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43 クエスト「終わらない瓦礫撤去」(1ターン目)

 俺はブリーズ機能と攻撃機能を解放したまま、

 飛竜のツメで通行の邪魔になっている岩をちまちまと、

 崖の方にはじき飛ばしていた。


 こうやってブリーズ機能を常に使用し続けていると、

 ただ待っているよりストーム機能が格段に溜まりやすいのが、感覚で分かっていた。


 視線を転じると、そこには例の黒髪の勇者がいて、

 危なっかしい手つきで俺と同様に、岩をツメでひとつひとつ弾く作業をしていた。


 大きな岩をうまく転がし損ねて、自分の方に倒れてくる岩に押しつぶされそうになったり、

 姿が見えないな、と思っていたら、

 危うく岩と一緒に崖から落ちてしまいそうになっていたのか、崖の下からよじ登ってきていたり、

 ときどき冷やっとする瞬間がある。


「お前、ブリーズ機能使うのはじめてかよ?」


「すみません、はい、はじめてです」


「俺もはじめてだけど、コツとか教えてやろうか?」


「だ、だいじょうぶです、1人でできます、お手は煩わせません」


 どうやら無理を言って、強がるタイプのようだった。

 ネトゲでは、作業をしている最中の初心者に話しかけるのは、たとえそれが親切でも相手の気分を害してしまう場合が多い。

 ゲームしながらチャットをする余裕は、初心者にはあまりないのだ。

 それよりも、自分の作業に集中できるよう取りはからってやる方が親切だったりする。


 なので、あまり多くの事は聞き出せなかったが、

 岩を転がすのを手伝ってやったり、

 崖から上がってくるのを手伝ってやりながら、

 俺は一言二言ずつ、話しかけた。


 このビヒーモス戦に呼ばれた、新入りの勇者……だと言う事だけはなんとなく聞き出せた。


 あと、仲間内の呼び名はアリスだそうだ。

 勇者アリス。ミカサとかではないのか。口にしてみると想像以上に可愛らしい。


 自己紹介を受けてもステータスが展開されなかった所を見ると、

 偽名なのか、あるいは非表示設定にでもしているのかもしれない。


 理由を聞くと、個人情報を見られるのに抵抗があるから、という、なんとも女の子らしい理由だった。

 そういえば、この世界では自己紹介をするだけで勇者番号が開示されて、相手から好きなときに通話がかけられる。

 日本人の感覚からすれば、携帯の番号も同時に知られるような物だろう。

 こういう所を気にするのも、いかにも日本人っぽかった。


 俺もMPゼロがばれるのは、何となく嫌だったので、好きな呼び方をするように言っておくと、


「では、私はこの世界に来てまだ間もないので、先輩と呼ばせてください」


 と、以降、俺の事を先輩と呼ぶようになった。

 どうやら、彼女の目には俺が古参のように見てしまったらしい。


 このビヒーモス戦は、質よりも量の戦いだ。

 手違いとはいえ、俺が呼ばれてしまった、という前例もあるし、

 使命感ばかり先走って、実力の伴わない、ごく普通の女子高生勇者が来てしまうような事もあるのだろう。

 勇者アリスの正体は、いまだに分からないが、

 一緒に仕事をした感じ、そんな風に考えるのが、もっとも自然な事であるように思われた。


 ただ、不審な点があるとすれば、

 彼女の飛竜のツメのバージョンが、なぜか他の勇者よりも格段に高い、という点だった。


 鱗を1枚剥ぎ、さらに不正で一気に5つレベルアップした俺でさえ、飛竜のツメの薬指までしかバージョンを上げられていない。

 それで同期トップクラス、などと呼ばれている。

 だが、勇者アリスのツメは、見た事もないような強そうな形状をしている。


 ……チート能力者。

 俺の脳裏に、そんな単語が去来していた。

 ただ、決めつけるのも良くないし、いまだに普通の女の子にしか見えない。


 何となしに会話のきっかけが掴めずにいたが、

 ちょうど腰の袋には、ヴィヴィッド・ポーションの瓶があったので、

 お近づきの印に、それを差し出してみた。


「勇者アリス、これを試しに飲んでみるか? 飛竜のツメの操作が簡単になるらしいけど」


「飲みます」


 即答されて、俺の方が驚いた。

 ……いや、ふつうの女の子の反応じゃなくね?


