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55 伝説になれる勇者と伝説になれない勇者

 俺の話を聞いていた勇者アリスの表情は、優れなかった。

 今まで何となく黙っていた、俺の目論見がバレてしまった、たったそれだけの事だったのだが。

 俺と彼女の間に、まるで見えない壁が築かれたみたいだった。

 その壁を前にして、俺はどうしたらいいか固まってしまう。

 為す術もなく、途方に暮れてしまう。

 俺はウソで取り繕うのが苦手だった。

 楽しいウソは希望を与えるのと同義だ。

 黙っていた方がいいとは決して思わないが。

 沈黙を破ったのは、彼女の方だった。


「先輩……先輩にはそういう事、言って欲しくなかったです」


「……どういう事を」


「私が不幸だとか……私に助けを求めた召喚師さまに、騙されたみたいに言って欲しくなかったです」


 勇者アリスの目は、もう雨が降りそうな気配がしていた。

 召喚師に騙された、なんて俺はひと言も言っていない。

 むしろ俺を騙したのは飛竜だと思っている。

 ひょっとすると、彼女自身がそういう風に疑っていたのかもしれない。


「誰のせいでもないんですよ、先輩、これは、私が自分で選んだ道なんですよ」


「勇者アリス、お前そんな事言って、また覚悟したつもりになってるだけじゃないのか? 勇者リリーがなんて言ってたか、覚えてないのか?」


「またって、どう言う事ですか」


「……恐くて動けなくなってた所を保護されたんだろ」


「いえ……それは、あの時の私がふがいなかっただけです。覚悟が足りていなかったんです。今は違います」


「俺が言いたいのはそういう事じゃない。……チート能力があるってだけで、お前は他の面は弱いんだ。性能も、メンタルも。お前みたいな奴がまたこの世界に召喚されてきたら、どうするんだよ。

 そいつをなだめすかして、また希望を与えて、鍛え上げて、歯を食いしばらせて、また希望を与えて、戦わせるのか。

 それの繰り返しか。そんなのおかしいだろ。他に戦える強い奴がいるのに、そいつらが戦わずに、なんで弱い奴らが戦わされているんだって話だよ。

 この世界では活躍するだけ無駄だ、俺たちがそこまで全力をかけて戦う義理はないはずじゃないか」


「だったら……先輩はどうして全力で戦っているんですか」


 いや……俺は今、全力で戦いから逃げているわけだが……。

 そもそも、これまでも全力で戦っていたかどうかさえ怪しい……。


「私、ずっと見てたんですよ、先輩の事を。……覚えてませんか? わたし、先輩が鱗を取った所、ちゃんと見てたんです」


 俺は数瞬、その言葉の意味するところを考えて、ようやく第一声を発する事が出来た。


「……マジでッ!?」


 勇者アリスは、こくん、と肯く。

 ――ウソー……。

 あんなみっともない所、他人に見られていたのか?


 そう、あれは忘れもしない、

 総プレイ時間27時間48分23秒。

 俺がこの世界に召喚されてから、約2時間。


 俺はビヒーモスのうなじに突き立てたツメを遠隔操作して。

 付与魔法を炸裂させ、1枚目の鱗を剥いだのだった。


 思えば、あれがすべての元凶だった……。

 あれほどみっともない勝利もなかっただろう。

 ツメを突き刺したのに、なかなか攻撃の仕方が分からなくて、ふて寝していたり。

 その後も、落下してくるツメにびびって、行方が分からなくなってしまったり。

 しかも、結果だけ見れば、はじめて叩いただけのまぐれあたりで、他の勇者達の成果を横取りしてしまった事になって、現在に至っているのだ。

 勝利というか、思い出すのも忌まわしい事故である。


「勝手に見ちゃって、ごめんなさい……その、あれを見て、私……」


 勇者アリスは、顔を赤くして、何か言いにくそうにしている。

 まずい、このギャルゲっぽい表情の変化は。

 どう考えてもあれだ、フラグが立ちそうになっている。

 少なくとも、俺に対する印象が悪かったという感じではなさそうだ。


 俺は慌ててフラグをへし折りにかかった。


「あ、あのさ……。全力で戦ったとか、それ以前に、あの時の俺、スゲェみっともなかったんだよ? 勇者(笑)だよ?

 もしも、この世界がニコニコのゲーム実況だったら、25万人の罵倒の弾幕で俺が見えていないレベルだったよ。

 もう俺がお前に与えた希望のことは忘れてくれ。それは99パーセントぐらい幻想だから。この絶望の世界に、万に一つも希望なんて抱いちゃだめだ。強く生きるんだ」


「ち、違うんです、そうじゃないんです……ッ!」


 勇者アリスは、声を荒げて、ムキになって立ち上がった。

 俺の事なんだから、ムキにならないで欲しいんだが。


「違うんです、確かに先輩は勇者(笑)でした。私が貴方からもらったのは、たぶん、希望なんかじゃなかったと思います……むしろ絶望しました……私たちがあんなに頑張っても、ああ、結局鱗1枚しか剥げないんだなあって」


「絶望したのかよッ!? ちょっ、どう言う事なの!?」


「けど私、その後も何度も、先輩とすれ違ってるんです……気がついたら、すごい勇者の人達と、友達になっていたり……足を引きずりながら、強敵に立ち向かったり。

 この世界は本当に酷くて、絶望する事ばかりで、私たちがここで何をやっても無駄な気がしてたんですけど、わ、私、貴方を何度も見てるうちに……。

 ……こう、何かイラッときて、貴方みたいに上手くできない自分にむしゃくしゃしてきて、嫉妬というんでしょうか、私よりちょっと強いだけなのに、なんでこいつはこんなに先を行っているんだろう、こいつにだけは絶対に負けたくないのにって、諦めきれない感情が、こう、むくむくっと芽生えて来るのを感じて……」


