39 準備期間
次に復活したとき、
俺は戦場の魔法陣ではなく、円形広場に居た。
俺の手の中には、へし折れた飛竜のツメがあった。
復活した瞬間、何とも言えない、歯がゆい喪失感が俺を襲っていた。
敗北感、とでもいうのだろうか。
それはいつもとは違って、
絶望成分が足りていないような気がする。
今の飛竜のツメは中指になっているので、デフォルトの小指に切り替えれば、なんとか従来通りの行動ができる。
そう、従来通りなのだ。
チートで一歩進んでいたのが、一歩下がっただけ。
それでも得体の知れない喪失感はぬぐえなかったし、俺には幼女軍師から15分の準備時間が与えられた。
何とも中途半端だった。
これでは、ネガる気にもなれない。
なに、失敗したくらいで、いじけるな、めげずにまた挑戦すればいいさ。
人生は何事もトライアンドエラーだ。
諦めずに挑戦し続ければ、いつかきっと何かが起こる。
取り返しのつかない失敗なんて、ないんだから。経験を次回に生かそう。さあ、レッツトライ!
……試しに希望っぽい事を無理矢理口ずさんでみた。
いや、いいんだ。ちょっと絶望してみたかっただけだ。
やっぱり俺にはムリだった。
とりあえず、ジャンプの際に姿勢制御が出来るようになりたい。
今回はそういったアイテムを求めて、正面のロコの宿屋に向かった。
ロコさんは、カウンターで食器を拭いていた。
目が前髪に隠されているため、俺を見たのか見てないのか分からない。
ときおりビヒーモスのうなり声が聞こえる以外、店内はとても静かだった。
「店先で辛気くさい顔してるなら帰れ」
いきなり容赦ないひと言が浴びせられた。
俺は無理矢理笑顔を作って、ごついテーブルの並べられた店内へと入って行く。
「気味悪い笑い方すんな」
「すんません、笑顔が苦手なんで……」
笑顔が苦手でも美少女や美少年にだけかかる特別なフィルターがあるらしいが。
ロコさんが笑ってもきっと凶悪そうな笑みにしか見えないだろう。
「おう、拾ってきたみたいだね」
ロコさんは俺が持っていた飛竜のツメを見て、言った。
俺の事を忘れていたのかと思ったが、どうやら覚えていてくれたらしい。
そういえば前にこの店に来たのは、格納庫Aで落としたこのツメを拾うためだった。
あの時俺は、スピードポーションを買いに来ていたのだ。
「ジャンプするとき、姿勢制御が難しくて……なにかいいポーションありませんか?」
「あるよ。ヴィヴィッドポーションだね、体力とか俊敏さとか、だいたいその辺が上昇する感じのやつ」
アバウトな説明をしながら、ロコさんは棚を探しはじめた。
うろ覚えなのか、滅多に注文されない商品なのかも知れない。
「お前今、ジャンプ何本持ってる?」
「いちおう、ゲージ2本分跳べます」
「ふーん、何か特殊なスキル手に入れた?」
「ブリーズを……」
「ああ、あれね。ビヒーモス戦じゃ全然役に立たないらしいねー。デカい魔物は殴っても飛ばないし、ダメージ上昇もあいつに関してはあまり効果ないし」
「そうだったんですか……」
「ストームで石つぶてくらい避けられるかもだけど、チャージ完了するまで待たなきゃ使えないし、その間ダッシュが使えないから相当キツいらしいねー。半年ぐらい前に別の勇者が愚痴ってたよ、ネタスキルかよって。なんでそんなのにしたの?」
「……もっと早く教えて欲しかったですね」
あのとき、俺に選択の自由はなかったんだが……詳しくは黙っておいた。
飛竜ェ……。
「あの、ロコさん……俺のスキル聞いてどうするんです、何か関係あるんですか?」
「ないよ。ただ、前にここに来たときより、なんとなく強くなった気がしたんだよ、お前」
どうしてそんな事を言うのだろう。
俺が思っているのと、真逆の事だった。
