49 異文化交流 帝国の騎士
勇者リリーの鶴の足みたいな足甲が光を反射して、俺の目を焼いた。
洞窟の中なのに、どうなっているんだろう?
たぶん、自分から光を放っているのだろうか。
俺が勇者リリーの暴力的なスペックに気を取られているうちに、
スキンヘッドは恐れる様子もなく、彼女に話しかけていた。
「待て、俺が異議を申し立てる」
じろっと、勇者リリーの冷たい視線が突き刺さるのを物ともせず、スキンヘッドは堂々と手を挙げた。
「ここにいる勇者マキヒロが、勇者アリスの潜在能力を見抜いたそうだ。チート能力という類いの物らしいんだが、分かるか?」
「チート能力……というのは?」
「ほう、勇者番号一桁の古参でも知らんとはな……こいつは驚いた」
勇者リリーの視線がますます鋭くなってゆく。
やばい、視線だけで濡れてしまいそうだ。
スキンヘッド、お前が場数を踏んだ勇者なのは分かるが、わざと煽るような事は言わないで欲しい。
「なるほど、どうやらこれは軍の機密情報らしいな。召喚された勇者が、希に異常な力を得る事があるそうなのだ。心当たりはあるか?」
勇者リリーは、聞いた事ない単語だ、という顔をして、
「……私は召喚師リリスの元で最初期から勇者をやっているが、そのような勇者は見た事が無いな……いったい、どう言う物なのだ?」
「このひ弱な勇者アリスが、ビヒーモスの鱗を5枚剥いだ……そういう能力だ」
勇者アリスが、びくっと肩を震わせた。そりゃあ、こんな不穏な流れで紹介されたら緊張するだろう。
勇者リリーも細い目を大きく見開いていた。
周りの勇者達もざわめいて、動揺している。
……まあ、この反応を見ても、勇者アリスが仲間内でどんなポジションだったのかは見て取れるな。
俺も最初はびっくりしたぐらいのドジっ子だし。
「お前ほどの古参なら、この意味が分かるだろう。勇者アリスが、このチート能力を有効に使えるよう、取りはからって欲しいというのが我々の意向だ。優秀なアタッカーとして育成させ、活躍の場を与えてやって欲しい」
「ふむ……仮に我々がその意見に従うとして、どのような利益があると考えている?」
「彼女の力が有効活用されれば、ビヒーモスが早く倒される。そうすればこの国の被害が少なくなる。俺たちは一刻も早く帰還できて、苦しんでいる勇者達も、死の恐怖からいち早く解放される。全員ハッピーだ」
俺はうんうん肯きながら、小さく拍手をした。
まったくもってその通り。
人はそれぞれ、その能力に応じた役割を果たすべきだ。
本来、こうあるべきなのだ。勇者アリスは能力があるから表舞台で活躍して、俺はクズでニートで能力がないから、ひっそり裏方で生きる。
勇者アリスは今まで以上に苦しむかもしれないが、能力を持ってしまった以上、仕方ない、少なくともそのポジションに立つべきなのは、俺じゃない。
……自分で言ってて、ひでぇ責任のなすりつけだと思った。
勇者リリーは、さらさらの金髪を指に絡ませて、その手で顎を支えて、考え事をしている。考えるときの癖なのかも知れない。
考え事をしている時は、深層の令嬢といった雰囲気で、とても騎士っぽく見えない。
「質問を変えよう、チート能力だったか。そんな軍の機密を、どうしてお前が知っている?」
スキンヘッド勇者の眉が、ぴくり、と動いた。
なんだか、お互いに警戒しあっているのが見て取れる。
「その話は、今は関係ないはずだが……」
「いいや、私にとっては重要な事だ。特に、古参の私でも知らない情報というのはな」
勇者リリーは、厳しい口調で言った。
