64 高レベル勇者のマナー
市街地中央の転移門をくぐって、見慣れた広場から太い通路を辿っていく。
マップで言うと北の奥まった場所にある、横に長いフランスの駅みたいな建物。
【イスクリード公国 市議会議事堂】という文字が、流麗な筆記体のような文字で浮かんでいた。
この極限の世界で、フォントみたいな小さな所にこだわっているのがなんとも俗物っぽい。
その小さなこだわりは庭にも見られた。緑もささやかながらあって、知らない種類の花が咲いている。
高級感のあふれるロビーは、ずいぶん綺麗に保たれていた。
砂ぼこりや汗や血でどろどろの、革の鎧を装備した勇者が立ち入るのが、ちょっと躊躇われる空間だ。
もう二度と立ち寄れない場所のように思われたので、記念に写メを撮っておく。
まるで初めてのクエストでドラゴンに遭遇した俺に戻ったみたいだ。
マップの情報から、奥の部屋から誰か近づいてくるのに気づいた。
緑色の点である所を見ると、歩兵か。
慌てて携帯をポケットにしまい、びしっと姿勢を正し、いつでも出迎える準備を万端にした。
吹き抜けから見上げられる、二階の扉を開けて出て来た歩兵は、見慣れたハゲ頭をしていた。
俺は安堵したのと、がっかりしたのと、なかなか複雑な気持ちになる。
「……またお前かよ」
スキンヘッド勇者は、俺を見てにやりと笑った。
「待ちわびたぞ、早く来い」
***
勘違い勇者の笑みを見た瞬間から、俺の不吉な予感はさらに不吉さを増していた。
俺1人、名指しで呼ばれた緊急クエスト。
しかもそこに、なんだかんだで俺にトラブルを呼び込む、スキンヘッド勇者まで同席している。
……そうだった、こいつには、いずれ訪れるこの世界の逆転構造がおかしいと訴え、啖呵を切った覚えがある。
さすがに問題発言だったんじゃないか。
これは只事では済まない予感がひしひしとする。
二階に上がる階段は左右にあったが、このどちらを選ぶかでも、すでに試されている気がしたほどだ。
しかも、奥の部屋に入った瞬間、無数の目が俺をじっと見てきた。
広々とした机を、厳つい鎧に身を包んだ兵士達が囲んでいたのだ。
老いも若きも、いずれも歴戦の勇者といった面持ちで、四角い机があたかも円卓のように見える。
しかも、その会議はどうやら俺待ちだったらしく、全員が俺の方をじっと見ていた。
……なんで俺を見てるの、みんな。
まずい、何が起こっているのか分からないが、とにかくまずい。
職員室に呼び出されたような気分だ。
何もしていないのに、何かやましい事をしてしまったような気持ちにさせられる。
落ち着け、俺は何も悪い事はしていないはずだ。
筋は通っていないが反論できない屁理屈を言っただけで、こんなに問題になるわけがない。
……いや、本当に俺は、何もしていないのだろうか。
ふと、今までの自分の行いをさかのぼってみる。
飛竜のツメの攻略法の隠蔽。修行だとか言ってチート能力者を無限ループに突き落とした行為。例のアレもまだ問題として残っている。飛竜のスキル・ポイントちょろまかし事件と称号詐称。
……どれ1つ取っても、俺が呼び出しを食らうには充分すぎるほど、とっくに何かしてしまっている。
「勇者マキヒロ、座れ」
スキンヘッド勇者に促されて、すでに汗まみれの俺は円卓の一席に腰掛けた。
どの罪状を訴えられても大丈夫なように、俺は最もらしい理屈をあれこれ考えていた。
致命的にまずいのは、『攻略法の隠蔽』だ。これだけは知られてはならない。こんなのどれだけ言い訳してもアウトだ。
「強い勇者が居るのに、弱い村人が勇者になって戦うのはおかしいと思います、だから弱い村人の僕はみんなに、そんな『希望』を抱かせたくありませんでした」
なんて小並感あふれる意見でねじ伏せられる雰囲気じゃ無い。
