56 自分のステータスを知る方法
勇者アリスは格納庫の床にうずくまっている。
その遥か遠くには、ビヒーモスの巨体が浮かんでいた。
その巨体の足元で、数千人単位の勇者達が前後から挟むような位置をキープし続けている。
俺たちの方を向く様子はなかった。
まだヘイト管理は続いている、
ただ、ビヒーモスがぶるり、と身体を震わせると、
うなじの辺りをかすめるように飛んでいたドラゴンが、
次の瞬間には勇者達の群れの中に墜落していた。
ムチでひっぱたいたような雷鳴に酷似した音がしたが、
どうやらビヒーモスの長い手が、ドラゴンをはたき落としたのだ。
いままでの攻撃は、食品に対する敬意のようなものがあった。
それがまるで、要らないハエでも潰すような一撃だった。
それもその筈、あれだけあったHPもすでに半分。
危機感を抱かないはずはない。
苛立ちがピークに達しているのだ。
鱗の下からのぞく皮膚が溶岩みたいに発光して、
口からもこもこと水蒸気を放ち続けている。
咆吼も、ウシみたいに低かったのから、まるで別の生き物みたいに甲高くなっている。
近づける、近づけない以前に、俺はその怒りに寒気を感じた。
ひょっとすると、逃げるのか。
上手く行けば、モンハンみたいに逃げてくれるかもしれない。
その巣まで追撃することになるのは、ごめんだが。
だが、そのビヒーモスに向かって、勇者アリスは、
まだ立ち向かおうとしていた。
分不相応な装飾の飛竜のツメを拾い上げて、
よろよろと、子鹿が立ち上がろうとするかのように、立ち上がろうとしている。
今ならまだ引き返せる。
死に戻りなんて無駄な事をする必要はない。
とりあえず、あいつを止めた方がいいような気がして、俺は全力で後を追った。
「勇者アリス! もう止めろ! もう戦うな、お前の出る幕じゃない!」
「いいえッ、まだ戦えます! ちょっと、足をくじいただけですッ!」
「ちょっと足をくじいただけで、ライフゲージが3割も削れるかよ! いいから戻ってこい!」
「3割なら、まだ大丈夫です、先輩知らないんでしょうけど、私の最大HP7もあるんですよッ!」
俺は図らずも、勇者アリスの絶望的なステータスを知ってしまった。
アリス(仮名)
HP 5/7
MP 0/0
うわぁ……。
これ前衛無理だわ……。
「な、何考えてんのお前ッ!? 既に瀕死じゃねぇか! そんなステータスでビヒーモスと戦わせられるとでも思ってるのかよ! もういいから早く戻れ!」
「なんですか、先輩のだって、私と大して変わりなかったじゃないですかッ! 私より2つしか高くないくせに!」
ちょ、俺のHP9しかなかったのかよ。
せめて2桁ぐらいはあると思ってたのに!
このビヒーモス戦ではHPが1桁も3桁も、アリの強い弱いぐらいの差しかないって事らしい。
こうやって数値であらわされると、改めてその絶望的な事実を再認識させられる。
ビヒーモスの方から、特大の瓦礫が飛んでくる。
ドラゴンをはたき落としたはずみで、たたらを踏んで、片足で硬い地面を踏み砕き、尻尾が地面をはたいた時にその破片を周囲にまき散らしたものだ。
今までに比べてかなりデカい。
地図に載ってそうなデカさの瓦礫だったが、運良く俺たちの手前に墜落して、粉塵をまき散らし、凶器じみたより小さな瓦礫の数々を空に巻き上げ、砂礫の壁を立ち上げた。
勇者アリスは俺の制止を振り切って、目の前の砂礫の壁へ飛び込んで行った。
触れたら即死の2つの壁の間を縫って、さらにビヒーモスへと距離を詰めていく。
ビヒーモスまでおよそ600メートル弱。
もはや剣呑なんてレベルじゃない。ピストルを飲み込んでいるレベル。
俺は勇者アリスの後を追いかけていく。
轟音が俺の顔の左右を撫でていった。
飛んできた破片で額が切れて、血が流れている。
いくら生き返るからって、今思えば俺はなんて無茶な事をしていたんだ。
後ろからジャンプで追いつこうとしたが、俺のジャンプは10秒間、200メートル分しか持たない、そろそろ地面に着地せざるを得なかった。
しかし、勇者アリスは高度を保ったまま、ビヒーモス目がけて真っ直ぐ飛び続けている。
ぐんぐん飛び続けている。
ほとんど鳥みたいに飛んでいる。
あいつ、ひょっとしてジャンプ3本もあるんじゃないのか。
側面から接近してゆく俺たちの存在に、ビヒーモスが気づいた様子はない。
相変わらず俺たちの事なんか眼中にないらしい。
俺たちに気づいた勇者も、そこには皆無だった。
みな自分の身のことで精一杯の様子だ。
よく見ると、勇者アリスのように飛んでいる勇者は、どこにもいなかった。
いや……そうじゃない。
……次の動きに備えているのだ。
彼らはビヒーモスの動きのパターンを把握しているのだ。
気づいた時には遅かった。いまの勇者アリスは格好の的だ。俺はとっさに指示を出した。
「勇者アリス! ジャンプは使い切るな、すぐに次の動きがくるぞ!」
俺がそう言ったのとほとんど同時に、勇者アリスのジャンプが途切れた。
……まずい、あれは自分でロックしたんじゃない、燃料切れの止まり方だ。
直後に、ビヒーモスの硬直が途切れ、予備動作無しに攻撃に移った。
両手を広げて跳び上がり、頭から地上にダイブする。
ドラゴンをダイナミックに躍り食いする奴だ。
変形ドラゴン・ハントによって生じる破壊は洒落にならなかった。
直下型の大地震のような揺れが、格納庫Bに広がり、
さらにその最中に、俺の視界の端から端まで、カーテンを引くみたいに砂礫の壁が立ち上がった。
石の床が、繰り返しの破壊でぐずぐずになっている。
砂礫の壁の伝播速度も、それに比して早くなる。
ほとんど綺麗な円を描いて、波紋のように周囲に広がっていく。
プールにダイビングしたみたいに、格納庫の床に高さ50メートルを越す砂の津波が生じていた。
ジャンプが切れてしまった勇者アリスは、ぼう然とそれを眺めていた。
激しい揺れで、立ち上がることも出来ないみたいだった。
もう詰みだ。広範囲に広がってゆく破壊の波を前に、彼女は完全に打つ手を失っていた。
俺がもっと早く指示を出していれば、あるいは別の結果があったのかもしれない。
けれど、それが当然の結末だった、けっきょく俺みたいなクズはクズにしかなれないのだ。
俺と勇者アリスとの距離は200メートル。
ジャンプしても、たどり着くだけで終わりの距離だった。




