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45 クエスト「終わらない瓦礫撤去」(3ターン目)

 勇者アリスは、めそめそ泣きながら、俺に窮状を訴えてきた。


「私、この世界に来る前はごく普通の学生だったんです。

 私なんかが剣を持って戦うなんて、それまで考えた事もなかったのに。けれど一度やるって決めたら、もう引っ込みがつかなくなっちゃって。

 いざこの世界にやってきたら、右も左もさっぱりで。周りのみんなは、すごいスピードで先に進んで行くし、自分1人、関係ない所でつまずいたり、転んだりして、すごく悔しい思いをして、なんで私なんかが勇者に選ばれたんだろうって、そんな事ばっかり思ってて。

 それなのに、見よう見まねで叩いただけなのに、それだけで、鱗が勝手に取れちゃったんです……神さまは意地悪すぎます」


「あー……分かるわー」


 あるある。

 すっげぇ親近感を覚える。

 ていうか、俺も大体そういう感じだったわー。

 ……って、言ってやりたい。

 言ってやりたいのだ。


 しかし、そんな安い気休めは、俺にはとてもじゃないが言えなかった。

 なぜなら、俺と後輩とは、比べものにならない、天と地ほどの隔たりがある。


 見た目は同じように見えて、だがその中身には、決定的な違いがあった。

 だからって、5枚も剥ぐな。

 どう見てもチートです。


 勇者アリスは、明らかに、チート能力を抱えている。

 召喚者になんらかの理由で授けられる、チート級の能力。

 しかし、異世界トリップ物を紐解けばいくらでもあるそんな設定を、

 どうやら彼女はあずかり知らない、そんな風に見受けられた。


 ……可哀想に。

 そのまま力に目覚めていなければ、普通の女子高生に戻る事が出来たのに。

 この世界で下手に活躍したら、また契約延長を頼まれるかもしれないんだぞ。


 けれど、俺に与えられ忘れて、彼女には与えられた能力。

 この差はいったい、どこから来たんだろうか?


「あのさ、なんでお前、この世界に来る事にしたの?」


「この世界に、兄がいるって、聞いたんです」


 俺の正体を知った勇者アリスは、気を落ち着けて、ようやく少しずつ自分の事を語り出した。

 相変わらず自分の本名や世界については教えてくれなかったが、

 その代わり、ここに来た動機のようなものを聞かせてくれた。


「身内の恥を晒すようではずかしいんですが、私、この世界に来るまで、兄の顔を知らなかったんです。……はじめ召喚師さんに呼ばれたとき、その兄がこの世界で、命に関わる危険な仕事をしていると聞いて、それでどうしても会ってみたくなって、ここに来たんです」


「へぇー、兄妹で勇者になったのか……それ、ありがた迷惑だって言われなかった?」


「ぐ、ぐふ……」


 痛いところを突かれたのか、うめき声をあげて這いつくばってしまう勇者アリス。


 しかし、兄妹で召喚された勇者か。

 思ったより珍しいものではないのかもしれない。


 こいつが勇者クレゾールに毎回お休みを言いに来てくれるヤンデレ妹だろうか。

 血が繋がっていると聞いた事はないし、

 25万人も勇者がいるのだから、他にもう1組いてもおかしくはない。


 まあ、これ以上の追求は止しておこう。


「先輩には言われたくなかったです……」


 とか言っていじけているし。


「けどお前、よく鱗叩けたな。近づくの大変だったんじゃないか?」


「はい、仲間に助けられてなんとかやっていたんですけど、前回は、私を残して、みんな炎で焼かれてしまって……。

 それで途方に暮れていたら、先輩がビヒーモス倒しちゃったんですよ」


「えっ、あいつ倒れたの? いつ?」


 俺は彼女がチート能力者である事よりも、

 あのビヒーモスが倒れたという事実に驚いた。

 しかも、俺が倒したって?