「なんなの、何気に酷いよ!? ひょっとして俺が勘違いしてたの!? 俺に対するリスペクトはどこへ行ったの!?」


「ついさっきまで、先輩に実際に会うまでは、そう思っていたんです……。ひがんでいたんです、いつまでもびくびくして、安全圏に引っ込んでいる自分が、情けなくて。だから、どうしても、かっこつけて、立ち向かいたくなったんです。

 そしたら、いきなりチャンスがやって来て、鱗5枚も剥いで、かえってまた絶望してしまって。……正直、この世界の絶望の深さを、舐めてました。だから、私が貴方に貰ったのは、決して希望なんかじゃなかったと思います……先輩が私にくれたのは、絶望でした。だけど……絶望だけじゃなかったんです」


 勇者アリスは、ポーションの瓶をその辺に置くと、飛竜のツメを握り直した。

 そして決意を新たに俺を見下ろし、眉をつり上げて言った。


「勇気だったんだと思います、先輩……これがないと、本当の勇者の物語はけっして始まらないんだと思います。

 絶望しかないと分かっている世界に立ち向かっていけるのは、勇気か無謀だけだと思います。ええ、少なくとも私は、貴方と召喚師さまに導かれたときに貰ったこの感情は、勇気だと信じています。

 だから私は、勇者を名乗りたいんです。周りに比べれば、少し臆病かも知れませんが。それは他でもない、私自身の意思なんです」


 その感情は、俺が最後にビヒーモスに立ち向かっていった時と、たぶん同じだったのだろう。

 スキンヘッド勇者に挑発されて、無茶な行動に走ってしまった。

 絶望だとか希望だとか、損得勘定さえもできない愚かな行動だった。

 愚かな……捨て身の攻撃。

 ……それは絶望と戦う為の、もうひとつの絶望。


「私が勇者リリーと決闘をしたのは、もう彼女に護って貰うだけは、嫌だったからです。貴方が私に力があるとおっしゃってくれたのだから、私はその言葉を心のより所にして、この世界で自分の力を試したいと思います。

 先輩が本気になってくれないなら、私の勇気が勘違いだったと言うのなら、もう貴方の力は借りません。私はひとりで何度でも死にます。だから、先輩は私の事を不幸だなんて、決して言わないでください。

 勇敢だと思ったなら褒めてください、無謀だと思ったなら叱ってください。ただ、私の姿を後ろから見ていてくれたら、それだけで私は充分に、心強いんです。この世界に絶望しかないなんて、そんな当たり前の事、私はもうとっくに、知っているんですから……!」


 勇者アリスは急に向きを変えると、崖に向かって走り出した。

 俺を置き去りにして、その遥か向こうに見えるビヒーモスへ飛んでいった。


 ……崖から飛んだ彼女の体勢は、背筋を伸ばして、思った以上に安定している。

 さてはもう、ヴィヴィッド・ポーションを飲んだのか。


 俺は、絶望的な体格差のビヒーモスへと突進していく勇者アリスを、黙って見ていた。

 ……俺はただ、黙って見ているしか無かった。


 ……俺は今まで一体何をしていたんだ?

 戦いから離れて、チート能力者と遊んでいるうちに、当初の目的や志なんてどうでも良くなっていって。

 なんかフラグが立ちそうになっているのを迷惑がるふりして、内心楽しんでただけじゃないのか。

 しかも、それで良いと思っていたし、そうあるべきだとさえ思っていた。


 戦いは他の勇者にぜんぶ任せたまま、自分だけ戦わない、いまの状況をまるで当たり前みたいに見なすようになって。

 自己満足なラブコメを演じながらこの世界から消えようとしていた。

 どの勇者よりも多分強い、鱗を5枚剥いだ、チート能力者を道連れにしながらだ。

 今さらながら、なんてクズだったんだ俺は。

 ……他人を理由にして逃げていただけじゃないか。どうしてこうなった。


 絶望しか待っていない。希望なんて欠片も見えない。

 そんな事は分かっている。だけど戦うってか。

 なに言ってんだ……それって何も分かっていないのと一緒じゃないか。

 お前のそれは勇気か無謀かで言えば、無謀に決まってんだろ。

 それを勇気だって、誰かが褒めてくれるって、本気でそんな事を考えてたのか。

 ……ちくしょう、俺の引退計画をさっそく崩してくれやがって。

 お前は最低の弟子だ。


 気がつくと、スキンヘッド勇者との通話はもう切れていた。

 俺は構わず、勇者アリスに通話申請を出した。


「待て! 勇者アリス! 待て! ……落ち着け、低空飛行しろ! 高度が高すぎる! 落下中に衝撃波が来たらどうするんだ! まて、そのまま一発で届くか、ジャンプ切れで落下するぞ! バカ、来るぞ! 危ない!」


 いきなり指示を受けた勇者アリスは、あわあわと空中で暴れた後、ツメから手を離してしまい、べしゃりと落下した。

 俺は五体投地しながらその場にくずおれた。

 ……ちくしょう、なんて勇者らしくない勇者だ。

 ……やっぱり、お前のそれは勇気なんかじゃねぇよ。


 俺の誘導は失敗に終わった。勇者アリスは立ち上がらない。ふぃーん、という情けない泣き声が聞こえてくる。

 ……なんかもう、前途多難すぎる。

 俺はヴィヴィッド・ポーションを拾い上げ、その辺に立てかけてあった飛竜のツメを手に取ると、その後を追った。

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