59 メニューの発見
一応、飛竜のツメのレクチャーという建前はあったのだが、
ひょっとすると軍紀に違反する行動として、罰せられるかもしれない、という気がかりがあった。
しかし、勇者リリーはそういう個人の細かい行動に関しては、よほどの事がない限り、軍は各勇者の状況判断力に任せるものだから心配ない、と言っていた。
何か問題があれば、軍師から忠告を受けるか、周りの勇者に仲裁の指令が行くはずだ、との事である。
その軍師の指示が、ここ3時間、俺にはまるで無い。
ずっと放置されている気がする。
すでに、新米として扱われなくなっていたという事だろうか。
それはそれで、なんだか寂しい気がする。
瓦礫の撤去作業をしている現場に戻ってゆくと、
勇者ドバルおよびその他の勇者に向けられた冷たい眼差しに、俺は思わずドキッとした。
飛竜のツメで瓦礫をがんがん叩きながら、崖まで歩いて行って遠くに飛ばしたあと、俺の方をちらっと見て戻っていくのだ。
いちおう、作業を継続してはいる。ただ、ちらっちらっと、苛立ったような軽蔑の眼差しを俺に向けていく。
おかしいのは、わざわざ3人でローテーションを組んで、それを延々と繰り返していた点だ。
ツッコミ待ちのようだ。構って欲しいのか。
「……お前らよく連携取れてんなぁ」
「おーおー、女の子と連携が取れている、ハーレム勇者様がお出ましやがったぜ?」
勇者ドバルはわざとらしいだみ声で言うと、他の勇者達の肩に腕を回し、男臭いスクラムを組んで3人で俺を見やった。
……俺を見る度にフラグ、フラグって言ってはしゃいでいたくせに。
女の子といただけで、なんて手の平の返し方だ。
「勇者ドバル……なんかすげぇ機嫌わるくないか?」
「機嫌悪い? そーんな事ねぇよー、お前が機嫌いいから相対的に機嫌悪く見えてるだけじゃねぇ?
その前にさー、男達が3人、こうして汗水垂らして働いてるんだよ。それに対してなにか言うことあんだろ?」
「ああ、ご苦労様……勇者クレゾールから仕事引き受けてくれたんだよな、ありがとう」
「おいおい、それだけかよ?」
「それだけだよ? 他になんかあんの?」
「パネェわー。ほんとリア充勇者パネェわー。可愛い女の子と2人きりで秘密のミッションを積み重ねるために、自分の仕事を俺たちに押しつけてそれだけとかないわー。少しは俺たちにも幸福のお裾分け的なものをしたいなーと感じるべきじゃないの?」
「すまん、すまん。そこにあるヴィヴィッド・ポーション、適当に飲んでいいよ」
「おい、少しは否定しろよッ!? しかも用意いいなぁ、お前ッ!」
「どうせ否定したら否定したで、『物語の主人公に自覚が無いのはお約束』とか言い出すくせに……要らないの?」
「ぐぬぬ……メタな発言しやがって、最近の主人公っぽいな、お前」
ぐぬぬ、と歯ぎしりしながらも、結局ヴィヴィッド・ポーションの誘惑には勝てなかったらしい勇者たち。
それぞれ瓶を手に取ると、ごくごく喉を鳴らして至福の表情を浮かべていた。
「悪かったよ、そんなにマジになんな」
と、ポーションを飲んで、勇者ドバルはため息をひとつついた。
ミーティングという名の休憩時間を挟みつつ、俺は勇者ドバルに話を持ちかける。
「ところでさ、ちょっと教えて貰いたいことがあるんだけど」
勇者ドバルは、この世界の様々なシステムを熟知している。
今のうちに、その知識を拝借しようと考えた。
勇者アリスがいずれ俺に追いつくまでの間に、せめてこれまで取りこぼしてきた様々な知識を補完したい。
さっきのLINEみたいな通信も、使いこなせば相当便利だろう。
「嫌だ、つうか俺っち、あんま暇じゃないっすからー!」
勇者ドバルは、頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
ぷんぷん、おこだよ。と言いそうな顔をしている。
……俺に輪をかけた暇人のくせに。
