65 クエスト放棄
電動リールのような仕組みで、ゆっくりカーテンが閉ざされ、屋内は外の明かりが遮断された。
聴覚が研ぎ澄まされ、ようやくビヒーモスの足音が微かに聞こえているのに気づく。
集まっているのは鎧を着た勇者達だが、薄暗いせいで、まるで警察の会議室みたいな雰囲気になっていた。
やがて机の上のプロジェクターっぽい奴が作動し、緞帳に映像が映し出される。
プロジェクターっぽいというのは、何かこうナマモノっぽいのだ。カエルみたいな短い足で、勝手に動いて向きを変えている。おそらく俺の宇宙のメーカー品ではないだろうが、基本的な性能は一緒らしい。
映像から読み取れるのは、何かの大きな施設。
黒々とした不気味な要塞じみた建物。名称は『魔力炉』と書かれていた。
そこに飛竜のツメ、革の鎧を身につけた、大勢の勇者達が居る。
「勇者マキヒロ、君がここに呼ばれたのは他でもない……。君と同じ瓦礫撤去のクエストを受けていた勇者達の一部が、任務を放棄し、数時間前から市街地北部の魔力炉に、立てこもりを続けているのだ」
……おいおい、ウソだろ、どうしてこんな。
……なんて風に、マンガかなんかでは思うところなんだろうが、俺はこういう最悪のパターンも予想していたので、あまり驚かなかった。
負け組の俺は、彼らがこうする理由も、なんとなく察しがついていた。
こいつらはもともと、なんか良く分からないけど、みんなクエスト放棄してるみたいだから、俺もやろう、遅れちゃだめだ、みたいな勢いで、大して考えずに勇者クレゾールにくっついていった連中だ。
ところがビヒーモス第二形態は叩くのが極めて難しい。攻撃できるのは一流の勇者だけに限られている。並の勇者であるこいつらは、まともに攻撃さえできず、何時間もひたすら死ぬためだけに突進させられてたんだろう。
せっかくクエスト放棄をしてポイント稼ぎを開始したのに、これではストレスが溜まる一方、それでとうとう、ポイント稼ぎの方も放棄したって感じだ。彼らにとっては、どちらも似たような命令違反なのだ。みんな命令違反してるじゃかないかって勘違いが根底にある。
なるほど……こいつは勇者クレゾールの与えた『希望』が、こいつらを蝕んでいって、『絶望』に転化したって例だな。
あの時からみんな不満を抱えて、イライラしていて、かなり荒っぽい空気になっていたもんな……さすがの勇者も、うまく活躍できずにプライドがへし折れて、鬱モードに入ってしまったんだろう。映像の中の勇者達も、どこかやりきれない表情をしているのが窺える。
「蜂起の波は膨らんでゆき、現在、立てこもり勇者は1822名に及んでいる。これは現時点での、立てこもり勇者達の視界が捉えた映像を、映し出しているものだ」
カエルの映し出す映像は、建物の周辺や屋内など、次々と切り替えられていく。
FPSで、一人称視点の映像を見ているみたいだ。立てこもり勇者達が今、何を見ているのかが、よく分かってしまう。
ぜんぜん知らなかった、軍ってこんな事もできるのか……。勇者が蜂起してももう勝ち目ないじゃん……。
映像に映る勇者の大多数は、飛竜のツメを持っている。ほぼ9割方と言っていいだろう。
やっぱり、飛竜のツメは弱い勇者向けの武器であるらしい。
……きっと、ストーム機能がビヒーモス戦ではネタスキルだっていう噂を信じ込んでいた時点で、こいつらの冒険は『詰み』だったんだろうな……。
まったく、どいつもこいつも、けっきょく周囲に流されてばっかりだから、すぐそこにある攻略法に手が届かなかったんだ、ふっ、可哀想に。ニートの俺に言われるぐらい、不憫な事はないな。
……あれ? ていうか、こいつらもともと瓦礫撤去してた人員だから、ちゃんとブリーズ機能持ってるんじゃないか?
