42 クエスト「瓦礫撤去」(3ターン目)
俺とクレゾールに声をかけたのは、
2メートル近い、巨漢の勇者だった。
どどーんという効果音を立てるように、
腕を組んでふんぞり返っている。
その容姿はひと言で表すと、鬼だ。
頭には鬼みたいなツノが生え、厳つい顔をしている。
俺たちと揃いの装備はボロボロにすり切れ、赤茶けた皮膚が露出して見えていた。
「そこの金髪、ビヒーモスに特攻するんだろ? だったら俺も行くぜ!」
「また面倒そうなのが来たな……」
勇者クレゾールはため息をついた。
実際に面倒そうな熱血勇者だった。
そいつは肩に担いでいた3メートル近い大岩を、崖下にぶんっと放り投げて、それから俺たちに再び向き直った。
すげぇ怪力だ。
どうして服がボロボロなのか分かった。
なまなかな装備では、彼の激しい動きに耐えきれなかったらしい。
「勇者グルツだ、お前1人じゃ、たぶん無駄死にするだけだからな、俺が盾になってやる!」
自己紹介と同時に、視界にステータスが浮かんだとたん、
俺はこいつの強さを理解した。
グルツ 第五十勇者連隊所属 勇者番号 DDP-88117号
HP 5800/5800(HP自動回復中)
MP 1750/2050 MP構成:カドゥケウス
4桁である。
俺の知るほとんどのゲームで、中盤以降にしかあらわれないようなバカ高い数値だ。
しかもHP自動回復中だそうだ。
こいつは強い。間違いなく強い。
盾になる、という発言は、その自信の裏付けであるようにも思われた。
そんな熱血勇者を見る勇者クレゾールの目は、ひどく冷めていた。
こいつ……なんて冷たい目をしてやがる。
俺だったら、そんな冷たい目で見られたら、いたたまれなくなるどころか、精神的ダメージさえ食らうだろう。
「……盾になるのは自由だが、俺は誰とも仲良くするつもりはないからな」
「当たり前だろ! 俺はチーター野郎にひと泡ふかせてやりたいんだよ! もうすぐポイントが稼げなくなるのに、こんなクエストなんて、していられるかよ!」
しかも、熱血勇者グルツは辺り一帯に響き渡るような大声を放った。
その大声が、周りの勇者達の耳に入ってしまったらしい、
さらに騒ぎはどんどん膨らんでゆく。
「おい、俺も行くぞ! お前が総ダメージ5000ポイントに到達するほどの勇者なら、俺もそれを手伝ってやる!」
「抜け駆けするなよ、俺なんて総ダメージ1000ポイントも行ってないんだぜ、よし、俺も行く!」
クエストを後回しにして、今のうちにビヒーモスを叩きに行こう、
という勇者クレゾールのアイデアに、
次々と賛同者が現れ始めた。
「なんだ? ポイントもう稼げなくなるんだって?」
「けど、持ち場を離れるのは命令違反じゃないのか? そんな事をしたら召喚師が責任取らされるだろ」
「構うかよ、このままチーター野郎にいい思いさせてたまるか! みんなで叩きに行こうぜ!」
どうやら、謎のチーターに対する不満が勇者達の間に募っていたらしい。
というのも、主要な鱗がほとんど剥がされてしまったため、
勇者達の攻撃は現在、ほとんど弱点部位の打撃にばかり集中していたのである。
さらにビヒーモスの攻撃力が増加した今、新たに鱗を剥いでいる余裕も無い、
彼らが鱗を剥ぐ可能性は、ほとんど無くなってしまったも同然なのだ。
さらに、このまま裏方作業を続けていては、
成績の上で、他の勇者達にも大きく遅れを取ってしまう。
そうした危機感が手伝って、勇者達の間にいつしか大きな輪が生まれていた。
勇者クレゾールは、眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。
やはり彼は、こういう温い絆みたいなのが苦手みたいだった。
彼はいずれ絶望に転化するであろう、この世界における勇者同士の繋がりに、
少なからず抵抗を感じているのだ。
なぜなら彼は妹という、他の勇者達よりもずっと親しい仲間の死を、他の勇者達よりも数多く経験してしまった特異な勇者だった。
しかし、それは翻せば、彼が人一倍仲間を思いやってしまう性質だからでもある。
彼は仲間を見殺しに出来ない。
簡単に見捨てられないからこそ、新しい仲間を拒絶してしまうのだ。
それが証拠に、迷惑そうな顔をしながらも、決して嫌そうな雰囲気ではなかった。
