50 覚醒
勇者リリーの挑発に、勇者アリスはたじろいで見えた。
ツメは正面に構えたままだが、視線が揺らいで見える。
おいおい、よせよ、早まっちゃダメだ。
あんたらはたった数時間前に出会った仲間じゃないか。
なんでそんなに意固地になる必要があるんだ。
今の条件はまずいぞ、
勝てば言い分は認めるが、負ければ身柄を自由にさせてもらうとか、
そんな理不尽な要求、普通に考えて飲んだらおしまいだ。
負けたときのリスクを考えれば、取らない方が正解だ。
「勇者アリス、挑発に乗るな。あんな話をまともに聞く必要はない」
スキンヘッド勇者も俺と同じ事を考えていたらしい、勇者アリスにツメを下げさせた。
勇者リリーは、邪魔するな、なんだこの目障りなハゲは、みたいに不愉快そうな顔をした。
「ふん、やはりな。あなたの覚悟はその程度だったか」
勇者リリーはそう言って、自信の剣を鞘に収めた。
スキンヘッド勇者は、会話に割って入るタイミングを逃したらしい、再び押し黙った。
「いまのは勇者としての資質を試させてもらっただけだ。彼女にその資質が備わっていないのが今ので明らかとなった。
貴殿らは知らぬだろう、私の知っている勇者アリスは、ビヒーモスとの戦いで死への恐怖に苛まれ、まったく動けない状態の所を助けられたのだぞ」
勇者アリスは、悔しげに唇を噛んだ。
その時の記憶が思い起こされるのだろう、ちょっと泣いている。
一時期、そこまで精神的に弱っていたなんて、恥ずかしい事に、俺は思いも寄らなかった。
「チート能力だかなんだか知らんが、そんな勇者が言う覚悟など上っ面だけの、精一杯の見栄や、飾りだというのが分からんのか。
貴殿らは本来ならまともに戦えないような弱者を、自分に都合のいい一面だけに注目して担ぎ上げているだけだ。自分勝手な希望や理想を教え込ませて、戦う気を煽って上手く利用しているにすぎん。
その根底にある理由を聞けば、いち早く戦いを終わらせて、全員で楽をしたいからか。まるで卑しい凡夫の発想ではないか、何故そんな戯れ言に騎士の私が従わなければならんのだ。
お前達はえり抜きの勇者のくせに、弱い者を守るという理想すら持ち合わせていないのか? ここが帝国なら斬って捨てているところだ。せめてもの情けだ、名は聞かないでおいてやろう、聞いてやる価値すらない、速やかに去れ」
冷たい目でびしびし罵ってくる勇者リリー。
淡々と放たれる厳しいお言葉のひとつひとつに、ぞくぞくするような痺れが走る。
やばい、やばい、何かに目覚めそうだ。
お嬢様、俺の事はイヌでいいです。
勇者アリスも、これで完全に目が覚めただろう、
俺たちみたいな初対面の相手に、下手に希望なんて抱いてはいけないのだ。
しかし、勇者アリスは、ぐいっと、袖で涙を拭って、もう一度声高に吠えた。
「いいえ、私は、誰にも希望や理想を教えられてはいません。勇者リリー、彼らを非難するのは間違っています。これは、私が自分からつかみ取った願いです」
「ではなぜ、あなたは私と勝負するのを躊躇った? さらになぜ、いちいち隣の勇者の顔色をうかがって自分の意見を言わない。あなたの覚悟がその程度のものだったという証拠ではないのか?」
「今のは、ノーカウントでお願いします、ちょっと目に汗が入っただけです。勇者リリー、お願いします、もう一度私にチャンスをください!」
まるで子供みたいな言い訳しか出てこなかった。
こんな我が儘がリリーお嬢様に通用するわけはない。
残念だが、勇者アリス、どう足掻いても、お前はリリーお嬢様の元で面倒を見て貰う運命だよ。
いい勇者に見つけて貰えて、お前、本当に幸せだったよ。この世界で勇者として活躍しないでいられるなんて、本当に幸運だ。
達者にしていろよ。もう会わないかもしれないけれど、お前もなるべく死ぬな。
俺は、そんな生暖かい目で勇者アリスを見守っていた。
勇者リリーは、困った子供を見るような目つきをして、どうしようかという顔をしていた。
彼女は頭を振り、大きくため息をついた。
「あのな……さっきから私がなんのために長々と無駄話をしていると思っている? ……時間稼ぎだよ、さっさと飛び込んでこい」
えええ――ッ!?
