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67 『奇跡』が起きるまで

 映像の中で、魔力炉の最奥を、近寄るのも憚られる空気が支配していた。

 ふと、眉をつり上げた勇者クレゾールが、他の仲間に目配せした。


『……通話だ、あとはお前らで適当に話し合っておけ』


『誰からだ?』


『ふん、お前には関係ない……』


 ふてぶてしくそう言い放つと、以降、勇者クレゾールは黙って奥の方に行ってしまい、他の勇者達が勇者グルツを宥めていた。


『反応が鈍いのは気にするな、おおかた、見栄とか体面を気にして決断しかねているんだろ。この世界の魔術師らしい』


『つまらねぇな、外にいる勇者の1人ぐらい殺せば何か反応あるんじゃねぇか? どうせ後で蘇生できんだろ、今のうちに適当な奴を見繕っておこうぜ』


『おい、やめろ、勇者グルツ。お前は自分さえ帰還できればそれでいいのかもしれんが、他の仲間を助けたい奴も居るんだぞ。下手に動いたら交渉もなにもなくなるだろ』


『なにイモ引いてんだよ。? ひょっとしてあの条件を全部軍が飲むとでも思ってんのか? 特に最後の召喚禁止なんて無理難題もいいとこだろ。だったら俺たちの覚悟がどんくらいのもんか、見せつけてやった方が、少しでも交渉を優位に進められるってもんだろうが』


 他の連中が、口々に唾を飛ばしあう中。

 画面奥の勇者クレゾールに異変があった。

 ……傍目には何が起こったか分からない。

 ただ、その通話の最中、一瞬だけびくっ、と肩を震わせ、目に動揺の色を走らせたのだ。

 先ほどまとっていた邪悪な空気が、みるみる揺らいで行く。

 かなり……焦っているのが窺える。

 視界の隅に映っている、総プレイ時間を見ながら、俺は考えた。

 あ……あれ、ひょっとして、この時間って……。


「今のところ。少しばかり巻き戻して、音声だけ、勇者クレゾールに切り替えてくれ」


 カイン老兵が、プロジェクターに指示を出した。

 画面がきゅるきゅると巻き戻る。

 そして俺にも記憶にある、勇者クレゾールとの会話が、音声で再現されていた。


『勇者クレゾール! いつまでポイント稼ぎに行ってんだッ! 早く戻ってこいーッ!』


 どうやら俺の大音声に肩を震わせたのは、勇者クレゾールだけではなかったらしい。

 ……他の勇者達はすでに聞いたのか驚かなかったが、額に汗を浮かべてひやひやしている。

 ……一番ひやひやしているのは、俺だった。

 そうだ、この時。……確か、俺が勇者クレゾールに、電凸して……。

 ちくしょう、まさか、向こう側がこんな事になっていようとは、思いも寄らなかったんだ。


『ま、待て、なにがあった、勇者マキヒロ……』


『何があったじゃねーよもー! 3時間も瓦礫撤去押しつけて、そっちが何やってんだよ! 5000ポイント取るんじゃなかったのか!?』


『い、いや……それは……勇者マキヒロ、聞いてくれ、実は今、俺は……』


『言わなくていいよ、お前のポイントの事なんてどうでもいいんだよ、そんな事より、こっちの作業がぜんぜん終わらないんだ、早く戻ってこいよ!』


『なに……まだやってたのか? ……そういえば瓦礫撤去のクエスト終わってないぞ、どういう事だ?』


『お前が俺に聞くかよッ!? もう、いいからそっちに行った奴、全員現場に戻って来させろよ! 今すぐ!』


『ぜ、全員? ま、待て、全員は無理だ、俺も手が離せな……いや、正直に言うと、誰ひとりとして戻す事はできないんだが……』


『はぁ!? ふざけんな、お前らが居ないと俺1人じゃどうにもなんないよこれ! お前の妹見つけ出して、兄さんが会いたがってるから、探してやれって言ってやるぞ!』


『待て、それはやめろ。……本気で止めてくれ、それは』


 ……軍を脅迫する勇者クレゾール、そんな勇者クレゾールを知らずに脅迫している俺。

 ……何も知らなかったとは言え、空気の読めなさがやばい……。


 勇者クレゾールは、これらの通話をすべて念じるだけで行っていた。

 しかし、クールな表情を保つのに、多少苦戦しているらしい。額をひと筋の汗が伝っている。

 特に妹の名前を出したとき、勇者クレゾールの瞳に、哀しげな光が宿った。


『なあ、勇者マキヒロ……もし、もしもだ。俺になにかあったら、妹のことは、後はお前に任せられるか?』


『な、な、な、なに言ってんの!? なに俺みたいなクズに重篤なヤンデレの妹を任せようとしてるの!? 俺にお前の妹の世話なんか出来るわけねぇだろうが! 勝手な『希望』を抱いてんじゃねぇ!

