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52 希望を与えざるを得ない立場としての勇者

 俺を伝説の勇者に仕立て上げる、なんていう飛竜の口上は、どうせ口だけで、あいつは結局何も出来ないだろうと思っていた。

 ……俺の考えが甘かった。あいつは俺の常識では計り知れない奴だった。

 俺が瓦礫の撤去作業をして怠けている間に、飛竜は俺を勇者として仕立て上げるための裏工作を、着々と進めていたらしい。


《飛竜推薦最優秀勇者》……要するに、あいつが俺を一押しの勇者として推薦している、ということだ。

《飛竜武器開発評議会『特別栄誉会員』》……あいつの武器開発評議会なんかに、出席した覚えがねぇ。けど、出席しなくていい感じのポジションなのかもしれない。

《飛竜のツメ公認インストラクター》……さっき勇者アリスに軽くレクチャーしていたのをカウントしたって事だろう、たぶん。


 あいつは、この世界のシステムに介入して、俺を伝説の勇者に仕立て上げようとしているのだ。

 神にでもなったつもりか。いったい何が目的なんだ、あいつ……。


「ちなみに、勇者マキヒロはこの世界に召喚されて、10時間足らずでこれらの称号をすべて獲得したそうだ」


「そ、それはふかしすぎだろう? ……もし本当なら、こんな勇者は前代未聞だぞ」


「ふっ、自分の知識が絶対だと思っているのか? しょせん、井の中の蛙という奴だな」


「……ちッ」


 勇者リリーは、嫌悪感をあらわに、スキンヘッド勇者をにらみ返していた。

 スキンヘッド、お前は余計な事を言うために残っているのか。


 再び俺に向けられた勇者リリーの眼差しからは、険しさが消えていた。

 どうやら騎士は肩書きを重視するものらしい。

 一転して優しいものになっていたのだ。


「どうして貴殿のような功績も華々しい勇者が、勇者アリスの為にそこまでしてくれるんだ……?

 いや、理由など聞くまい。

 大変だぞ? 私はこの隊を率いているから分かるのだが、この子の側にいるだけで、かなり苦労させられる。

 もし、それでも良いというなら……どうか勇者アリスを、立派な勇者にしてやって欲しい」


 まて、既にOKの方向で話が進んでいるのはおかしい。


「いや、本当、ごめんなさい。俺は別にそこまで差し出がましい事を言ったつもりはないんだ……。

 ただ、誰か彼女を育てられる人を探す手伝いをしたいと思っただけなんだよ、マジで。

 まさか、こんなに人の沢山いるグループだとは思わなくって……」


「なに、私は恐怖に心を苛まれて戦えなくなった勇者に声をかけ、お互いに助け合える組織を築いているだけだ。

 前線でまともに戦えるほど優秀な人材がいると言うのなら、どうか私の方が教えて貰いたいものだな。

 彼女らを慰み物にするつもりの不逞の輩に、仲間の身を預ける事だけは、どうしても避けたかった。ふがいないことに、そのせいで勇者アリスの真の才能を見抜けなかったようだ。

 すまない、これは全面的に私の落ち度だった。ここは貴殿の判断に任せよう、勇者マキヒロ」


 そう言って、勇者リリーは俺に微笑んだ。

 勇者リリーの影響力は絶対だ、もう周りの女勇者達の視線も、俺を信頼するような眼差しに変わっている。

 ……そこには、俺に対する希望なんていう、最も嫌悪すべきものが生まれつつあった。

 ……特殊能力なし、通常能力無し、社会常識無し、そんなクズに対する信頼だった。

 ……その行き着く先には、絶望しかない。


 当惑する俺を見て、スキンヘッド勇者が、わざとっぽく咳払いをした。


「すまないが、勇者マキヒロは、ここでしばらく1人きりになって、瓦礫の撤去作業を続けなければならないそうなんだ。都合がつけば、後で折り返し連絡するだろうので、ここはひとまず解散という事でどうだろうか」


「ああ、異論はない」


 まったく……お前は俺の優秀なマネージャーかよ。

 勇者リリーは、しばらく中空に目をむけていた。

 どうやらまだ、俺のステータスを眺めていたらしかった。


「ふむ、MPゼロか……」


 称号があまりに目立ちすぎたせいで、ようやくHP・MPに意識が向いたらしい。

 あまりに低すぎるHP・MP。

 俺は、ぎくり、と肩を強ばらせた。

 しかし、勇者リリーは、俺を疑おうとはしなかった。完全に俺を信頼するような眼差しを向けて、柔らかく微笑んだ。


「そこの勇者アリスも、MPゼロだった。お前とは、なにか不思議な縁があるのかもしれんな」


「ゆ、勇者リリー!」


 勇者アリスは、人差し指でバッテンを作って、口の前で交差させていた。

 個人情報が漏洩する危機を、敏感に察知したらしい。


 そうか……勇者アリスもMP0勇者だったのか。

 リア充だ。だから、恥ずかしくて本名が言えなかったんだな。


 しかし、これでますます疑惑は固まったな。

 ひょっとすると、こいつ、やっぱり俺と同じ世界から来たのかもしれない……。


 優しい面影を残して、勇者リリーは去って行った。

 取り巻きの女性軍団に続いて、スキンヘッド勇者も去って行く。


「じゃあ、私もそろそろ戦闘に戻らせて貰う。また何かあったら呼んでくれ」


「あ、ああ……いつか呼ぶよ」


 本当に何かあったときには呼ばないけどな……。話がややこしくなるだけだし。


 しかし、今のうちに、この事ぐらいは相談した方がいいんじゃなかろうか。


 ……スキルポイントのちょろまかしにはじまって、

 ……ついに称号詐欺にまで手を出してしまった。

 ……俺は、最低の勇者だ。


 俺は全面的に悪くない、やったのは全てあの飛竜だ。

 けれど、まったくの事実無根という訳じゃない。すべての意志決定は雲の上で行われた、巧妙な印象操作だった。

 いくらスキンヘッド勇者を説得できても、俺に与えられたこの称号を返上させるような証拠は、たぶん見つけられないだろう。

 ちくしょう、最低の竜め……。


 ……あれ、ちょっとおかしいぞ。

 あいつ……いったい何が目的なんだろう?


 ただ、25万人の中から最弱の勇者を見繕って、いかにして最強の勇者に仕立て上げようかっていうゲーム感覚のノリだけで、ここまでの事をやってしまえるものなんだろうか?

 要するに、本当にノリだけのゲームなのか、これは。


 いやいや、ここは異世界、フィース・ワールドだ……俺の常識で計っちゃ、ダメなんだ。

 ……第五宇宙のドラゴンがそこまで軽いんだと言われてしまえば、それまでのことだが……。

 けれど、もし仮に、あの飛竜にそれ以外の目的があるのだとすれば……。


「……なあ、気になることがあるんだが、軍人として、お前の考えを聞かせてくれないか」


 俺が呼び止めると、スキンヘッド勇者はぐるりと振り向いた。


「もし、王様がヘボいだけの一般人から勇者を1人選んで、最初は特に訓練もさせずに、ひのきの棒と布の服の貧弱な装備を与えて魔王の討伐に送り出したのに、後になってそいつを伝説の勇者とかいって不当に持ち上げて、手の平を返したように最強の装備を与えて、やっぱり同じ魔王の討伐に送り出そうとしていたら……いったい何が目的だと思う?」


 しばらく考えた末、スキンヘッド勇者は、いつものにやけ顔で、こう答えた。


「それは決まっている、他の勇者達やその候補者に、希望を与える事だ」

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