57 ハーレム勇者疑惑の始まり
ビヒーモスの不気味な破壊の波の伝播速度は、地面の破壊の度合いにもよるが、秒速20メートルの俺たちのジャンプとほとんど変わらない。
ひょっとすると、第八宇宙の仕様でそれ以上の速度が出ないのかもしれない。強い代わりに速度が遅いのだと考えれば色々と納得できる気がする。
瓦礫の壁は、ちょうど地面に着地した勇者アリスの真正面に、ぐんぐん近づいてくる。
俺と勇者アリスとの距離は、200メートル。
いまから首根っこを引っつかんで飛んで逃げても、間に合わない。
しかし、この時とっさに次の『指示』が出せたのは、
俺がゲーム脳だからだろう。
勇者アリスがアクションゲームのキャラクターだったら、どう動かすか。
そりゃもう、最後の悪あがきで回避行動しかないだろう。
側転とか、バックダッシュとか。
ひょっとしたらギリギリで攻撃の範囲から逃れられるかも知れない、ぐらいの思いだったが。
「……勇者アリス! 真後ろにジャンプしろ! 俺が受け止める!」
バックダッシュなんて、自分でもやったことない高等技術を勇者アリスに強いるとは。
俺も相当な鬼畜教官だ。
しかし、どうやら俺の言葉は理解できたらしい。
勇者アリスは飛竜のツメを肩に担ぐようにして、先端を肩越しに俺の方に向けた。
「……先輩ッ!」
勇者アリスが何か言った気がしたが、激しい地鳴りで聞き漏らしてしまった。
彼女の足元や周辺の瓦礫に亀裂が入り、次々と浮かびあがってゆく。
まるでカタパルトみたいに、勇者アリスの身体はそれらに弾かれるようにして、吹っ飛んでいった。
砂礫に飲まれる前に、僅かに溜まったジャンプが発動したようだ。
なに、こいつすげぇ、ビギナーズラックの塊みたいな奴だ。
ぶっつけ本番でこんなに上手く行くなんて。
どうやら、うまいこと風圧や浮き上がる力を利用して、自ら飛ばされる形になったみたいだ。
砂礫の壁をぐんぐん引き離し、さらに俺を追い越してしまいそうな勢いで飛んでいる。
ちょっと、待て。
俺は歩みを止めて、その動きを目で追った。
まさか、こんなに上手くいくなんて思わなかった。
受け止めるなんて豪語してしまった俺は、慌てて横に移動し、落下地点まで猛ダッシュした。
だが、間に合わない。
あと一歩及ばず。
勇者アリスは俺の目の前を通過し、瓦礫の中に、背中からランディングした。
細かい砂利が辺りに飛び散った。
そいつらがうまくクッションになってくれたらしい、仰向けになってぐったりした勇者アリスが、声をあげた。
「……せ、先輩が、受け止めてくれるんじゃ、なかったん、ですか……」
「仕方ないだろ、こんなに飛ぶとは思わなかったんだ」
俺にそんな甲斐性を期待しないで貰いたい。
鎧が案外頑丈で、7しかないライフゲージはまだ2ぐらい残っていた。
てか、落下のダメージって案外低いのな。
しかし、乙女のライフゲージはもうゼロらしい。
強打した背中を丸めながら、えぐえぐ泣きはじめた。
「ひどい、ひどいです、先輩の事信じて飛んだのに……かっこよく後ろからこう、キャッチして、『大丈夫か?』みたいに呼びかけてくれると信じて飛んだのに。
まさか砂利で私を受け止めてくれるなんて、あんまりです。先輩ひょっとして私の事嫌いですか?」
「わかったわかった、後で聞いてやるから! ちょっと黙ってろ!」
このタイミングでラブコメ展開を始めようとすんな。
どんだけ間の悪い後輩だこいつ。
せっかく格好いいフラグの折り方を何パターンも考えといたのに、この状況では使えそうになかった。
フラグ潰し潰しか。
軍拡競争もいいところだ。
勇者クレゾールの時みたいに、苦しまないよう、楽にしてやろうか、なんて考えは、俺の頭にはカケラも浮かんでいなかった。