ということは……俺が発見した攻略法をこいつらに教えたら、もうこの問題はだいたい解決しちゃうんじゃなかろうか……。
少なくとも、大多数の勇者が新たな『希望』を手に入れて、再び『絶望』の戦いに立ち向かっていくのは確かだ。
そうしたら、こいつら周囲に流されやすいタイプだし、命令無視をする度胸があるのは、大人数で固まっているからだ……。
飛竜のツメ使いでは無い、残った少数も、しぶしぶそいつらについていく。……まあ、騙すみたいな感じであれだけど、いちおう立てこもり問題は解決だ。なるほど、それがこのクエストの攻略法か。
あ、いや……けど、ビヒーモス攻略法が広まったら、まずいじゃんか……。
勇者アリスの封印が、いつ解けるか分からんし……。
よ、よし、この攻略法は、握りつぶす。もっと別ルートで、解決の糸口を探ろう……。
……などと企んでいる俺を、向かいのエルフ耳勇者がにこにこ笑いながら見ていて、俺は死んだ。
ま、待て……。い、言うなよ? 絶対言うなよ? 頼むから言わないでくれよ?
そ、そうだ。俺には活躍してはならない理由があるんだ。……俺の故郷の星に、大事な友達がいるんだよ。
そいつエルフ耳じゃないけど、お前に似ててさ、イケメンで、スポーツ万能で、成績優秀で、いつも友達に囲まれてて、そのくせぼっちだった俺の事まで気にかけて、優しく話しかけてくれたんだ。
もし、あいつがこの世界に召喚されてきて、絶望しながら戦わされるハメになる、なんて考えたら、すげぇ心が痛むんだよ。それがたとえアイツの意志であったとしても、そんなのは間違ってる。
こんな世界で飛竜の陰謀に巻き込まれて、俺と同じ苦しみを何度も味わうなんて、耐えられない。日本人って、本当はすげぇ弱いんだよ。けれどあいつは、弱っている奴を、ぜったいに見過ごせない。この世界も見捨てられないし、俺がこの世界にいると分かったら、絶対に駆けつけてくれる……そういう奴なんだ。
『……僕は確かに弱いかも知れないけれど、助けを求められたのは僕なんだ。戦うななんて言うな、君だって、必死に戦っているじゃ無いか! だったら、他の勇者に任せていればいいなんて、言ってられないよ。僕は戦う!』とか言っちゃう感じの、そういう正義感の溢れる奴なんだ。
……首を傾げて、さも疑わしそうな眼差しを送ってくんなよ! エルフ耳勇者!
……ああ、そうさ! そんな奴現実にいやしねぇよ! いま考えたよ! 俺に友達がいるって時点から嘘だよ!
……けど、そういう友達が、もし俺にいたらどうする? そう仮定してみるんだ! 地球の人口60億人以上だぜ、25万人でこんなに個性あるんだから、ぜったい探せば1人はいるはずだって! 大体は中国かインドだけど、中国のすぐお隣に日本って国があるんだ、似てるから大体みんな一緒とか考えてちゃだめだからな!?
というか、お前なら俺の考えを読んで、分かるはずだ。……俺の故郷が、日本が如何に平和で、そこに暮らす日本人が、いかにか弱いかっていうのが……!
俺は、頭の中に、平和な日本の光景を思い浮かべようとした……。
小さい頃、山にハイキングに行きながら、凶悪なドラゴンを狩っていた……。
学校で退屈な授業を受けて、家に帰ると、外国人とのリアルな銃撃戦が俺を待っていた……。
休みの日には、剣を持って魔物を蹴散らす勇者達。血が吹き、臓物が飛び出す、陰惨な世界を築き上げていった……。
あ、あれ……俺の知ってる日本の風景って、これであってる……?
ちがうじゃん、これは全部ゲームの風景じゃないか。一体何思い浮かべてんだ。
……だが、何年も引きこもりネトゲ廃人をやっていた俺の脳裏に、『今の日本』の光景が容易に思い浮かぶ筈が無い。
なるべく、平和な日本を舞台にしたゲームを思い浮かべようとしたが……。
最悪なことに、エロゲを思い浮かべてしまった。妹系の奴だ。
エルフ耳勇者は、細いがしっかりとした腕を、すっと頭上に伸ばした。
「勇者マキヒロが、すでに幾つか解決法を見つけた模様です」
あああバカァァァァァァァァ!
俺の祈りも虚しく、エルフ耳勇者の発言は円卓の間の勇者達を凍り付かせたのだった。




