03 装備確認
ごごごご……。
どこからともなく地響きがして、俺とバージリーは息を潜めた。
周囲の本棚がじりじり音を立てている。
というか、今さらながらこの部屋のおかしな構造に気づいた。
四方の壁が本棚で埋まっているのだ。
出入りするときはどうするのだろう?
棚の隙間に生暖かい風の吹く通気口はあるみたいだが、ドアも窓もない密閉空間だ。
「急ぎましょう、あまり時間がありません」
バージリーは涙をぬぐうと、俺に両手を差し出した。
「さあ、まずはお受け取りください……」
革製のケースが天井辺りから落ちてきて、バージリーはそれを軽々とキャッチする。
視界がふさがれるぐらい大きなケースだったが、大丈夫だろうか、重くはないのだろうか。
思わず手助けすると、「あ、ありがとうございます」と普通に礼を言われた。
そのままケースを受け取りながら、俺は上を見る。
ドーム状にぽっこり膨らんだ天井があるだけで、種も仕掛けもない。
一体どこから出て来た。
「ひょっとして、今のが……」
「はい、召喚術です」
地味だ……。
唯一の取り柄と言っていい召喚術が、こんなに地味だったとは……。
俺の想像以上に地味だぞ、このフィース・ワールド……。
「公国の勇者戦用武器庫から、貴方に似合うと思われる装備を召喚しました。公爵様より、勇者には装備一式が無償で贈呈されることとなっています」
「なるほど、つまりこれが俺の、ひのきのぼうか……」
続いてバージリーが服や鎧を召喚している間、俺はとりあえず革のケースを開いてみた。
留め金の外し方が分かるまでしばらくカチャカチャとやって、
開いてみると、中には1メートル近いデカさの両手剣が収まっていた。
でか。
これはデカい。
刀身はミルク色をしていて、木の年輪のような模様が入っている。
木刀なのかと思えば、鍔の部分は岩石みたいにぼこぼこして、獣のような細い毛が生えていた。
茶色く変色した布のぐるぐる巻かれた柄を握ってみて、俺は見た目にまったくそぐわない、その軽さに驚く。
軽いと言うより、浮いているのだ。
ヘリウムガスのつまった風船みたいに。
つまり、空気より軽い素材で出来ているらしい。
「こいつ、剣のくせに浮いてやがる……」
「第五宇宙の飛竜のツメです」
「飛竜のツメ……飛竜のツメ……ツメを加工した剣とかじゃないんだ、ツメなんだ……」
「ええ、第五宇宙は軽い宇宙と言われています。住民は自在に空を飛び、明るく気さくで、文明もいい加減な物が多いです」
「そういう意味でも軽いんだ……」
飛竜のツメを両手でぎゅっと握ってみる。
攻撃力5→300、と視界の隅に表示された。
視界の隅にいきなり情報が表示されてあせったが、
これは強い。
いきなり素手の60倍である。
軽いくせにかなり頑丈に出来ているらしい。
ためしにツメをケースの中に戻してみると、
攻撃力300→5、と、さっきと同じ情報が表示される。
これも、きっとこの宇宙の特性かなんかなのだろう。
俺には嬉しい親切設計だ。
あとでバージリーに聞いてみる事にする。
さらにジャージから布の服に着替え、鎧を装着してみる。
素材はほとんど革で出来ていたが、
胸当てと、肩当てと、すね当てが金属板で補強され、一応強化が試みられている。
足元はブーツ。
底が厚く、釘を踏んでも大丈夫そうだ。
ポジション的には軽装兵のスタイル、といったところか。
「うーん、ちょっと大きいですかね?」
「いや、これでいい……」
いいと言ったのに、バージリーの頭上からは、どかどかと装備一式が降ってきた。
彼女の気が済むまで着替えをさせられるハメになる。
結局、ぴったりのサイズを召喚するまで30分近くかかった。
すべて装備し終えても、
防御力5→8、としか表示されない。
3しか上がっていないな。ふむ。
「武器に対して鎧が安すぎないか?」
「はい。下手に防御力の高い装備を与えて、楽に死ねない状況に陥らないように、という、公爵様のご配慮です」
「……やっぱ命軽いなぁ、この世界」
たいてい召喚獣の攻撃を受けたら即死だという。
むしろ、攻撃を受けて生き残る事に期待していないのだから、それよりは、勇者に少しでもいい武器を、と言う考えのようだ。
公爵様は寛大なんだか、薄情なのだか。世界が違えば倫理観も違ってくるのだろう。
「勇者マキヒロ、戦いに挑む準備は整いましたか? では、こちらへ……」
異様に軽くて強い剣を両手に提げ、安物の革の鎧を身につけただけで、俺の準備は終わった。
やっぱりこの世界の勇者は即死する事が前提らしい、薬草とか、回復薬の類いとかは、一切渡されなかった。
たくさんアイテムの入る道具袋はおろか、剣なんて鞘すらなくて、手にぶら下げてる状態ってどういう事だ……。
「セーブは?」
「セーブ?」
俺の世界では、ボス戦の前はセーブしとけってことわざがある。
少し困ったような表情を浮かべたバージリーは、
おもむろに顔を近づけて、俺の額に口づけした。
ちゅっと音がした。
いいセーブだ。
「さ、最後まで戦い抜けるように、おまじないです」
「……ありがとう」
顔を赤くしていた。彼女の最初の勇者で光栄だな。
バージリーはこの絶望の世界で、きっと唯一の癒やしだろう。
火照った顔を叩いて、きゅっと、表情を引き締めたバージリーは、最後に俺に両手を差し伸べた。
「勇者マキヒロ、空間転移魔法で、あなたをこれから『戦場』へと飛ばします……どうか、ご武運を」
足元から線香花火みたいな光があふれてきて、一瞬目が眩んだ。
見ると、バージリーの足元に光が集まって、複雑な幾何学模様の魔法陣を描いていく。
そう魔法陣である。
魔法陣が次々と描かれていくのだ。
ようやくファンタジーらしいものが見られて、俺は内心ほっとしつつ、『戦場』へと飛ばされた。
地味な世界だが、地味なりにいいところもあるんじゃないか。
この世界で人生をやり直してみるのも悪くはないかもしれない、なんて甘い考えでいた。
そう……俺はこの時、忘れかけていたのだ。
……希望は、絶望の前兆でしかないということを……。
……正直、俺はこの世界の危機を甘く見ていた。