「恐怖心に捕らわれた勇者は、得てしてウソの情報に流されやすい。現に戦場にはありもしないジンクスや噂話が蔓延している。そんな心の隙間につけ込み、我々を慰み物にしようとするような輩がいないとも限らない。
もし、貴殿らにそのようなつもりはなくとも、貴殿らの情報を私が信用すれば、他の仲間に貴殿らに対する信用を与える事になる。
率直に言えば、そのような出所の分からない不確かな情報を元にして、危うい選択をする貴殿らに対する信頼を、他の仲間に与えてやることができない。
よって、貴殿らの情報を元に、我々が今までのやり方を変更する気はない。もし、そのような前例を作れば、最終的に他の仲間の身をも危ぶませる事に繋がる。あくまで参考にはさせてもらおう、私の考えは以上だ。他に何か言いたいことはあるか?」
……リリーさん、かっけぇ。
そうだよ、チート能力なんてよくある噂のひとつでしかない。
そんなのを信用してしまうにはそれなりの根拠が必要だし、根拠もなく信用してしまうような奴を信用するのは危険だ。
古参のリリーさんは噂に流されない。ひょっとして、ブリーズ機能がビヒーモス戦でネタスキルだという噂も知ってはいたのかも知れない。
実際、ビヒーモスを叩きたい奴には役に立たないスキルに見えるが、これがないと瓦礫撤去が進まないというとても重要なスキルなのだ。
推察ばかりで先走る癖のあるスキンヘッドが、もう二の句を告げないでいる。
どうやらこの話はなかったことになりそうだ。
あれ? あれ? これって……いい流れじゃん!
勇者アリスは今まで通り仲間に迎え入れられるし、これ以上活躍することもなく平穏に過ごせる。俺も今まで通り、瓦礫撤去をのんびり続けていられる。
俺にとっては救いの女神が舞い降りたみたいだ。
よし、よし。このまま勇者アリスを連れて行ってくれ。
……と思ったのに。
今まで大人しくしていた勇者アリスが、急に声を張り上げた。
「待ってください、勇者リリー。この人達は、信用に足る人達です。それに、私が鱗を5枚剥いだというのは事実です。だから、どうか、話を聞いてあげてください」
勇者リリーの目つきは、仲間に対しても冷たい。
彼女の眼差しは、誰に対しても平等である。
「勇者アリス、あなたは誰にも騙されていないと、本当に言えるのか?」
「は、はい……! こ、根拠が欲しいのなら……証拠を、見せます!」
勇者アリスが、飛竜のツメを構えた。
見たことの無いような強力なツメにカスタマイズされているそれを見て、他の勇者達が息を呑むのが聞こえた。
しかし、それを見ても、勇者リリーの目つきは変わらなかった。
「飛竜のツメ、《人差し指》か、また懐かしい武器を持っているな……。良いだろう、そこまで言うのなら、あなたな覚悟のほどを見せて貰おうか」
勇者リリーから、油断すると倒れそうなほど凄まじい気迫が吹き付けてきた。
一瞬、勇者アリスが怯んだ。
それに目もくれず、勇者リリーは、自分の鞘から細身の剣を抜いた。
長い剣だ。
豊かな金色の髪の中をくぐって、刀身が少しずつ現れてゆく。
しかし、抜きはなった時には、髪一本切れていない。
まったく切れてない。
模造刀……なわけないよな? どうなってるんだ。
「私から一本取れたら、あなたを一人前と認め、その発言権を認めよう。その時は、あなたの好きなように生き方を決めればいい。
だが、私があなたを討てば、あなたは私の物だ。私に手折られた一本の花だ。食卓に飾ろうが、窓辺に飾ろうが、本に挟んで栞にしようが、私の自由にさせて貰う。異論はあるまいな?」
勇者リリーは凄みのある笑みを浮かべた。
お、お姉様ッ!
どうやら勇者リリーは、民主主義くそくらえのようだ。
さすが帝国の騎士さまは、俺らとは迫力が違う。




