61 フィース・ワールド技術部
『マクロ』というのは、ネトゲでは割とありふれた機能のひとつである。
いくつかの手順をあらかじめ登録しておくことで、ボタンひとつでキャラクターに複雑な行動をさせる事が出来る。
簡単な例で言えば、魔法と通常攻撃を組み合わせた『連携攻撃』や、同じ回復薬でもHPが半分以上なら安い方の回復薬を使う『節約回復薬』、などといった、本来ゲームに備わっていない新スキルが作られたりする。
勇者ドバルが作ったのは、【チャット仲間】というマクロ。
チャットに要する手順を短くし、さらに彼が独自に発見した『構文』などというテクニックを駆使したものだ。
【チャット・仲間】→伝えたい文章。
これだけで、【仲間】全員に同じチャット文章を送りつけられる。
「これを使えば、お前にさっき送った短い文章は、
【チャット仲間】と頭で念じながら、『勇者マキヒロ、修羅場なう』と口で呟くだけで送られる。
な? これなら女の子に教えても、使ってくれそうだろ?」
「なるほど……こりゃすげぇ」
女の子に教えてモテるかどうか分からないが。
マクロの組み立て方を教えて貰った俺は、素直に賞賛した。
【ポーズ】→【通話機能】→【呼び出し音設定】→伝えたい文章→【呼び出し音設定完了】→【通話機能】→伝えたい相手の勇者番号→【通話終了】
これを短縮し、
【チャット1】→伝えたい文章→【チャット2】→伝えたい相手の勇者番号→【チャット3】
さらに辞書登録で、
【チャット仲間】……意味1「名詞、仲間とチャットをする為の独自スキル」意味2「接頭語、『チャット1』、後に来る文章、『チャット2』、仲間、『チャット3』」
という形にまとめたものらしい。
正直わからん……もはや人間が読んで理解できる形式を成していないな。
……システムさんさえ分かってくれたらいいよ、的な。
「ていうか、お前が『マクロ』組めるなんて、正直意外だったよ。なんか努力の方向を間違ってる気がするけど……」
「おッ! お前なら分かると思ったぜ、勇者マキヒロ! なんだお前、ひょっとして俺と同じ世界から来たんじゃねぇのか!?」
「いや……それは考えたくもねぇ」
「本気で引くなよ!? なんだよー、ひょっとしたら、お前も組めるんだったら良かったのに……」
「ま、まあ、俺も簡単なのなら、ちょっとは……大したもんは作れないよ?」
「それで充分だよ! じゃあ、試しになんか、ちょっと作ってみろよ!」
いきなり何か作れ、と言われてもな……。
……そういや、ブリーズ機能とダッシュ機能の切り替えが結構むずかしかったのを覚えている。
試しに、それを簡単にする為の『マクロ』を作ってみた。
【ブリーズ】……意味1「スキル名『ブリーズ』」意味2「スキル切り替え用マクロ、『召喚石(L)』、『ブリーズ』」
「ブリーズ」
口に出してみると、俺の飛竜のツメに、緩やかな風がまとわりつく。
ブリーズ機能に切り替えられたのだ。
おお、これは予想以上に上手く行った。
よし、あとは同様にダッシュも作っておこう。
これで俺の機動力は格段に上がるはずだ。
……しかし、勇者ドバルが俺のマクロの組み方を見て、憤慨した。
「ダメダメ、ぜんぜんなってない!」
「え……普通に使えるけど?」
「中と外で『ブリーズ』って単語が重複してんじゃん!」
「いや、そもそも俺、『ブリーズ』って念じる事いままで無かったし、丁度良いかなって……」
「ナンセンス! 今はとりあえず動くかもだけど、後々『ブリーズ』を組み込んだマクロ作る時に問題起こるかもだろが! こういうの予約語っていうの、下手にいじっちゃいけないんだよ、基本でしょー!」
普段はひょうきん者なのに、いざ自分の得意分野になると、なんだかすげぇ神経質になっていた。
こう言うのをオタク気質というんだったか。
むーん、と考えを巡らせていた勇者ドバルは、不意にこう言った。
「スキル名は……『颶風の神よ、遠き宇宙の呼び声に答えよ、今ここに荒ぶる飛竜のツメを具現させ、そして我にあだなす敵を粉砕せよ……必殺、ブリーズ!』でどうだ」
