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36 うなじへ

 100メートル級の長さの尻尾をふって、ゆっくりと振り向くビヒーモス。

 地響きをあげながら移動するビヒーモスの足元で、0や1の数字が小さく浮かび上がっている。

 ここからは芥子粒ほどにしか見えないが、そこにはスキンヘッドが居て、

 執拗に腰の辺りに飛び上がりながら、何度も攻撃を繰り出している。


 すげぇ、さすがスキンヘッドだ。

 俺なんかがあの距離に居たら、ビヒーモスが足踏みした時点で、その振動で死んでるぞ。


 きっと特殊能力で防御力も高める事が出来るんだろう。

 なんて有能な魔法戦士だ。


 口や身体の前を血でべとべとにしたビヒーモスは、

 次第に距離を詰めてゆく俺の姿を見て、にたりと笑った気がした。


 いや、笑ったはずがない。

 はじめて真正面から顔を見る。

 正確には、俺のもっとずっと背後を見ていたのだ。


 いつの間にか、

 格納庫の途中にあった2つの高台から、大勢の勇者達がなだれ込んでいた。


 格納庫Bでの蘇生が開始された事によって、

 ようやく歩兵勇者達が投入できるようになったのだ。


 それを受けて、先ほどまで様子を見ていたエルフ耳勇者達も、ついに攻撃に踏み切った。

 他の勇者達を後ろに引き連れながら、こちらまでダッシュで距離を詰めようとしてくる。


 俺の背後から突進してくる、勇者達の軍団。

 彼らの足音だけでも地響きが凄まじい。

 左右の高台をあわせて、5000人同時にやってくる。

 いつも背中を追いかけていたのとは、また違った迫力があった


「ああ……まずい」


 それを見て、ようやく俺ものんびりしていられない事に気づいた。

 うなじの後ろの弱点は、トップクラスの勇者達が競って叩こうとする激戦区だ。

 当然、あの5000人の中にも狙っている勇者達がいるだろう。


 彼らの争いが始まってしまっては、俺が弾き出される危険がある。

 というか、多分弾き出されてしまう。


 視界の隅で、ジャンプのゲージを確認する。

 2本分、充分に溜まっている。

 飛べるのは感覚で大体200メートル強ぐらい。

 もう余裕を見て動いている暇はないので、このまま直接攻撃を仕掛ける事にした。


【スキル石(L)、アンロック】


 念じると、俺の身体が前方に飛んで、ビヒーモスの巨体がぐんぐん大きくなってくる。


 ビヒーモスの長い上腕が垂れ下がった辺りに目星をつけて、そこまで残り100メートルを思い切ってジャンプで詰める。

 そこからなら、肩口を経由して、うなじまで100メートルもない。他の勇者達が一般的に狙っていたのも、大体このルートだった。


 恐がる必要は無いはずだ、どうせ俺1人の行動はビヒーモスの目にも映っていない。実際、絶賛鱗を叩きまくっているスキンヘッドの事もドラゴンはアリくらいに無視していた。しかも噛まない方のアリだ。俺が足の動きにさえ注意していれば、攻撃を受ける事はないはずだ。