ここに来てデレるのかよ――ッ!?
勇者アリスも、「いいのッ!?」という表情を浮かべて顔をあげ、
それから、自分の飛竜のツメを見下ろして、思い切って駆けだしていった。
「い、いきますよ――ッ!」
ブリーズ機能をまとったツメを構え、のたのたと前進していく勇者アリス。
構えが変だ、後ろに切っ先を向けている。
彼女が示現流を知っているとは思えない。
ダッシュ機能への変更を忘れているのだ。
今のままでは、返り討ちだ。
「……遅い」
だが、勇者リリーも泰然と待ってくれている訳ではなかった。
ダッシュ機能に匹敵する凄まじい速さで、勇者アリスの目の前まで近づき、
そしていつの間にか抜いた細身の剣を、彼女の胸の鎧を突くように前に突きだした。
魔法を利用した加速、さらに突き、最短距離を狙う、最速の一撃だ。
さすがリリーお嬢様、手加減しねぇ!
デレとはいったいなんだったのか!
とっさの判断だったのだろう、
勇者アリスは立ち止まると、飛竜のツメを大きくふりあげ、その剣を下から弾いた。
彼女は示現流が使えたのか、素人目にもなかなかキレのある剣筋だった。
武器同士が衝突すると、性能の差が出たのだろう、
ばきん、という凄まじい音が鳴り響いて、
リリーお嬢様の手にあった細身の剣が、遠くに弾かれていった。
ヘビのようにうねるブリーズ機能の風が、リリーお嬢様の甲冑にまとわりつくが、
《レジスト》の文字と共に霧散した。
……どうやら風の吹っ飛ばし効果が相殺されたらしい。
シルフの加護の力だろうか。
しかし、リリーお嬢様はそこで手を休めない。
さらに腰から細身のナイフを取り出した。鎧通しだ。
ちょっと待て、一本取ったらで終わりじゃなかったのか!?
騎士道精神はどこへいった!?
大剣を振り切り、隙だらけになった勇者アリスの胴めがけて、
ナイフを突きつけようとして……。
そのとき、突如現れた大きな竜巻が、勇者アリスの身を守った。
ストーム機能だ。
強引だが、とても上手いかわし方だ。
凄まじい吸引力で、勇者アリスの身体も巻き込まれ、瞬時に横にずれた。
《レジスト》の文字が浮かびあがって、竜巻の影響は受けなかったが、
リリーお嬢様は手を真っ直ぐ前にかざし、その顔は硬直したままだ。
「勇者アリス……誰に剣の使い方を教わった?」
そう、俺もそれが不思議だった。
彼女は、いつの間に飛竜のツメを使いこなすようになったというのか。
勇者アリスは、ふるふると頭を振った。
「私、剣は教わってません、ただ……」
そして、なぜか俺の方を見てくる。
自分でも驚いている、みたいな顔つきだった。
嫌な予感で、背中に汗がだらだら流れていた。
「ツメを振るときのバランスの取り方も……危険を察知したら、とにかくストームと念じる事も……ぜんぶ、そこにいる、先輩が教えてくれた事です……」
「貴様か……」
勇者リリーが冷たい眼差しを俺に向けた。
余計な事を、と言いたげな、悔しそうな顔である。
よく分からないが、なにかまずい方向に進んでいる事だけは明らかだった。
そんなの教えたっけ? いや、確かにツメの振り方は教えた気がする。
けれども、俺が教えたのは小岩の弾き方だし、危険を察知したときと言うのも、落盤や大岩が倒れてきた時の事を想定しただけだ……。
まさか、実戦で使う事なんて想定してねぇよ。ましてやネタスキルだぜ。ビヒーモス戦の最中に役立つなんて、思いも寄らなかったよ。
傍観を決め込んでいたスキンヘッドは、ふっ……と笑みをこぼし、ここぞとばかりに前に出て来て、
「もし、そちらのチームで彼女の力を持て余すようなら、ぜひ優秀なアタッカーとして彼女を育成したいと、ここにいる勇者マキヒロが申し出ている」
……このタイミングで俺にたすきを渡しやがった。
……もう死にたくなった。