 お前が居なきゃ、俺はこんなところで何もできねぇんだよ! 俺1人じゃ、瓦礫撤去も満足にできねぇよ! ていうか、こんなの1人でやってて終わる訳ねぇだろ!』


『そうか……』


 納得しかかった勇者クレゾールだったが、不意に眉をひそめた。


『おい、1人でやってるって……他の連中はどうしたんだ!?』


『知らないのかよ!? 大半がお前について、ポイント稼ぎに向かったよ!』


『マジかよ……今は、ちょっと俺が抜けるとまずいんだ、代わりを寄越すから、待ってろ』


『悪いな』


『……そういう言い方は無しだ』


『おう』


 通話がすべて終了した。

 一瞬和らいでいた勇者クレゾールの表情に、再び元の険しさが戻った。

 彼は決意を新たに、仲間達の方に向き直って、言った。


『どうやら問題が発生したようだ。予想外の人数がクエストを放棄して、瓦礫撤去の方に障害が起きているらしい。

 ……格納庫Bは転移門が多いので、ひとつ潰れたままでもビヒーモス戦に影響が出ているとは思わんが、念のため3人ほど向こうの様子を見に行かせたい』


 周りの勇者達は、勇者クレゾールの意志決定に誰も反論しなかった。

 すっと、勇者達の中から手が上がる。


『俺が、行ってきてもいいか……ちょうど、マクロ弄ってんのも飽きてきた所だ……』


 勇者クレゾールは、画面の奥の方を見て、そして真っ直ぐ肯いた。

 その謎の勇者の顔は、パイプと暗闇で影になって、よく見えなかった。

 アングルが微妙に悪い。一体誰だ。


「……少し早送りさせて貰う」


 カイン老兵もこの影の正体が一体誰だったのかは、どうでもいいと思ったのだろう、映像がスキップされて、謎の男との対話は省略された。

 そして30分ほど後。深刻な顔をして黙りこくっている立てこもり勇者達が映し出された。


 けっきょく意見はまとまらなかったのか、それぞれバラバラな方向を向いている。

 ――と、視界の隅のチャットログに、文字列が現れた。

 なにやら、LINEみたいな数行の文字列だ。

 立てこもり勇者達は全員、それに気づいたらしい、一斉に身じろぎする。


 ――ごっめーん、やっぱ俺、勇者マキヒロと戦うことにするわー!(てへぺろ)


『……あいつ、裏切りやがった……!』


 裏切り者が現れた。

 沈痛な空気が、立てこもり勇者達の間に流れていた。

 彼らの神経を逆なでするように、次々と軽薄な文章が流れていく。


 ――つーかさ、こいつらとマクロ開発してて、ようやく自分の役割に気づかされたってゆーかー!

 ――やっぱ勇者マキヒロみたいな英雄の隣には、俺らみたいなサポートキャラがいてやらなきゃだめなんだよー! うんうんっ。

 ――俺たちもう、相思相愛? すっげぇフィーリングあっちまってさー、一緒にこの世界で戦おうぜって約束しちゃったんだー! ひゃっほう!

 ――お前ら大変だろうけど頑張れよー、ていうか俺たちの伝説の邪魔だからもう帰ってこなくていいよー! しっしっ!

 ――じゃ、後の事よろしくー! ばいびー!


 LINEを見ている勇者クレゾールの目が、凄まじかった。

 憎悪と絶望に染まった、恐ろしい目だ。

 死の風神、死神なのか風神なのかどっちかにして欲しいところだが、その名に相応しい目つきだった。

 ひょっとすると妹と同様、こいつにもヤンデレ気質があるのかも知れない。


『勇者マキヒロ……ッ! こんな時でさえ俺の足を引っ張りやがって……ッ! 本当に、俺の心をかき乱してくれる奴だ……ッ!』


 思わぬ三角関係に発展していた。

 ……なにこれ、ほんともう、なにこれ……。

 俺は机の上に伏せて、自分に向けられているであろう、円卓の勇者達の視線を堪えていた。

 ……つまり、そういう事か。それで、俺が、ここに呼ばれたっていうことだったのか。


「以上の出来事から鑑みても、君の立てこもり勇者達、特に主犯格に対する影響力が絶大である事は明白だ。

 ……そして、立てこもり勇者たちとの交渉には、君の協力が必要不可欠であると、我々は判断した」


 俺は半ば呆然として、抜け殻のようになっていた。

 なんだよこれ、もうただのコントじゃねぇか……。

 偶然の積み重ねに勇者クレゾールが軽く翻弄されてしまっただけの、単なるコントでしかない。


 ちげーよ、あいつら技術部は勝手に自分で盛り上がって、自分の意思で残ろうとしているだけだよ……。

 きっと立てこもりしている間、暇だったからマクロとか色んな機能を弄ってて、そのうちだんだん面白くなって、帰りたくなくなっただけなんだ……。

 正直、誰か様子見してこいって言われて、すぐに名乗りを上げた時点で、もう立てこもりなんか止めて逃げる気満々だったんじゃねぇのか……。

 それなのに、ただ、それだけの偶然なのに、なんでこう、俺が立てこもり勇者たちに希望を与えてしまったみたいな誤解が生じてしまうんだろうか……。

 本当、先入観って怖ぇ……。


「勇者マキヒロ、君は25万人の勇者の中で、唯一彼らに『希望』を与える事が出来る勇者だ……交渉が成功するか否かは、君の肩に掛かっている。励みたまえ」


 カイン老兵の声が、俺のハートにずしりと響いてくる。

 ……この世界に、俺の生み出してしまった小さな『希望』の連鎖が、いつの間にか、じわじわと、この世界全体を蝕んでいくのを感じていた……。

 そいつはいずれ、最後に『絶望』に転化する運命だと定まっている、最悪の『希望』の連鎖だったのだ……。

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