37 転落
腰にあらわれた弱点のお陰で、
歩兵勇者達の攻撃はそちらに集中し、
左右の腰から凄まじい閃光が瞬いていた。
うなじは閑古鳥が鳴いている。
どうやら魔法勇者達が攻撃するために、開けておくつもりらしい。
ときおり凄まじい砲撃が浴びせられていた。
いま俺がダメージを与えるなら、競争率の低いうなじが狙い目だ。
うなじにしがみついていた俺は、
ビヒーモスの拳がドラゴンをはたき落とす度に、
左右に振り回されながら、
じりじりと地肌の見える場所へ接近していく。
ジャンプで跳べればよかったのだが、
実際にやってみたら、ビヒーモスが動き回るため、かえって遠ざかってしまった。
オンオフで動きを調整している俺に、
そこまで正確なコントロールは出来ない。
地道に接近するしかなかった。
指先の握力が徐々に無くなっていく。
飛竜のツメで少し浮かび上がり、鱗の上をダッシュで渡る。
振り落とされる前に、慌ててしがみつく。
その繰り返しで、弱点に接近していく。
そうこうしている内に、
ビヒーモスから振り絞るような悲鳴がわき起こった。
総プレイ時間31時間24分51秒。
ビヒーモスの1本目のライフゲージが、消滅した。
その瞬間、ビヒーモスの身体に、今までに無い変化が起こった。
うなじにしがみついていた俺には、すぐに分かった。
熱い。
俺のしがみついている鱗が、
じんじんと熱を帯び始めたのだ。
すぐそこに見えた、ビヒーモスの浅黒い地肌が、熱せられた鉄みたいに光り始めた。
鱗の隙間からも、その目映い光が確認できる。
その光は首を伝い、
徐々に頭の方へとのぼっていく。
ぶーん、という低音が、
全身の皮膚を震わせる。
まさか、火を噴くのか。
まだドラゴンが周囲にいるのに。
しかし、さすがにライフゲージが1本も無くなったら、ダメージを無視できないみたいだ。
先に勇者達の排除にまわるらしい。
ドラゴン狩りを途中で止めて、足元の勇者達に標的を定めていた。
炎の通ってゆくのどが拡張し、ぶっくり膨らみ、
首を覆っている鱗の隙間が広がり、傘みたいに開いていた。
近くで見ると、鱗の1枚1枚に電光が迸っている。
生き物と言うより、なにかの巨大兵器みたいだ。
上に向いていたビヒーモスの上半身は、
一気に足元に振り下ろされ、
爆発みたいな炎を口から放った。
俺はその衝撃で、吹き飛ばされた。
目の前が真っ白になり、俺はしばらく空を飛んでいた。
気づくと俺は、遙か後方の瓦礫の上に横たわって、
業火を吹き出すビヒーモスの影を見ていた。
死者数 5000勇者
極大化炎放射LV2による攻撃。
炎を吹いた衝撃だけで、
俺はもう400メートル近く吹き飛ばされている。
……まだ強くなるのか。
身体を打ち付けた痛みに、俺は咳き込んだ。
黒く浮かび上がるビヒーモスの身体を中心に、
業火は格納庫の床を舐め尽くすように、
どんどん広がっていった。
ライフゲージが消滅してはゼロになっていった。
炎から逃れようとすると、
足に激甚な痛みが走った。
立ち上がろうとするが、
足が折れているのに気づいて、青ざめる。
……なんなんだよ、これ。
俺は、歯をくいしばった。
虫みたいに這いつくばって、
ライフゲージはすでに6割がた減っていた。
どうして、俺の身体はこんなに脆いんだ?
……なんなんだよ、この差は。
……俺は一体、これまで何をやっているんだ。
……これじゃまるで、勇者クレゾールが無駄死にだったみたいじゃないか。
……今死んだ連中こそ本物の勇者とその仲間で、
……俺たちは、ただの幕間の小コントかよ。
……ただ感傷的なだけの、価値もない、くだらない、吹けば飛ぶような劇でしかなかったのかよ。
いつもなら、もうリスタートについて考えている場面だった。
どう考えたところで、今の状態から1ポイントを獲得するのは無理だ。
ただ、その時の俺は違った。
一体俺のどこにそんな力が眠っていたのかと、不思議に思わざるを得ない。
召喚されるのを待っているのとほとんど変わらない格好で、横たわって目を閉じている時。
これじゃダメだと思った。
そのとき、視界の隅のマップに、白い点が浮かんで見えた。
スキンヘッドの剥いだ、ビヒーモスの鱗だ。
マップを見る限り、俺のすぐ近くにそれがある。
その瞬間、あいつが俺に向かって、人差し指を立てて見せた映像が蘇る。
そのとき、俺はようやく理解した。
勇者という生き物は、周囲に希望を与える生き物だ。
いずれ絶望に転化するしかない希望を。
俺はつくづく、その事を思い知った。
「……1ポイント、だけなら……」
俺はうめき声をあげて、飛竜のツメを握った腕を伸ばす。
ジャンプを使って瓦礫の上を転がった。
とっさに、その影に身を隠す事を思いついた。
腰のビヒーモスの鱗は、やや小さめだったが、
俺1人が身を隠すには充分だった。
やがて炎の波が迫ってくると、
鱗はバリケードのように炎を防いでくれた。
背後に隠れている俺にも、熱気があらゆる方向から押し寄せてくる。
俺のライフゲージをさらに2割、削っていく。
だが、炎の波の勢いは、そこで終わった。
ここに来るまでに大分弱まっていたらしい。
ライフゲージの減少が留まり、俺は生きていた。
俺は身体を起こし、状況を確認した。
俺の体力は、残り2割。
足は折れている。
辺りは炎が燃えさかり、
歩兵勇者達はほぼ全滅していた。
だが、それでも俺は、負ける気がしなかった。
といっても、1ポイントを稼ぐだけだ。
再びドラゴン狩りに興じるビヒーモスの姿を、鱗の影からじっと見守っていた。




