44 クエスト「終わらない瓦礫撤去」(2ターン目)
疲れると言う事は、
久しぶりに自分が生きているのを実感する事でもあった。
引きこもり中は運動とは無縁の生活だったし、
これまで疲労感は、一度死んで蘇生したときに、一気に回復していたからだ。
この絶望の世界に居ると、色々と感覚がおかしくなってくる。
眠いという感覚もない。
例えば、いま地球では何時だろうか、という感覚もない。
少なくとも、丸1日も経ってはいないなんて、ちょっと信じられない。
勇者アリスもだいぶん疲れているのかも知れない。
「先輩も、飲みます?」
勇者アリスは、俺からもらったヴィヴィッド・ポーションをほとんど残していたらしい、
瓶を俺に差し出してきた。
「いや、お前が飲めよ」
「私、あまりこれ好きじゃありませんから」
「俺もだよ。というか正直、俺は回し飲みにだいぶん抵抗ある人間なんだけど」
「たぶん、大丈夫です、私が一回口に含んで戻した程度なので」
「あの……俺は量減ってるとかそういう事を気にしてるんじゃねぇよ? たしかに量で効果が変わるのかもだけど、むしろ問題が深刻になってるだろそれ」
「どういう問題です?」
「どういうって……分からないのかよ?」
「先輩、ひょっとして間接キスなんて気にしてるんですか?」
「気にしてた事は認めるけど、そういうレベルじゃねぇよ、それ」
「先輩なら飲めると思ったのに」
「ひょっとして、俺をイヌか何かだと思ってんの?」
「先輩をイヌだなんて思った事はありません。どちらかと言うと、オオカミじゃないかと疑っていますね」
「それどういう意味だ……ていうか、召喚言語で比喩の応酬ができる相手なんて初めてなんだけど。お前、ひょっとして」
「先輩の来た宇宙って変わってますよね、回し飲みなんて、仲のいい人はみんなやってますよ?」
「本当か? そんな文化圏あるのか、お前、どの宇宙から来たの?」
「ウソです、ちょっと先輩をからかってみたかっただけです。それと私の個人情報はナイショです」
人差し指をバッテンにして唇に押し当てる、勇者アリス。
……可愛いのか可愛くないのか、良く分からない後輩が出来てしまった。
ひとしきり小芝居をした後、勇者アリスは、自分でヴィヴィッド・ポーションを飲んでいた。
甘みのついた苦い薬みたいなポーションを、顔をしかめつつ嚥下している。
そう言えば、日本ではアルコールフリー飲料も未成年が飲んではいけない事になっている。
彼女も元の世界では、口にした事がない味なのかも知れない。
ビヒーモス第二形態の姿は、
格納庫のどこに居ようとも、
高台から常に見え続けている。
2本目のライフゲージは、ようやく1割強削れていた。
勇者クレゾール達が頑張ったのだろうか。
うまくヘイト管理をしてくれているらしく、
ビヒーモスがこちらに意識を向けるような事はなかった。
「みんな強いよな」
「強いですね」
攻略組も非攻略組もイベントで盛り上がっている一方で、
俺たちだけ通常のバイトにいそしんで乗り遅れているみたいな気分だった。
あれだけ必死にやっていた1ポイント獲得も、どこか他人事のように感じられてきた。
不正スキルアップは飛竜が勝手にやった事だし、もしそれがバレても、俺と召喚師は言わばその被害者だ。
それで俺らが訴えられるような事があったら、もう仕方ないんじゃなかろうか。
あの不公平で身勝手で軽薄な飛竜が、勝手に希望を抱いて勝手に自滅するだけだ。
この絶望の世界で成功して、勇者として名を上げて、これからも戦い続けろだなんて、本当に絶望以外の何ものでもない希望を俺に押しつけてきたような奴だ。
そう考えると、ようやくせいせいした。
今後、俺のような戦闘能力のない勇者の出番は、徐々に減っていくだろう。
幼女軍師も、そうやって役割分担をしてくれるはずだ。
俺はこうやって地道に裏方作業をやっている方が気楽だし、そっちに回して貰えた方が全体の為にもなるんじゃなかろうか。
しかし、勇者アリスはどうしてここに居るのだろう。
「ビヒーモス叩きに行かないの?」
「いいえ、私は瓦礫の撤去作業をするよう、命令されましたから」
「みんなそうだよ、真面目なんだな」
責任を全部背負い込んでしまう、真面目な委員長タイプみたいだ。
俺がそう言うと、何か考え込むように俯いてしまった。
どうやら、別の理由があるのかもしれない、そういう気がした。
……一体どういう理由があるんだろう。
そのやたらとゴツい武器と、何か関係があるのだろうか。
「じつは、私と同じ境遇の女の人が居て、女同士で仲良くなったんですけど、このクエストには参加していないみたいで……周りの人、知らない男の人ばかりで、ちょっと恐かったんです」
「ああ……スキル持ってない勇者は参加できないクエストみたいだからね」
「はい、それに私、この世界の仕組みがいまいちよく分からなくて……みなさんと一緒に戦っても、足手纏いだと思うから」
そうでなくとも、居心地が悪かったのは分かる。
あの勇者達は、鱗を5枚剥いでしまった謎の新人勇者に対して、ぴりぴりしていたからな。
もし彼女がそのチート勇者でなくとも、新人でこんな派手な武器を持っていれば、嫌でも目立ったはずだ。
あの空気の中では、それで萎縮してしまっても、おかしくない。
まったく、世話の焼ける後輩だ。
「俺は運悪く鱗剥いじゃったから、ポイント稼ぎなんてしても、あまり意味ないんだよ」
俺は相手の様子を見ながら、さり気なく、鱗の話題を振ってみた。
本当はあまり他人に話したい事ではなかったが、仕方ない。
その武器どうやって手に入れたの? のように直接聞き出すよりも、自分から話すきっかけを与えた方がいいだろう。
俺が鱗を剥いだ事が分かれば、きっと本当の事を話しやすくなるはずだ。
すると、俺の予想以上の反応が返ってきた。
勇者アリスはばっと顔をあげ、目をきらっと光らせて、俺に向き直った。
「……やっぱり、あなただったんですね?」
「……あれ?」
勇者アリスは、俺を逃がすまいと詰め寄ってきて、
俺の手をぎゅっと掴んだ。
彼女のいままで纏っていた空気が、がらりと変わった気がした。
何か尋常でない、熱のこもった目で俺を見ている。
「……ああ、よかった! 黒髪なんて珍しいから、そうだと思ったんです! やっぱり先輩が、1枚目の鱗を剥いだ、勇者マキヒロですよね!」
勇者アリスは、どこか必死な様子だった。
俺にすがるような顔をして、ほとんど泣き顔になっている。
……俺は一体、どこで選択肢を間違ったのだろう?
今さらながら、他人に個人情報を漏らすのは、早計すぎたような気がしてならなかった。