「なんかさー、もうお前の秘めたる力、解放されたっぽいじゃん? 鱗剥ぎまくって、ヒロインその一と親密になって、大勢の美女に囲まれてさー、この上、俺みたいなパンピー勇者の唯一のアドバンテージを奪われたら、俺は一体何で食っていけばいいんですか? 俺にはメガネくんポジすら叶わないのか」
「お前、密かにメガネくんポジ狙ってたのかよ。……いや、別に、お前がパンピー勇者だなんて俺は全然思わないけどな。ツメだってさ、それ普通の勇者のより長くなってね? ひょっとして『中指』とか?」
「なに言ってんだ『薬指』だよ。ツメはほっといたら伸びるっつーの」
「え? マジ?」
そう言えば、形状は薬指のツメがやや伸びただけのようにも見える。
長さは違うが、丸みやカーブがほとんど同じだ。
「マジ、使い続けていると摩耗するだけ。俺は序盤、お友達作りと死亡フラグ関連と市街地のイベントマップ作成で多忙を極めていたし、第二形態になってからは、ほとんど何も叩いてなかったからなー」
「……なんか、思ったよりダメ勇者っぽいな、勇者ドバル」
「俺は他の勇者には出来ないことを全力でやってんの」
そうだ、言われてみれば、これは剣ではない、ツメなのだ。
まだ生きているツメなら、時間経過で伸びつづけるはずだ。
試しに、ツメを『薬指』切り替えて見る。
すると、完全にへし折れていたと思われたツメが、先端が欠けているのを除けば、もうほとんど復元されていた。
生命の神秘を感じる。
「ほ、ほんとだ! すげー! お前ってすげぇ頼りになるな、勇者ドバル!」
「デレるの早ッ!? えっ、ていうか、お前、仮面小指だったの!? うそ、やだ、かっこいい! 俺の厨二心をくすぐりんぐだよ! どこまで主人公タイプを地で行く勇者なんだお前は!?」
俺は完全に回復するまで『小指』に戻す事にしたのだが、勇者ドバルは自分のツメをわざと『小指』にして、俺の真似をしていた。
いや、攻撃力落ちるだけなので止めた方がいいと進言しても、頑として聞かなかった。
……どうやら俺はこいつに新しい玩具を与えてしまったようだ。
「この世界のシステム? よーし! 俺がなんでも教えてやろうじゃねぇか! ヘイカモン! ヘイヘイカモン!」
勇者ドバルはテンションが上がってきて、なんだか以前と同様に、協力を取り付けやすそうな雰囲気になってきた。
出来れば勇者アリスを鍛えなくてはならない、今の俺の身の上を、一から説明したかったのだが。
こいつに全部説明すると、余計にややこしくなりそうな気がする。
特にこいつは、勇者アリスがチート能力者だなんて知ったら、次にどんな噂を吹聴しまくるか分かったものではない。
厄介な勇者だ、それは勇者アリスにとって、迷惑にしかならないだろう。
うっかり個人情報を知られてはならない類いの勇者だ。会話にも気を遣わないといけなかった。
「じゃあさ、休憩申請って、どうすんの?」
「休憩申請!? おいおい、そりゃ一番重要な機能だぜ勇者マキヒロ! というか、むしろなんで今まで知らなかったんだそれ! 俺なんて1時間おきに15分ずつ休憩してんぜ!」
「逆に辛そうだけどな、それ……で、どうやるんだ?」
「【ポーズ】と念じてみろ」
俺は【ポーズ】と念じてみる。
すると、言われたとおり、休憩申請、ステータス、通話機能、召喚言語……など、俺にも馴染みのあるゲームっぽいメニューが、視界の真ん中にずらずらっと現れた。
おお、これだ、こういうの欲しかったんだ。
経験上、俺の前の世界での知識を最大限に生かせるのは、この世界のシステム面だ。これを使いこなせれば、だいぶん強いはずだ。
勇者ドバルに聞いて、正解だった。
てっきりもう会う必要もないモブキャラ的立ち位置になるかと思ってたんだが、これはまたとないサポートキャラに成長しそうだ。人間って意外な面を持っているものなんだな。
などと浮き足だっていた俺は、さらにメニューの下の方に、チュートリアル、と書かれてあるのを見つけて、しばし黙考した。
………………。
……こりゃ見つかんねーわ。