大体、俺もそんな仲間は、間違っていると思う。
というか、こんな煩い奴を殺していけるはずがない。
ここで助けなかったら後で何を言われるか分かったもんじゃない。
舌の根も乾かぬうちに、砂礫の壁が追いついた。
俺は勇者アリスを脇に抱えると、片手で飛竜のツメを真っ直ぐ前に伸ばし、地面を蹴ってダッシュする。そこからジャンプでさらにツバメみたいに大きく飛んだ。
砂礫の壁が迫ってくるのと、ほとんど同じ速度で飛んでいる。
いや、俺の方が少し遅いぐらいだ。
1秒ごとに、背後から少しずつ距離を狭めてくる。
この崩壊の波がどこまで波及するのかが問題だ。
もし、突き当たりまで俺を追いかけてくるんだったら、たぶん追いつかれるだろう。
俺の飛竜のツメでは、到底引き離しきれない。
そう思った直後、俺の視界に、不穏な空気を纏った甲冑の騎士が飛び込んできた。
せっかく鎧は光を纏っているのに、身に纏ったハンパない殺気で、眼差しが邪悪く黒ずんで見える。
どうやら俺たちに気づいたのか、勇者リリーが凄まじい勢いで飛んできたのだった。
彼女の凄まじい形相に、俺は背筋が凍った。
勇者アリスを助けて正解だった。
選択次第では俺が殺されていた。
「勇者マキヒロ! このまま高台まで逃げろ! 多少の時間なら稼げる! ……彼女を殺したら殺すぞ!」
最後に不穏なひと言を残しつつ、勇者リリーが剣を振りかざし、俺たちの頭上を跳び越えて行った。
砂礫の壁にぶち当たると、衝撃波が彼女を中心にして二手に分かれた。
すげぇ。単騎でドラゴン・ハントの余波を食い止めてしまった。
さすが称号《千騎の盾》。
どの宇宙のどんな仕組みの能力なんだろう。
ビヒーモスの鱗並みのチートな防御力を持っているようだ。
とうとうジャンプが切れ、俺の両脚は地面についた。
歩く事も出来ない勇者アリスに肩を貸して、そのまま高台までダッシュし続けた。
青い顔をしているが、まだ勇者アリスのライフゲージは僅かに残っている。
このフィールドに毒沼でもない限りは死にはしないと思っていたが、油断すると左右から降ってくる瓦礫に押しつぶされそうだった。
いつか仲間に肩を貸したまま、瓦礫の下敷きになって死んでいたエルフ耳勇者のことを思い出した。
あの時は友情ごっことか言ってバカにしていたが、いまなら責任を持つ立場の辛さがわかる。
弟子をひとり持つってのはこういう事なのか。まったく、戦場は地獄だぜ。
高台から伸びている通路が近づいてくると、どこからともなく勇者達が集まってきた。
勇者リリーにくっついていた仲間達だ。
左右から降ってくる瓦礫を弾きながら、俺と勇者アリスを抱えあげて、順番にジャンプで跳び上がり、高台の安全圏まで逃げ切った。
ひょっとして勇者アリスは、運の良さのチート能力者なんじゃなかろうか。
そんな事を思いながら、俺はようやく元の作業現場まで戻ってきて、ひと息ついた。
しばらくすると勇者リリーもやってきて、みな疲弊した様子で、俺と勇者アリスを見下ろしていた。
俺たちが回復するまで待っているんだろう。
そんな俺たちを、ブリーズ機能で瓦礫撤去作業をしていた勇者たちが手を休めて見ていた。
どうやら、勇者クレゾールに代役を頼まれた勇者たちらしい。
気になったのは、その中に、勇者ドバルらしき影が混じっていた事だった。
勇者ドバルは目を驚きに見開いて、俺と、勇者アリスと、俺を取り囲む美女軍団を、遠慮のない眼差しでじろじろと観察していた。
……なんでよりにもよって、こいつを寄越してきやがったんだ。
俺はもう半ば投げやりになっていた。後で誤解を解くのに一苦労しそうだ。




