだクソゲーだ。
なんで俺はこんな怪物と戦っているんだ。
次に生き返っても、死ぬのは目に見えている。
投げ出せないのか。リセットできないのか。
俺は一体、どうすりゃいいんだ。
さまざまな不安を抱えながら、
俺は一足先に死んだ。
読んでくださっている方、ありがとうございます。完全な趣味で申し訳ないのですが、自由に書かせていただいております。