自己保身のために世界を危険にさらすなって怒られそうだ。俺の考えが、そう簡単に受け入れられる筈が無かった。
落ち着け……うっかり漏らすな、だが逆に言うと、この秘密さえ守り通せばいい。
俺がビヒーモス攻略法を発見した事も、それを隠蔽しようとした事も、連中はまだ知らないはずだ。
だが、こいつら勇者はどいつも特殊能力を持っているのだ。油断していると、あっというまに俺の企みが見抜かれて……。
そんな企みごとをしていると、俺の席の向かいに、エルフ耳の勇者の姿もあって、俺ににこっとほほえみかけてきた。
ぞわっとした。
追い打ちをかけられて、俺はさらに震え上がった。
……ダメだ、もう詰んだ、お仕舞いだ。こいつは心が読めるんだ。
円卓の中でも割と老齢の方の勇者が、ひとり立ち上がって言った。
「では、諸君。新しくやってきた勇者マキヒロの素早い理解のために、今一度、私から当クエストの内容を解説させてもらおう……」
どうやら俺は、この会議に途中参加させられているらしい。
勇者にクエストを言い渡す勇者なんて、初めて見るな……。
何者かは分からなかったが、幼女軍師の可愛い口調とは違った、独特のしわがれたトーン。
俺の集中度合いは嫌が応にも高まった。
「私は108年前の召喚師マイコフによる反乱の折、この世界に召喚され、その後このフィース・ワールドに帰属した『50勇者』の1人。今は勇者の任を退き、軍の参謀として働いている老兵。
……まあ、長々と経歴を話したが、あまり気にしないでくれ、これは私なりの気遣いだ。名はカイン=アシュデベルという」
カイン=アシュデベル。どっかで聞いた覚えは……。
……ねぇな。まるでない。『50勇者』っていうのも初耳だ……。
長々と語られた経歴から伝わって来たのは、何だか凄そうな雰囲気と。
前は勇者だったが、今は軍関係者なのだという事だけだった。
……ん? 私なりの気遣いってなんだ? すごい奴なのか? ひょっとして、名前を聞いた勇者は派手に驚いて、オーバーリアクションしておくべきところだったのか?
……しまった、空気読み損なったか……うう、腹痛い、俺ひとりだけ途中から参加したから、完全に浮いた形になってんじゃなかろうか、これ……。周りの勇者から、何こいつ? 見たいな冷めた目で見られてるんじゃなかろうか……。
……などと思って縮こまっていたら、俺の視界に、彼のステータス情報が浮かびあがる。
カイン=アシュデベル【機密レベル10】
HP・MP【機密レベル3】
称号【機密レベル1】
加護【機密レベル2】
ガタッ!
俺は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
な、な、な、な、なんだこいつはーッ!!!!
これがステータスって、どうなってんのこれ? パラメータが『国家機密』の扱いになってねぇ……!? こいつ、人間兵器かなんかなの!?
ていうか、勇者番号の機密レベルが高ェ! 通話が出来ない、お友達になれないじゃないか! なるほどちくしょう、そういうことか、真の勇者は偽名を名乗るまでも無いってことか! 一体どんなセレブがこいつと通話できるんだ……!
……しかも、何より一番重大で肝心な事は、このステータスだけじゃ、まず『勇者』かどうかすらわからないって点だッ!
下手をすると、名前を名乗るだけで、相手を混乱に陥れてしまう可能性がある……。
つまり、自らの経歴を語るのは、異常なステータスを持つ勇者なりの気遣いなのだろう。
……これから俺も名乗る前に、経歴を名乗った方がよさそうだな。
……HP9、MP0、なんて、ちょっと見たら瀕死だもんな。相手をびっくりさせてしまうかもしれない。
ひとしきりフラグを回収し終わった俺は、ゆっくりと椅子に戻り、カイン老兵の話を聞いた。そして円卓会議は、何事もなかったかのように進んだ。