「それ、ぜんぶスキル使う度に念じるの? ……一字一句間違えずに?」
「そうだな、たしかに少し長いな……『真・滅風轟波斬剣』的な方向はどうだろう?」
「的な方向ってどういう方向だよ、厨二病だな……もっと短くて覚えやすいのにしようぜ」
『マイ・スキル1号』、『スキル切り替え』、『セット・ブリーズ』、『風神剣』、『烈風斬』、『セイクリッド・ストーム』、『来いよ、ブリーズ!』、『ブリーズ・アウト』、『ブリーズ・アウエイ』、『ブリーズ・イン』、『ブリーズさん入りましたー!』、『吹き飛ばせハート!』、『本気ブリーズ100%』、『反撃開始』、エトセトラ、エトセトラ……。
さんざん協議を重ねた結果、ブリーズ機能への切り替えは『ブリーズ』、ダッシュ機能への切り替えは『ダッシュ』で落ち着いた。
今のところ、これでも問題はないみたいだし、召喚言語の機能限界を試してみる意味でも、やってみる価値はあるんじゃないかという事で押し切った。
勇者ドバルは納得してくれないみたいだったが。
なんかこだわりがあるみたいなので聞いてみた。
「勇者ドバル、お前ひょっとして、前の世界で本職のプログラマーとかやってなかった?」
「うんにゃ? これぐらいは普通に小学校で基礎教養として習う範囲だぜ?」
……どうやら、とんだサイバー世界から来たらしい。
ゲーム・プログラムが基礎教養とか……一体どんな社会なんだろう。
まあ、俺の世界とかけ離れているみたいなので、正直ほっとした。
「けど、なんか気になるんだよなー。この、指示がすげぇ曖昧で適当なのに、それでも通じてしまう感じがさー。
この新しい技術で一体何が出来て何が出来ないのか……それを見極めないと、俺みたいな技術者は、なんか気になって仕方ないんだよ。
多分、これから試行錯誤を繰り返していけば、まだまだスゲェのが出来ると思うよ。
勇者マキヒロ、ちょっと俺に協力してくれないか?
……俺さ、この戦いが終わったら、仲間を集めて技術部を結成するんだ!」
……本日の死亡フラグのノルマを達成しつつ、勇者ドバルは汚い顔をキラキラ輝かせていた。
この絶望の世界にいながらも、こいつだけは、なんだかいつも楽しそうな気がする。
技術部か……。
才能の無駄遣いとか、暇人とか、正直思っていたけれど。
あれだ、こいつのは一周回って、才能の有効活用なんじゃなかろうか。
……そうだ、俺におあつらえ向きなのは、こういう影の仕事なのだ。
こいつの夢も、ちょっとぐらい手伝ってやってもいいかもしれない、と思い始めていた。
「お前が前線で戦って、俺が『マクロ』を開発する……そういう感じで、2人で手を取り合ってさ、この世界の未来を切り開いて行こうっていう、明確なヴィジョンがすでに浮かんでるんだけど、どうよ!」
「お断りします」
「ちょ、なんでよ!? ええーっ!? 今の流れで断る!? 絶対役に立つからさぁー! たのむよ、ほんのちょっと使ってみるだけでいいからさぁー!」
「いや、俺は一刻も早く元の世界に帰りたいというか……だいいち、俺もどっちかというと技術部向けの人間だからさ、出来ればそっちに入りたいなー、とか思ってるんだけど……?」
「お断りします」
「すげねぇ!? 真顔でいうなよッ!? こっちはまさかの門前払いに気が動転したよッ!?」
「……あー、まあ、俺もプロじゃないんだけど、だからこそ基礎教養ができてない子を技術部に混ぜろって言われても、正直どう扱っていいか迷うんだよな……。
……せめて最低限、やっちゃいけない常識ぐらいは弁えてくれてなきゃ、何か問題が起こったら俺1人じゃ対処しかねるっていうか、それで他の奴の開発にまで支障をきたしたら、本末転倒じゃん?」
……くそう、勇者ドバルのくせに。反論できねぇ。
こうして俺は新スキル『ブリーズ』と『ダッシュ』を手に入れたのだが。
現実はどこまでも非情なのを再認識するのだった。……やっぱり、この戦いが終わったら、俺はただのネトゲ廃人に戻ろう。




