68 魔力炉の見張り
市街地をさらに北へと進み、俺は薄暗い洞窟の端へとやってきた。
市街地の巨大な空洞に響いていたビヒーモスの足音は、もう聞こえてこない。ただ、凄まじい咆吼だけが微かに聞こえてくる。
砂丘のようにうねる坂の奥、たたずむ黒い魔力炉を見上げながら、俺はどうしてこう間が悪いのかと嘆いていた。
無論、こんな大役が俺に果たせるかと全力で主張した。しかし、スキンヘッド勇者の巧みな根回しと、エルフ耳勇者の圧倒的な存在感の前に、俺の発言は完全に封じられ、円卓は全会一致で、俺をここへと送り込むことに決定したのだった。
いずれにせよ、1匹狼の勇者クレゾールと深い親交があったのは俺だけだ。
俺個人としても、ほんの短い間だったが、濃密な付き合いをしたのは確かだ。
むしろ俺でなければ、あのリーダーとまともに交渉できないというのは納得がいった。
……あいつはツンデレだからな。しょうがない。
視界の左上に浮かぶのは、緊急クエスト『立てこもり勇者との交渉』。
先ほど、円卓の間で見ていたのとまったく同じ構造の建物が、目の前に浮かんでいる。
魔力炉から漏れている淡いオレンジ色の光が、その辺に蹲る勇者たちの鎧や爪を照らしていた。
どのシルエットもこちらを見ているような気がして、ぞっとしない。
建物とは違う方向に目を向けると、プロジェクターの亜種みたいなカエルがその辺をぴょこぴょこ跳ね回っていて、建物の方にじっと目だかファインダーだかを向けて、ゲコゲコ鳴いていた。
勇者達の説明によると、どうやらこいつらがあのプロジェクターの子機であるらしい。第七宇宙からやってきたゴシップ・トードとかいう喧しそうなカエルだ。現場にいる勇者達の視覚や聴覚を盗み見ているのは、こいつらだそうだ。
『今、こちらにもお前の映像が届いた。心配するな、真っ直ぐむかえ』
通話しっぱなしの円卓の間から、知らない勇者の声が聞こえてきた。
後押しされるままに、俺は心細い道を進んでいく。
このクエストをとっとと終わらせなければ、勇者アリスはほったらかしになってしまう。勇者リリーに殺される恐れがあった。
逃亡して全てから逃避したかったが、俺の動きは当然のように連中の監視下にある。
瞬きひとつ、呼吸音ひとつ、向こうに伝わっている。いい晒し者だ。
俺は深く息をついて、建物に近づいて行った。
勇者クレゾールも、アポ無しで俺と会ってくれるか心配だったが、軍からは『交渉役をそちらに向かわせる』という連絡がすでに入っているはずだった。
遠くに見える勇者達の動きに注意しながら、近づこうとすると、不意打ちのように、左右の岩壁から何者かが現れた。
多い。10人近くいる。そいつらは剣のような鋭い武器で、足元のカエルを突き刺し、あるいは蹴り飛ばし、手から火を飛ばして、俺の周囲にいたカエルを一掃した。
『勇者マキヒロ、映像が途絶えたぞ。……そちらはどうなっている!』
「あー、囲まれてる」
俺は終わってしまった後に、ぼんやりとそう報告するしかなかった。
どうやら魔法や特殊能力で姿を消していたらしい。
数名の勇者達が影から現れて、俺を取り囲むように立っている。
いずれも高レベルの勇者達のように見えた。
こいつらは多分、カエルが自分たちの情報を盗んでいるという事ぐらい、認知していたのだろう。
その上で、その目をかいくぐって俺を待ち伏せしていたのだ。
今までカエルを放置していたのは、わざと軍にこちらの現状を知らせる目的があったと思われる。
……完全に油断していた。
……弱い勇者って言ってたの、誰だ?