「えっと、私がこの作業をする前だったから、2時間くらい前ですかね。……あれ、先輩、覚えてないんですか?」


「……いや?」


 もう7時間もこの世界にいるけれど、ビヒーモスが倒れた事なんて、一度でもあっただろうか。

 そう言うと、不思議そうな顔をされた。


「覚えてないんですか? ついさっき、たった1人で、ビヒーモスを倒した黒髪の勇者ですよ? あれは先輩じゃなかったんですか?」


 ふむ、俺もしばらくこの第五十連隊に居るが、

 自分と勇者アリス以外に、黒髪の勇者を見た覚えが無かった。


 勇者アリスはあんまり目立つ活躍をしていなかったみたいだから、見覚えがなくても仕方ないだろうけれど。

 しかし、そんな目立つ活躍をするような勇者まで、見落としていたんだろうか。

 俺はそこまで他人に興味のない、冷たい奴だったんだろうか。

 ……まあ、クズだしな。見落としたって仕方ないだろう。


「ええと……それは多分、俺とは違う奴なんじゃないかな?」


「えっ、そんな筈は……ないと思うんですけど? だって私、視力は結構いいんですよ?」


「けど、遠目だったんだろ? みんな装備も一緒だから、見間違えたんじゃないか?」


「うーん、そう言えば……どこかが、ちょっと先輩と違ってたような……」


 そう言って、彼女はじっと俺を観察しはじめた。

 じっと見られるのは、どこかこそばゆい。

 俺とどこか違うような気がするが、どこが違うのか、それがよく思い出せないみたいだった。


「……それより、ビヒーモスが倒れたのって、どんな感じだった?」


「もう、凄かったんですよ! その人が、ぶーんって跳び上がって、向こうからばーんって跳んできて、こう、空でばつーんって音がして! そしたらビヒーモスがこう、地面に、こう、ぐしゃーってネコみたいに倒れて……」


 うむ、素人に具体的な解説を求めた俺が間違っていた。

 しかし、彼女の話しぶりから察するに、俺が最後に攻撃した時と、状況がほぼ一致するような気がするのだが……。

 だいたい2時間前ぐらい、極大化炎放射の直後で、勇者がほとんど焼き払われて、ビヒーモスの大ジャンプ。そしてそれを倒した黒髪の勇者。

 けど……俺の場合はどう控えめに見たって、俺がビヒーモスを倒したんじゃなくて、俺がビヒーモスに倒された状況なんだけどな?


 そういえば、あの時、ビヒーモスは遠くのドラゴンを狙って大ジャンプしていたから、着地の際、偶然足元が悪くてバランスを崩し、倒れてしまっていたのかもしれない。

 いくら運動神経がいいとは言え、あんな無茶な動きをしていたら、倒れる事だってあるだろう。あれだけの巨体だし、一度倒れたら起き上がるのはけっこう難しいんじゃなかろうか。

 けれど、アリスフィルターを通すと、それが俺が叩いたお陰で、倒れたようにでも写ったのだろうか。


 ……現実なんてそんなもんだって、誰かこいつに教えてやって欲しいんだが。

 ……なんか、目をきらきらさせていて、俺からはスゲェ話しづらい。

 ……女の子を絶望させるのは気が引けるんだけどな。


「……あ、そうだ、思い出した!」


 ぱちん、と、勇者アリスは手を叩いた。


「先輩より、ちょっと長かった気がします!」


 俺は思いきり脱力した。

 なんか知らんがショックな発言に聞こえた。

 後輩をセクハラで訴えたくなったんだが、どうすればいい。


「……ツメが?」


「そう、それです。なるほど、先輩の言うとおり、3人目がいたんですね」


 いや、3人目は居ない。

 ……たぶん、そいつは俺であってる。

 たしかに俺のツメは、あの攻撃の時だけは大きな中指のバージョンになっていた。

 そして今は元の小指に戻っている。

 あたかも変身ヒーローのように。


「な? そうだろ? ぜったい俺じゃねぇよ、そいつ」


「ですよねー、いるんですねー、そっくりな人って」


 ……こうして、勇者アリスは、

 俺を不当に持ち上げる勘違い勇者の第3号へと昇格した。


 しかも、俺の意気地がなかったせいで、訂正さえできなかった。


 いずれ絶望に転化するしかない希望を見ておきながら、

 それを放置してしまった罪悪感に、俺は胸を痛めた。

 ……ああ、これからコイツは一体、どこまで不幸になってしまうんだろう?

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