「……いや、別に、そんな事は……」
この店から出発した時から、俺は一歩も前進していないような気さえする。
余計な力を手に入れたせいで、むしろ、大きく後退してしまったんじゃないのか。
出来る事と、出来ない事の区別もつかずに、
後先考えずに暴走して、無謀な挑戦をして、
けっきょく、手痛い失敗をしてしまった。
飛竜も、ようやくこれで満足しただろうか。
俺が他の勇者に対抗できる訳がない事ぐらい、分かったはずだ。
俺はダメージ1ポイントを入れる事さえできないどころか、
あげくにせっかく与えられた武器をダメにしてしまうような奴だ。
きっと後悔しているに違いない。
いや、そうやって俺の事を考えているかも、なんて希望を抱くのはよそう。
今ごろ、あっさり他の勇者に興味が移って、俺の事は忘れているだろう。
さっきから、どうも気分がすっきりしないのは、きっとそのせいだ。
あいつが勝手にやった事だと割り切る事が、どうも出来ない。
そうやって飛竜の気持ちについて、あれこれ考えていたが、やめた。
しゃがんだロコさんのお尻の形がくっきり浮かび上がっているのを見ていると、なんかどうでも良くなった。
現金だな、俺は。
「特に、強くなった気はしません」
ロコさんは、ふーんと鼻で言って、下の棚からポーションの瓶を取り出した。
ブランデーみたいなグラスに入った、真っ赤なポーションだ。
俺はそのにおいに顔をしかめる。
「……なんかお酒みたいですね」
「第三宇宙の連中はアルコールが入ってないと飲んだ気がしないらしい。アルコール平気?」
「いや、未成年です」
「じゃ、アルコールフリーのにしとくかー。ジャンプするとき酔っ払ってちゃ意味ないしね。どうせなら10本くらいリザーブしとけ」
「あ、いや、そんなに使うつもりはありませんけど……そのくらい、必要なんでしょうかね?」
「そんなの私が知るかよ?」
などと、睨むように言われた。
うん、ごもっともだ。
あと、どのくらいかかるのだろう。
1本目のライフゲージが消滅するのは、俺の予想より早かった。
俺が1枚目の鱗を剥がしてから、まだ4時間しか経っていない。
凄い速さだ。
このままのペースで行けば、残り16時間もかからずにビヒーモスを倒せてしまうはずだ。
残り16時間……。
16時間、か……。
「とりあえず、色々なポーションがあるから買えるだけ買っとけよ、クエストコイン、まだ大量に残ってるだろ?」
「……俺から搾り取るつもりですか」
俺が訝しんでいると、ロコさんは、びっと指を2本立ててつきだした。
「ついでに2枚でランチ食えるよ」
「あからさまなぼったくりじゃないですか」
残り時間が長いか、短いか、問題はそこではない。
俺に出来る事は、ただ、やるべき事を地道にこなしていくだけだ。
焦って失敗するな、今回の教訓は、この一言に限る。
何度も何度も繰り返しビヒーモスに挑戦して、
途中で緊急ミッションが入っても、成功しても失敗しても構わないから、そつなくこなして、
そしていつかダメージを1ポイント稼ぐ、俺の望みはたったそれだけだったはずだ。
簡単じゃないか。焦る必要は無い。
俺は最初から自分がなにか大きな事を成せるなんて希望を抱いてはいなかったし、これからも抱く必要は無いはずだ。
周りの勘違いしている若干名には、勘違いさせておけばいい。
彼らの目にどう写ろうと、それが本来のあるべき俺の姿だ。
俺にそれ以上の事は、どうやったって望めないのだから。
そう、等身大の自分のままでいいんだ、ゆっくりけれど最後まで、歩き続けよう。
……と言う風に、言い方を若干変えてみた。
やっぱり、俺にはムリだった。
こんな甘い考え、いずれ絶望するのが目に見えている。