俺の感覚からすれば、デタラメに強い勇者達だ。
……本来ならば、こいつらが戦わなきゃならないはずだ。
なのに、どうしてこいつらの星の連中が引きこもって、平和に過ごして、代わりに俺たち地球人が戦わなきゃならないのか。
愚痴っても仕方ないことだ、こいつらは平穏を勝ち取るために行動して、そして平穏を勝ち取るだけの力がある。
その力のない奴に平穏なんて、決して訪れない。俺みたいなクズには、一生得られない望みだ。
あまりに不公平すぎて、情けなくなってくる。
「何をしにきた」
引きこもりのくせに、ぎらつく目は俺の数十倍は好戦的だった。
こいつらには追い詰められた狼のような凶悪さがある。
けれど、恐ろしいとは感じない。
……俺も根っこの所の目的は、こいつらと一緒だからだ。
今回のクエストの目的はあくまで『交渉』。勇者クレゾールと話をつけて、立てこもりを解散し、もう一度最後までビヒーモスと戦うよう呼びかけるだけだ。
その後彼らが帰るか帰らないかは、クエストの成否とは関係ない。べつに軍に対する要求をすべて取り下げろ、と言う訳ではない。あと一踏ん張りさせるだけだ。
ここで俺が上手くやれる男なら、軍に対する要求に、俺の意見もちょこっと載せて、地球の安全も確保したうえで、ビヒーモス討伐クエストも成功、という運びにできるかもしれない。
そうして、地球から勇者が召喚される事もなくなる。かくして俺の働きによって、地球は残酷な世界から救われるのだった……TRUEENDだ。
……まあ、そんな上手くやれたらいいんだが。
あいにく、地球の命運を任されている俺はクズだ。
いっそここで、『俺も立てこもり勇者の仲間に入りたいんです! 助けて!』、とでも主張すればいいんじゃないかと、そんな考えが脳裏をよぎった。
けれど、ここでもし、俺が立てこもり勇者の側についてしまえば、軍は交渉を諦めて、制圧に方向転換するかもしれない。
そうなったら、地球の安全が守れないどころか、俺の身がヤバい事になる。
軍が制圧する場合、強い勇者達をバラバラに飛ばして、いったん放置し、事後になって個別に処理をする、という具体的な方法がある事も聞かされた。
もし、間違いで俺が遠くに飛ばされ、そのまま放置されたら、最悪だ。強制的にその状態から生還する、サバイバル展開が始まってしまう。その展開の方が物語としては美味しいのかもしれないが、俺としては全然美味しくない。
カイン老兵の説明をこんな形でフラグにしたくない。たとえ地球を救うのが無理でも、俺はビヒーモスを退治したら、普通に家に帰ってご飯食べたい。
だが、連中は(特に一部)、俺を強い勇者だと勘違いしている節がある。なおさら俺がどこかへ飛ばされてしまう危険性は高い。
……ここで立てこもり勇者に加わるのだけは、やめておいた方が懸命だろう。
――そういう風に、事前に考えていたため、俺が連中に出した答えは、こうなった。
「勇者クレゾールに、あわせて欲しい。あいつと1対1で話し合いたい」
勇者クレゾールの名前を出すと、数名の勇者達の態度が豹変した。
お互いに目を見合わせて、何かを確認しあっている。
……怯えている?
軍にか、それとも勇者クレゾールにか。
それとも、自らの命を賭した、この交渉の結末に対してか。
「……軍の交渉役か?」
「ああ」
「名前は?」
「名前?」
「名前だ、確認を取る」
念を押すように名前を訊ねられて、俺は少々焦った。
いま円卓の間に伝わっているのは、『俺の声』だけだ。当然、指示は送られてこない。
ただ、偽名だと勇者クレゾールには俺の事が伝わらない可能性があった。
だったら仕方ない……ここは本名を名乗っておくか。
「俺はもともと召喚師の間違いによってこの世界に召喚され、何の因果か飛竜の陰謀に巻き込まれて、そのせいでチート能力者の教育を任せられ、さらにそれがきっかけでこんな交渉役まで任されてしまった、本当はただのクズのヒキニートのネトゲ廃人だった男子高校生……だった生き物……勇者マキヒロだ」
自分のステータスを開示する前に、自らの経歴を伝えておくのが、この世界における異常ステータス保持者のマナーである。
俺の経歴を、きちんと、折り目正しく伝える事が出来た。
俺は、この苦しみを分かって欲しい、と言わんばかりの切羽詰まった眼差しを彼らに送っていた。
勇者達は、なにこいつキモイ、みたいに眉をしかめていたが、俺のステータスを見た途端、驚愕に目を見開き、後退った。
「……なッ! なにッ!?」
……全員、もはや言葉が出ないらしい。
もはや生きているのも不思議なステータス。そのくせに、獲得してしまった数々の称号。
彼らがこの世界に抱いている不満は、俺と同じ。
ただ苦しい思いをするばかりで、思ったように活躍できず、たとえ活躍しても何一つ報われないってことだ。
彼らは勇者としての自信を打ち砕かれ、自分や故郷の仲間などに、同じ苦しみを味わってもらいたくない、とさえ考えている。
それが、自分たちよりも明らかに弱い、瀕死かつMPゼロの勇者が、異常な活躍しているのを目の当たりにして、彼らは一体何を感じたのだろうか。
俺に対する『嫉妬』か、あるいは『羨望』か。
……あれ、なんか憐れむような目で見られているんだが。
……えっ、ひょっとして、俺なんか可哀想な子だと思われてる? いやいや。俺がクズなのは自業自得だから。身から出た錆だから。本当に社会のゴミなんだから。
……いずれにせよ、彼らの俺を見る目つきが少し変わったのは、確かだった。
とにかく、俺の置かれた不遇な現状を把握したのか、していないのか、うんうん、と肯きかわして、
「た、大変だったろう、とりあえず、中へ……」
と、いくぶん丁寧な物腰になって、俺を魔力炉へと導いてくれたのだった。
……俺がこいつらに『希望』を与え、戦わせようとしているのだと思うと、すげぇ心が痛んだ。