ゆえあって表面上は冷くしているが、本当は寂しがり屋というキャラが見て取れて、俺はああこいつ、こういう主人公タイプなんだなぁ、となんとなく察しがついていた。
「……するなら勝手にしろ」
そう言い放って、勇者クレゾールは、崖の端から一気に飛び立ってしまった。
風の力を操るのか、飛ぶような跳躍力だ。
他の勇者達もそれを追うようにして、
岩のような瓦礫を伝い、遥か下の床まで到達してしまう。
遠くで作業をしていた勇者達も、何をやっているのか気になったらしく、
瓦礫の撤去作業を放り出し、次々とそちらに向かって行ってしまう。
しばらくして、勇者クレゾールから、通信が入った。
「勇者マキヒロ、お前はそこに残っていてくれ。俺たちはビヒーモスがそちらに近づかないように、ヘイト管理をする……という名目でビヒーモスを叩いておく。安心してそこで作業を続けていろ」
そりゃどうも……。
そうして、数千人居た勇者達はみなビヒーモス叩きに向かい、
俺は1人、瓦礫の山のただ中に残された。
ちょっと待てよ、なんで俺1人になってんだよ……。
俺は、残された瓦礫の山を見やって、その残りの数を数えた。
少なくとも、1000個近くある。
数千人いればあと1ターンで終わった数だったが、俺1人で1000個もどうしろというのだろう。
……聞いてねぇよ、どうすんだよこれ。
これだけクエストに貢献したら、それは評価は高いのだろうが……いま俺が欲しいのはそういう評価じゃない。
1人ではいつ終わるとも知れない、大量の仕事を押しつけられた俺は、ぼう然と立ち尽くしていた。
……地道にコツコツやっていれば、いつかは達成できるなんてのは、希望の最たる物だ。
出来ない物は、絶対に出来ない。
いつか、こうして絶望に変わる。
……そうして、俺がいつも通りネガっている時だった。
「どいてくださいーッ! 危ないーッ!」
不意に、誰かに呼びかけられた気がした。
振り向くと、俺を押しつぶさんばかりの巨大な岩が飛んできていた。
俺は微動だにできずにいたが、運良く岩は俺の側頭部をかすめていった。
しかし、かすっただけでも岩は岩。
俺は昏倒してその場にのされ、俺のHPが2割削れた。
俺がばったりと倒れていると、そいつは悲鳴を上げて近づいてくる。
どうやらまだ1人だけ、残って作業を続けていた勇者がいたらしい。
……しかも、相当ドジなタイプが。
こんな広い場所で立っている奴の頭に岩をぶつけるとか、狙ったとしか思えない。
悪意すら感じる。
俺でも飛ばす方向の確認くらいするぞ。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか? すごい血が出てる……」
「大丈夫、頭の怪我は派手に見える」
「そ、そうなんですか?」
某アニメのセリフを返しながら、俺は起き上がった。
そして俺に岩をぶつけてきた、当の本人をじっくりと眺めてみる。
ひょっとしてこいつ、新入りなのだろうか、
迷彩柄の服が真新しく見える。
しかし、新入りにしては、やけに武器がゴツいのがアンバランスだった。
なんでこいつ、こんなにレベルの高い装備をしているんだろう……。
……それが俺の第一印象だった。
俺の記憶によれば、飛竜のツメの薬指よりも少し長い。
左右に鉤のついた、槍の穂先のような形状をしている。
加えて、身体が小さい、と言うのも印象深かった。
やけに小柄だ。
ふとしたはずみで骨が折れてしまいそうな気がする。
下手すると、俺よりも小さいんじゃないか?
どうしてこんな奴が勇者の中に混じっているんだろう。
俺の事をまっすぐ見てくる、小動物みたいな印象をうける、小さな顔。
ケモミミでもエルフ耳でもない、丸っこい耳。
何より、その容姿に俺は懐かしさを覚えた。
この世界には珍しい、はしっこい大きな黒目と、セミロングの黒髪。
勇者ドバルがいたら、俺と同じタイプの主人公だと狂喜したに違いない。
顔立ちが日本人っぽいのだ。
「立てますか?」
「あ、ああ……1人で大丈夫」
「本当にすみませんでした、じゃあ、向こうの方でやってきます……」
ぺこり、と頭を下げて、崖際の方に行ってしまった。
その勇者の正体は良く分からない。
ただ、その丸っこい身体つきを見て、俺に分かった事はひとつだけだった。
たぶん、女の子だ。