 俺もさすがに飲み回しはしたくない、未開封だから渡したのだが。

 それでも出会ったばかりの男から貰った物を口にするのは、かなり抵抗があるだろうのに。


 ウィスキーボトルみたいな瓶を、細い指で受け取った黒髪の勇者は、

 穴の空くほど、その瓶の蓋を見下ろしていた。


「……どうして未開封なんですか?」


「俺に飲んでて欲しかったのかよ?」


「いえ、お心遣いありがとうございます、いただきます」


 ゴチになります、みたいな勢いで、瓶の蓋をねじって開けようとする。

 ぐぬぬ、と顔を真っ赤にして、硬い蓋に苦戦していた。

 相当硬いのか、それとも、力がないのか。


 勇者アリスは、見た感じ、俺と大して変わらない細腕である。

 そして肌も白い。

 女子力が高い勇者なのかもしれない。


「……勇者アリス、開けてやろうか?」


「……いえ、自分でやれます、けっこうです、先輩」


 彼女は意地を張った。

 それからしばらく、そっぽを向いて、ビビッド・ポーションの蓋と格闘していた。


 ひょっとして勇者アリスは、使命感が強すぎるあまり、変に勇者っぽく振る舞おうとしているのでは、と俺には思えてならなかった。

 勇者の一員として、恥ずかしくない振る舞いをしようと無理をしている。

 そして強がりなので、反抗期の子供みたいな意地を張る。


「せ、先輩、分かりました、つまり、これは蓋を開けられる頃には、もう相当な腕力がついているという……」


「貸してみろよ」


 負け惜しみを垂れる勇者アリスの為に、俺がけっきょく蓋を開けてやった。

 思ったより簡単に開いたので、差し出してやると、なぜか涙目でにらみ返された。


 なんだか俺の方が情けなくなった。

 ……お前、俺より力ないのかよ?


 少なくとも、彼女は腕力に関してはチート能力者ではないみたいだ。

 ただ、これがすべて彼女の異常な力、チート能力を隠すための芝居でさえなければ、という前提ではあるが。


 スキンヘッドが言っていた事だが、この世界には、自分の実力を隠している勇者はいくらでもいる。

 俺も個人的に、ゲームの実力もチート級でありながら、それを上手く隠す演技力もチート級というプレイヤーを、ネトゲで何人も知っている。

 勇者アリスが自分の本名とステータスを俺に明かさない以上、その可能性を完全には無視できない、と俺は思っている。

 ……まあ、彼女がチート能力者だったところで、俺にはまったく関係のない事だったが。


 絶望的に思われた俺と勇者アリスの作業にも、ようやく終わりが見え始めていた。

 通路の瓦礫はほとんど崖下に堆積し、残り3分の1を残すばかりになっている。


 汗を拭って、時間を見ると、

 総プレイ時間 34時間28分15秒

 俺が作業を開始してから、すでに2時間が経過している。


 その頃には、ヴィヴィッド・ポーションの効力もとっくに切れていた。

 疲労が蓄積していた俺は、その辺に腰を下ろして休んでいた。


 遠くのビヒーモスを見つめながら休憩していると、

 勇者アリスは俺の隣に来て、

 同じ岩を背に、しゃがみこんだ。

 その目は崖の向こうのビヒーモスを、じっと見据えている。


「もうすぐ、戦いがはじまりますね」


 そう言って、彼女は震えていた。


 恐いのか、それとも勇者らしく、武者震いしているのか、と思ったが、

 よく見ると、足が辛いだろうに、地べたに直接座るのを堪えて、しゃがんでいるのだ。

 彼女の装備が綺麗な理由が、なんとなく分かった気がした。

 要するに、お嬢様なのだ。我慢している。変に女子力高い。しかし、もう足が限界に来ているらしい。


 足辛いだろ、座れよ、と言おうとしたら、

 そのうち勇者アリスは、ころんと後ろに転がって、以降は俺と同じ三角座りになって、じっと前を見るようになったので、俺は何も口出ししないでいた。

 ……チート能力者であろうとなかろうと、

 勇者アリスは、俺がいままで見た中で、一番勇者っぽくない勇者だな、と思った。

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