 恐いのは、ドラゴン・ハントの予測の出来ない行動。突然のジャンプ、火炎放射、そして周囲の壁を、砂でできた城みたいに崩落させる怪力だ。


 格納庫の反対側に逃げてしまったドラゴンを追って、ビヒーモスが歩き始めた。

 今度はじりじりと距離をつめていくような歩き方だ。

 そのはずみで尻尾が周囲の壁を次々と抉り、ビヒーモスの背後で山ひとつ出来そうな岩盤の崩落が起こった。

 もっとお行儀良く歩けないのか、あいつ。

 スキンヘッドのいた辺りに巨岩がゴロゴロと転がるが、そこはさすがスキンヘッド、その前にとっさに距離を開けて、事なきを得ていた。

 俺たちに出来ないことを平然とやってのける。

 その危機回避能力に舌をまいていたら、軽自動車みたいな軽い目の岩が、俺の真正面から飛んでくる。


 この進路だと俺に直撃する恐れがある、

 慌てて飛ぶ向きを変えようとするが、俺にそんな芸当はできない。

 少しツメを傾けたら、風圧で身体ごとそっちに持って行かれて、コントロールが奪われる。

 ツメがデカすぎるんだ。

 今は体勢を維持するのが精一杯である。


「……く、そ、お……ッ!」


 初心者用のパワーステアリングみたいなものはないのか。

 ……あとでロコさんの店で、そういう便利なアイテムがないか聞いてみよう。


【スキル石(L)、ロック】


 とっさに、ジャンプを途中でぶった切った。

 俺は急激に減速。

 いったん地面に着地する。

 勢いが乗っていたため、そのまま数歩、岩の転がってくる方に向かってまっすぐ歩いていった後、空に飛竜のツメを向けて、もう一度ジャンプする。


【スキル石(L)、アンロック】


 俺の居た場所を軽自動車が通過していった。

 岩を避けるのも必死だ。


 二度目のジャンプで向かったのは、顎の下から見上げる角度になったビヒーモスの顔面だ。

 顔を真正面から飛び越え、頭部、後頭部、うなじへと至るルートを選択する。


 顔面を通っていくのは勇気がいったが、相手が俺の気配に気づいていないのなら、こっちのルートも大丈夫なんじゃないかとゲーム脳で解釈した。


 ビヒーモスの頭部は、頻繁にきょろきょろして動くため、なるべく狙いたくはないルートだ。

 ちょっと動けば、伸び放題の乱ぐい歯に簡単にはじき飛ばされる。

 おまけに、いつ火を噴くかもしれないし、いつヘッドスライディングで、真正面に突っ込んでくるかも知れない。


 しかし、先ほどのルートに戻る事はできなかった。

 今、あの足元に行くのは自殺行為だ。

 ビヒーモスは先ほど出来た瓦礫の山を蹴散らしながら、ゆっくりと前進しはじめる。

 地響きと同時に吹き上がる砂嵐は、鈍器と刃物の嵐。

 しかもさっき壁から切り出したばかりなので、さほど角は丸くなっていない。


 そのまま上昇していく俺は、すぐ近くを通過していくビヒーモスの顔を睨みつけた。

 相変わらず醜い顔だ。

 そのワニみたいな、スッポンみたいな口元が、近づくとなぜかぼやけて見える。

 ぶしゅーっという不吉な音と共に、陽炎みたいにぐらぐらと揺れているのだ。


 あ、これは何かある、とゲーム脳的に直感した。

 下も危険だが上にも危険がある。


 だが、ジャンプのゲージはもう1本半も使い切ってしまった。

 ここを迂回してゆく余力は残っていないと判断する。

 迷った末に、ロックとアンロックを交互に繰り返して、空中で方向を微調整した。

 ひときわ巨大な牙の影を目指した。そこには陽炎が生じていない。


 そこを通過する瞬間、俺のHPゲージが視界に現れ、5割ほど削れていった。


 ぐわっ!

 焼却炉を覗き込んだみたいに顔が熱く、呼吸が出来ない。


 こいつ……『息』にまで当たり判定あるのか!

 ただの息ではない、口内を、ビリビリと電撃のような物まで迸って見えた。

 目に見えない炎が口の端から漏れているみたいだ。


 危うい思いをしながら、ビヒーモスの顔の前を通過して、

 一気に頭上の高さまで抜けた。


 そこでゲージが2本とも空になる。俺は空中に浮いた状態になった。

 かなりの高難度ルートだったが、後はうなじまで落下するだけだ。

 軽くツメの向きを調整しながら、ダッシュの力だけでうなじまで到達する。


 2回目のランディング。

 久しぶりの冷え固まった溶岩の感触だ。

 顔面も使って、全身でビヒーモス成分を補給する。

 鱗の剥がれた場所からは大きく外れてしまったが、なんとかしがみつく事に成功した。

 あとは、白い地肌が露わになった所へ、ロッククライミングみたいに伝っていくだけだ。


 そのとき、


 ガキイイィィン!


 凄まじい音が、ビヒーモスの足の方から鳴り響いた。

 俺はそちらに顔を向ける。


 ひょっと見下ろすと、そこに居たのはスキンヘッドだ。

 彼は自前の鉈のような剣を、下からふりあげた格好をして、空中に跳び上がっていた。


 華麗な剣さばき。

 その彼の目の前に、なにか見覚えのある形状の瓦礫が浮かび上がっている。

 いや、瓦礫じゃない。そいつはそのへんの瓦礫よりもデカい。

 俺の目の高さにまで浮かび上がったそれには、文字が浮かんでいた。


《アイテム》素材:ビヒーモスの鱗


 腰の鱗が、剥がれた。


 そこにようやく追いついたエルフ耳勇者達が、歓声を上げて、

 腰にあらわれた弱点に飛びついていった。

 200人がかりの攻撃、0ポイントのダメージは皆無。

 やはりダメージは5倍になっている。


 ……俺も素直に下で待っておけば良かった。

 もう今さらすぎて、言葉にもならない。

 どうして、成功が約束されている奴の身の回りでは、こうご都合主義的な事ばかり起こって見えるのだろう。

 端から見れば、そう見える。それが周りの人間に希望という毒を振りまくのだ。それが世の中の真実だ。


 彼らは口々にスキンヘッドを賞賛する言葉を投げかけていたが、

 スキンヘッドは、そんな彼らには目もくれず、俺の方に目を向けていた。

 そして、指を1本、びしりと立てて、うなじに居る俺に分かるように、まっすぐ向ける。


 俺も『1枚目』だ。


 スキンヘッドはようやく俺と並んだと、そう言っているような気がした。

 オイオイ……なんで俺に誇らしげに報告してんだよ。

 ……俺とお前がイーブン? そんな訳ねぇだろ。

 ……こっちはまだ総ダメージ数ゼロなんだぜ。

 どうやら、あいつはそこの所が分かっていないらしい。

 勘違いも甚だしい、思い込み勇者だ。

 あいつがなんで俺の事をそんなに意識しているのか、よく分からない。

 分からないが、ようやく、こいつには負けてはならない気がした。

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